おばちゃんは俯いたままだ。

「あなたがあの二つのルールを作ってこの国全体に能力をかけた。そうでしょ?」

おばちゃんは何も答えない。

「俺たちにいつも諦めろだの、どうせ無理だの言っていたのはそれを乗り越えて欲しかったから。だからわざと諦めさせるようなセリフを言っていた。そうでしょ?」

「そうよ」

「あなたは誰よりも俺たちに諦めて欲しく無かった。能力に頼らずに自分の力で勝って欲しかった。だから才能の国でもなく運の国でもなく、努力の国(エンデヴァー)という名前にしたんだろ」

「ええ。あっている。それにしてもなんでわかったんだい? 私がこの国を作ったって」

「あんた俺が一人で修行していたときに、『あんたはよく頑張っているね。成果が出るのかわからないのにね』と言った。ルールが嘘だと知っていないとこの発想には至らないはずだ。あんたが、この国を作った神様だ」

「そうかい。私としたことがうっかりしていたね」

「教えて欲しいんだ。この国がどうやって作られたか」

 おばちゃんは黙って深く頷くと話し始めた。

「昔々もうずっと昔のことだった。どれくらい昔かも覚えていない。それくらい昔に我々は」

「待って。我々って?」

「気づいているかもしれないが私は人間じゃない。もう何百年も生きている。エイリアン、妖精、神様なんとでも好きなように呼んでおくれ。でも私らもあんたら人間と同じようにこの宇宙に住む一つの種族さ。少し人間より長生きで賢いだけ。話を元に戻すよ。我々の種族はこの星を管轄していた。そしてこの星と地球は元は一つの星だった。それを私たちが二つに分けたんだ。片方には救済能力を与え、もう片方には何も与えずに。あれは単なる実験だった。救済能力がある方が平和になるのか知りたかった。救済能力を与えた方がいいのかわからなかったのさ。だけど我々の思惑は外れた」

悲しそうな表情でこっちを見てくる。俺は何を言おうとしているのか分かって代わりに答えた。

「みんなが殺し合いを始めた」

「そう。人を助けるために与えられた能力で殺し合いが始まってしまった。人々は私利私欲のために能力を使いお互いの富を奪い合った」

「そして、人々は努力することをやめたんだね?」

 黙って頷くおばさん。

「みんなに努力して助け合って乗り越えて欲しかった。だけど殺人能力(キリング)に頼りなんの努力もしなくなった。みんな軽々しく能力を使い寿命を捨てて幸福を捨てて愛を無くしてしまった」

「それでどうなったんだ?」

「我々は殺人能力(キリング)を与えたことが間違いだと気づいて、今度は地球の様子を見ることにした。だけど」

「そこでも同じことが起きていた」

「たいした洞察力だね。その通り。能力の有無は関係なかった。科学を発展させていや正確には殺人能力(キリング)で何もかもが思いのままのこの星から技術を流用して発展させて、武器を作った」

「だから東京タワーがあったんだな。あれは東京タワーを真似して電波塔を立てたんじゃないんだ。東京タワーこそが真似して作られた偽物なんだな」

「そうだ。少しだけどこの星と地球でやりとりができる。事実あんたは地球から来た。だけどこちらの世界になくて地球にだけあるものがある。なんだかわかるな?」

「核兵器だ」

「正確には重火器や爆弾なんかも地球にしかない。こちらの世界ではあんなものは使わない。使わずとも能力で好きなだけ殺せるんだから。そして、能力の有無にかかわらずに殺し合いばかり続ける人間を見て我々は人間を見捨てた」

「でもあんたがいる」

「なんで私が他のみんなが愛想を尽かして去って行ってもまだここにいるかあんたは分かってくれるだろ?」

ばあさんの目から涙がこぼれた。

「諦められなかった。いや、絶対に諦めたくなかったんだろ」

 俺の目からも一筋の涙が頬を伝った。

「いけないねえ。この歳になって泣くなんて。そうよ。諦める事が出来なかった。私があげた能力がどれだけ人殺しのために使われても、いつか誰かが変えてくれる。そんな誰かが現れると願っていた。毎日、毎日願い続けた。そして気づいた、私もあんたら人間と同じように努力することをやめていたことに。そこにあんたが現れたんだよ。私は最初から知っていた、ジャックが処刑隊の隊長であんたらを騙していたことを。だけど介入できない制約があるのさ」

「だけど、あの時助けてくれたじゃないか?」

「ええ。あの判断は間違いじゃなかった。私はそう信じているよ。期待を裏切らないでおくれよ」

 俺は黙って頷いた。

「それと、この国にある三つのルールは知っているね?」

「ああ。一、何があっても絶対に諦めてはいけない。二、この国では努力が無駄にならない。三、夜十二時以降は部屋に誰も入れてはいけない。の三つだろ?」

「ええ。一つ目と二つ目は私が考えた。三つ目はあんたの言う通りひかりが勝手に付け足した」

「あなたが考えた? なら」

「ええ。二つ目のルール。これは最初本当だったのよ。」

俺は頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。まさか。ばかな。そんな事があり得るのか。この国全体にたった一人で、そんな大掛かりな介入をするなんて。ありえない。どれだけ強いんだ。この生物は。最初この国に来た時には気にも留めなかったが冷静になるとスケールの違いに困惑した。ショックを受けている俺をよそに続けた。

