第2話


 手を握ってくれた先輩に連れて来られたのは、大学生活のうち大半を過ごす場所になる者も少なくないサークル棟。の一室。


 ミスコン運営委員会


 そう銘打たれた部屋だった。

 ノックもしないでまるで自分の部屋のように入っていく先輩と、その後ろから覗き込むように弱弱しく入っていく僕。入る前に先輩が手を離してしまったので、ぐっばい幸せタイムだ。


「やぁ、君か。待っていたよ」


「早速話を聞かせてもらおうじゃないか」


 部屋の中に居たのは、二人の男女だった。

 一番大きな机に座る丸縁眼鏡の男性が先輩を出迎える。


「待ってください。ですから、あたしなら大丈夫だと言っているじゃないですか」


「しかしだね。何かが起こってからでは遅すぎるというもの。とはいえ、君の言う通り警察沙汰にするほどかは分からない。これはちょうど良い折衷案なんだよ」


「ですが」


 丸縁さんに話を促した先輩を遮ったのは、部屋に居たもう一人である女性だった。先輩とは少し毛色が異なるものの道行く人の九割は振り向きそうな美貌の持ち主である。振り向かない一割は僕だけど。


「なにやら話にすれ違いがあるようだね。流れからして、彼女が例のストーカー被害者で良いんだね」


「そうだとも。ああ、掛けてくれ」


「ストーカーって騒ぐほどじゃないんです……」


 ああ、またか。と。

 覚悟はしていたけれど、聞こえてくる不穏な単語に心の中だけでため息をついた。


 先輩は、何かと在れば厄介ごとに縁がある。

 自分から突っ込むこともあれば、厄介ごとのほうからやってくることもある。どちらにせよ、先輩は嬉々として事に当たるのだ。

 危険ですよという言葉に効力がないのは分かっているので、あとはもう一緒に行動するだけである。せめて、好きな人が危険な目に会うなかでもマシな目で終わるために。


 おそらく今回は、この綺麗な女性がストーカー被害に困っているのを見かねて丸縁さんが先輩に声を掛けたのだろう。二人の関係性が読めないけれど、サークル仲間か……、いや、待てよ。この女性確か……。


「あ、ミスコンで二位だった、いッ」


「言葉には気を付けたまえ。彼女は立派に去年のミスコン優勝者だよ」


「……いえ、彼の言う通りです。あたしは、実質二位ですし」


 なんだ。

 いま、吐きそうになるほど明確に殺気が飛ばされてきた……。丸縁さんもめちゃくちゃ怒っているみたいだし……。


「後輩が悪いことを言ったようだね。彼もまだまだ若いんだ。どうか許してやってほしい」


「……、君がオススメする後輩だというから信用してこの場に居てもらっているんだ。その辺、分かってほしいものだ」


「勿論だとも、さぁさぁ、重い空気が入れ替えじゃないか。話を進めてもらっても?」


 あの殺気を受けても先輩はどこ吹く風だった。

 虎の尾を踏んでおきながらビビってしまった僕なんかとは違って……。しかも、フォローまでさせてしまった。……情けない。


 去年のミスコンは大いに荒れた。

 参加もしていない人に票が集まったのだからそれは運営側も慌てただろう。その人こそ、ほかでもない先輩だった。

 結局、先輩は本来の一位とトリプルスコアの差をつける大量の票を集め、実質上の一位に輝いたのだが、その結果にミスコン運営に尽力している委員会が良い思いをしていないというのは結構有名な話だったのに、僕は馬鹿だ。


「良いだろう。三屋さんも、話してくれるね」


「……分かりました」


 渋々という言葉がぴったりな態度で、三屋さん、去年のミスコン優勝者が肩にかけていたかばんから複数枚の写真を取り出した。

 どれにも三屋さんが写っている写真であり、おかしなところなどないように思えるんだけど……。え? もしかして映りの良さを自慢されている?


「なるほど、盗撮か」


「そうだ。彼女の家に、差出人不明の封筒で送りつけられてきたらしい」


「どれもこれも三屋さんが写っているというのに目線が合わないとは、まさしく典型的な盗撮写真だね」


 頓珍漢な感想を抱いた僕のことは放置してください。

 先輩の言葉を聞いて確かに三屋さんがどれもカメラを見ていないことに気が付きました、はい。

 言われてみれば、だいぶローアングルから撮られているものもあって、ちょっと刺激が強くもある。


「分かり切ったことを聞くようで申し訳ないが、撮られていた場所の確認は?」


「彼女から話を聞いた我々委員会がすでに行っているが、どこも成果はない。無論、犯人に心当たりもない」


「この写真は一番古いものはいつ頃のものかな」


「だいたい一ヵ月くらい前ね、これとか、……これが古いと思う。一番新しいのは、これ……かな」


「差出人不明と言っていたけれど、どんな風に届いたんだろうか」


「えと、家の郵便受けに封筒が入ってたんです。普通のどこにでもある茶色いやつ。名前とかは何も書いてなかったわ」


「その封筒は」


「気持ちが悪いから、すぐに捨てちゃった」


「ふむ、この件について知っているものは」


「情報封鎖はしていたつもりなんだが、恥ずかしいものだが一部のものから伝わりそれなりの人が知っているようだ。詳細まで知っているものは少ないけどね」


 先輩が尋ね、丸縁さんか三屋さんが答えていく。

 僕に出来ることは……、ない。


 これもいつものことである。

 そもそもがどうして先輩が僕を連れてきてくれるのか分からないくらいなんだ。僕は先輩を守りたいという気持ちがあるけれど、僕が居て役立ったことなんかないのに先輩はここ最近絶対僕を連れてくる。


「写真が送られてきた以外になにか困っていることは」


「いえ、特に何もされてないし……。だから、逆にあまり大事にされたくないのよ」


「刺激して犯人が何かするか分からないというのもあるが、動かないのも論外だ。我々委員会としてもミスコン参加者は全力で守りたいと考えているが、四六時中一緒には居られない。警察も、このくらいじゃ真剣に動いてくれない。そこで」


「私たちの出番というわけだね。良いだろう、改めて依頼内容を聞かせてほしい」


「犯人を突き止め、馬鹿げたことを二度としないようにしてほしい」


「出来れば、大事にはしないようにしてね……」


「大事にしてはいけないんだね。なるほど、承知した。この写真を預かっておいても良いだろうか」


「ええ……、手元に置いておきたいものでもないし」


「プロではないのでね。絶対と言う言葉を使いこそしないが、悪いようにはしないさ。任せておいてくれ。さあ、行こうじゃないか」


 さきほど同じく先輩に促され、

 さきほどと違って手を握ってもらえずに、


 僕は、先輩の金魚の糞として部屋を後にした。

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