「最初はみんな意欲的だった。みんなが何が目標をもってそれを叶えていた。全ての人間がやりたい仕事を見つけたそのために全力で努力する。私は嬉しかった。だがある時ふとおもった。もしかしたら、ひょっとするとこの能力を解除してもみんな知らずに頑張るんじゃないか。私は余計なことをしたんじゃないか。人間は努力できる生物なんじゃないのか?」

「そして、

一、何があっても絶対に諦めてはいけない。

二、この国では努力が無駄にならない。

これらのルールを変えずに、能力だけ解除したんだ」

「そう。その通り。そして、私の思惑通りみんな気づかずに努力し続けた。私たちは間違っていた。だけどそれが私にとってはこの上なく嬉しかったんだよ。この幸せで頑張りものしかいない私の理想の国が永遠に続くと思った。そこにあんたが現れたんだよ。あんたはこの国の嘘のルールを見抜いてあろうことかみんなにバラした」

「いや。ごめんなさい。でもそれが正しいことかと思って」

「謝るな! 責めていない。それは私の責任よ。あなたになんの責任もない。私はあなたが私の嘘をみんなにバラしてもみんな構わず努力すると思っていた。だけど違ったんだ。みんな一斉に諦めた。私は同じことの繰り返しだと思った。能力を与えても与えなくてもどっちにしろ同じだった。みんな諦める。だけどあんたは違った。正直に言ってジャックとの戦いで私が介入しなければあなたは死んでいた。そしてこの国は滅んでいた」

「なんで介入することを選んだ?」

「諦めるのをやめたのよ。あんたを信じることにしたのよ。もう一度だけ人間を信じることにしたのよ」

そう言うとばあさんの体は透け始めた。だんだんと体が半透明になってきた。

「人間の戦いに介入してはいけない。だけどあんたは介入した。コストを支払わなければいけないんだろ?」

「ええ。何億年も寿命があったのに、こんなに早く死ぬなんてね」

「やはり死ぬのか?」

「ええ当然よ。人間の戦いに介入してはならない。それは大きな禁忌だったのよ。だけどもう大丈夫。私がいなくても。魔法なんかなくても。この国の人間は努力し続けることができる」

「待って最後にもう一つ聞かせて?」

「なんだい?」

「俺は、誰なの? 俺は黒崎深夜が黒崎まもるの体に入っているんだろ? 俺は一体何なんだ?」

「その答えはもうわかっているはず。あんたはもう黒崎深夜ではない。そしてその息子でもない。あんたはの正体は、どこにでもあるような小さな幸せな家族そのものだ。不幸なことにその家族はみんな死んでしまった。黒崎深夜、黒崎真咲そして黒崎まもる。そしてあんたは幸か不幸か新しい命を手に入れて人生を再スタートしたんだ。もうすぐ三人の記憶は薄れて行く。別の人間になるのだから当然だね」

 国神様の体はほとんど見えなくなっている。

 「いいんだ。記憶が消えても一緒にいた事実は変わらない」

 俺は黒崎まもる。不幸な家族が、いやどこにでもある普通の家族が転生して生まれ変わった存在だ。俺は自分が誰なのかもう一度見つめ直すと、国神様をもう一度見た。

「これで自分が誰なのか分かっただろ。まもる。あんたは誰でもない。だからこれから自分が誰なのか見つけるんだ。まもる。お前がこれから進む道は困難で険しい、だから一つだけ私と約束してちょうだい」

「ああ。何があっても絶対に諦めるな。だろ?」

 そして、俺の言葉に何も答えずに国神様は消えてなくなった。


[未来のある日、その四 たつひこ視点]


「どういうことだ? 何百年も前の人間だろ? なんでいまも生きている?」

僕は戸惑っているのが自分でもわかる。

『回答出来かねます』

ポップアップウィンドウに表示された。

「くそ。訳がわからない。もう一度発動してやる。何度でもあなたが生き返るまで」

 そういうと僕は再度【暗黒騎士復活(ダークナイトライジング)】を発動しようとした。

 そして、ポップアップウィンドウに表示された文字にノイズが走る。パリッパリッ。文字は別の文字に変わった。

『後ろを見ろ』

「まさか! まもる様が来ているのか?」

 僕はゆっくりと後ろを振り返って見た。

 そこには大柄な男が立っていた。背が高くごつい男が焦点の合わない目でこちらを見ている。こいつに前回邪魔されてメッセージを送信できなかった。また邪魔をするのか!

「またお前か! 処刑隊の生き残りか?」

僕が言い終わると、その男は前のめりになって地面に倒れこんだ。倒れた男の背後には黒いフードを被った男がいた。この男がなんらかの手段で気絶させたのだろう。

「悪いな。お前のことを騙していて」

黒フードの男が喋った。

「あなたがまもる様?」

「様はいらないよ。俺が死んだふりをしたのは、死んだと誤解させた方が動きやすいからだ。全ての歴史の記録には死んだと記されているはずだ」

まもるさんはフードを取ると素顔を見せた。そして着ていた上着の前を開けた。そこからたくさんの生々しい傷跡が見える。きっと【癒える傷跡(ライトオン)】という能力の反動だろう。いかに激しい戦いの中、苦しんでいたのかを見て取れる。

「なんで今も生きているのですか?」

「能力でコールドスリープしていた。寿命を伸ばす訳じゃないからコストはそこまでかからない。たつひこ、昔の俺のことを助けてくれてありがとう。あれが無かったらうまくいっていなかったよ。これで全ての過去は書き換わるはずだ。未完のまま終わるはずだった俺の物語もこれでようやく終わる」

「こちらこそありがとうございます。これで、この世界の戦いも終わります」

「そうだな。お前はこれから生まれ直し、別の人生を生きていくことになるだろう。次に生まれてくる時は何になりたいんだ?」

「もし平和な未来に生まれてこれるなら、作家になりたいです」

「作家か、それはどうして?」

「途中で打ち切りになるはずの物語を完結させることができるからです。小説のタイトルは『ファンタジーストーリー』。あなたが主人公です」

「いいのか? 俺なんかが主人公で?」

「あなた以外いません」

「きっとすごく大変だぞ? 本当にできるのか?」

「ええ。僕、いや俺ならできる。なぜなら俺は」

そこまでいうと、

「「絶対に諦めない」」

二人の声は綺麗にハモった。その瞬間二人の瞳が黒雲をかき消した後の綺麗な空のような輝く青色に輝いた。

「俺たちの戦いは、」

 まもるさんが言った。

「まだ終わらない」

 そして、俺もそれに応えるように言った。

そう、俺たちの戦いはまだ終わらないのだ。


[未来のある日(書き換えられた後)まもる視点]


 あの戦いから長い月日が経った。第九王国は壊滅した。第九王国は、国土を持たない反乱分子の集団だったのだ。あの戦いでジャックは再起不能になり処刑隊は無くなった。そして、最大の武力を失い、世界は平和になった。

 俺は、普通に結婚して普通に子供を持って何不自由ない幸せな生活をしている。そう、俺はもう一人じゃないんだ。もう家族がいるんだ。

その時、玄関のドアが開く音がした。きっと息子が帰ってきたのだろう。

「おとうさーん。僕もう頑張りたくない。痛いし、苦しいし、こんなこと続けても意味ないよ!」

 息子は帰ってきて早々泣き言を言っている。修行の過程でたくさん怪我したんだろう。息子の身体中に傷がある。

 その時、息子の死体を必死で動かしていた自分の姿がちらついた。自分に嘘をついて、ごまかして、言い訳をして、諦めていた。そんな弱かった自分と、今は向き合うことができる。

「もうやめるのか? まだ始めたばっかりだろ?」

「だって、できるようにならないし」

 自信のなさそうな息子に俺は尋ねた。

「俺が何を言いたいかわかるか?」

俺は息子の目を見て聞こうとした。だけど息子は少しうつむいてわざと目線が合わないようにしている。

「うん。僕がみんなよりもできるようにならないのは、僕に才能がないから」

そして、それに応えるように俺は叫んだ。

「違う! そんなこと俺が言うわけがないだろ。お前は誰よりも一生懸命やっているよ。よく頑張ったな」

「でも、周りの友達はもうできるようになったのに、僕だけがいつまでもできるようにならない。誰よりも一生懸命頑張っているつもりなのに」

 俯く息子の頭に手を当てて俺は言った。

「【癒える傷跡(ライトオン)】発動」

 すると、息子の体についていた無数の傷は消えて無くなった。

「これはお前の母さんが俺に教えてくれた能力だ。俺は小さい頃、才能が全然なかったんだ。いつもいつもうまくいかなかったんだ。理不尽だよな。いつも勝つのは一番一生懸命やった人じゃなくて一番運のいいやつ。俺達がどれだけ努力しようが、才能がある奴が俺達と同じだけ努力すれば敵いっこない。頑張ればできないことがないだとか、夢は信じれば叶うとか、そんなセリフは努力をしたことのない奴のセリフだ! どれだけ努力しても運がいいだけの奴に負けることは必ずある」

「え? パパがこの国の神様なのに? 神様は負けたりなんかしないよ!」

「いや。神様だって失敗するんだ」

「そんなの嘘だ! 神様は何でもできるもん!」

「いや、神様には何もできない。お前が頑張るしかないんだ。そして俺は、この国の全ての人の努力が無駄にならないような世界を作ることができても、そんなことはしない」

「どうして?」

「俺がこの国の人々が絶対に諦めたりしないと信じているからだ」

「僕のことも?」

「もちろんだ。もう俺の戦いは終わったんだ。次はお前の戦いだ」

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