AH-project #8 「真夜中の決意」


「こんな感じです、これまでの経緯は。」

「な なるほど…」


出会った時のウニさんの印象は、

何らかのいざこざで家出した結果、行く宛てがなく困っている少女

程度にしか思っていなかった。


しかしそれは舐めた考えだった。

我が国ニホンで起こるとは到底思えないことがウニさんに降りかかっていた。


「怖いですよね。私をかくまったら、ヒラダさんにも危険があるかも…」

「そんなことない!俺の事なんて気にしないで、ウニさんはカナタ君のことを考えてあげて」

「…本当にありがとうございます……!」


話に一段落つくと、ウニさんがあくびを漏らした。

それに釣られて、ヒラダもする。

壁掛け時計を見てみると時刻は夜1時を回っていた。


「もうこんな時間か…敷布団用意しないと。」

「あっ手伝います!」

「いやいや押し入れの中めっちゃ汚いから!」

「いえ気にしません!」

「俺が気にするんだよ!」




その夜、ヒラダは寝付けなかった。

別にウニさんが居て落ち着けないとか、そういうのではない。

何故だか、落ち着けなかった。

心の底から込み上げてくる暗いのが、呼吸を浅くし、鼓動をうるさくさせ、ヒラダを苦しいという感覚におちいらせていた。

誰の人生でも必ずは数回経験するこの症状だが、大人になっても慣れない。


(これ以上、黙ってても寝れないな…)


体を起こし、リビングに向かうため自室から出た。

テレビの前には布団の上でウニさんがスヤスヤと眠っていた。

それをみると心の底から安心できた。

寝酒をしようと冷蔵庫から缶ビールを取り出し、食卓テーブルの椅子に座った。

カシュっという音でウニさんが目覚めないか心配だったがウニさんはぐっすりだった。

缶ビールをチビチビ飲みながら、横目でウニさんを見守った。


ヒラダはウニさんの今後を想像した。

今のようにゆっくりと寝ることが、この先出来るのだろうか。

ウニさんの親御さんは今どういう思いなのか。

もし無事帰れたとして、平穏に暮らすことが出来るのだろうか。


想像すればするほど、暗い未来しか見えなかった。

(暗い未来…今の自分みたいだな。)


ビールを飲み切り、自分のベッドに戻り、思考の世界に潜った。

そしてヒラダは決意した。



~~~~~~~~~


「ヒラダさん、起きてくださいよ」

「んん…?」

目を覚ますと美少女が俺の体を揺すっていることに気付いた。

そして、自分のスマホのアラームが鳴っているのにも気付いた。

時間を確認すると、遅刻ギリギリの時間だった。


「うわっ!?もうこんな時間!」

「アラーム三回もなっていたんですからね。」

「ヤベェヤベェ!」

急いでカロディメイトを腹に入れ、スーツに着がえた。

そして玄関で靴を履いていると、ウニさんが声をかけてきた。


「あの、私はどうしたら……」

「あっ!そうだ」

そう言ってヒラダは三千円ウニさんに渡した。

「これは…?」

「朝ごはん食べてないでしょ?これで買ってきなよ、それと昼も。」

「いやそういう事じゃなくて…私、本当にここにいていいのですか?」

不安げ表情を浮かべるウニさん。

そんな彼女をどこかへ放っておける訳もない。

「全然いてくれて構わないよ」

「…!ホントですか!?」

「それに……って早く行かないと!行ってきます!」

「あっ 行ってらっしゃーい!」

行ってらっしゃいなんて言われたのはいつ振りだろうか。

少し嬉しい気持ちになった。


ーーーーーーーーーー


「…なぁヒラダ。」

「ん?どうしたオザキ?」

「なんか良い事でもあったのか?」

驚き、思わず隣を見る。

オザキは笑みを浮かべながらこちらを見ていた。

「突然なんだよ」

「なんか、いつもより生き生きしてるように見えたから」

「…ホント、お前の観察眼は恐ろしいわ。」

「へへ…で、何があったんだ?」

「その前に、確かお前車持ってるよな?」

「持ってるよ」

もう後戻りは出来ないことを覚悟した。

一息ついた後、作業の手を止め、体をオザキの方に向いた。

「…ちょっとお願いがあるんだ。」

「なんだよ」

「実は……」

ヒラダは昨日起こった、にわかには信じがたい出来事を話した。

最初はオザキも半信半疑だったが、いつもののヒラダからは考えられないような熱い思いを感じ、ヒラダの話を信じた。

「うん。大体は把握した。あとなんとなくヒラダが俺に言いたいことも分かった」

「あぁ。お願いできるか…?」

「しゃーないなぁ。手伝ってやるよ!」

「ッ!本当か!?」

「だって困ってんだろ?友達が困ってるなら助けてやるしかないだろ!」

なんて善人なんだとつくづく思った。


〜〜〜〜〜〜〜


普段だったら、絶対に言わない言葉だが

「ただいまー」

っと言ってみた。

すると、

「おかえりです!」

っと言ってウニさんが玄関に顔を出した。

(久しぶりにそのフレーズ言われたぁ…!ちょっと変だけど。)

少し感動した。


その時、ヒラダの背後に人影があった。

「お邪魔します」

落ち着き払った声でそいつが言った。

「ん?ヒラダさんこの人は?」

「コイツは俺の同僚の尾崎オザキ 貴之タカユキ。」

「こんにちは。君がウニちゃんだね?」

「あっはい。宇仁 天音と言います。そして、この子がブドウです。」

ウニさんは右手を出すと、てのひらにはナマコのような見た目のブドウがちょこんと乗っていた。

「話はヒラダから聞いてたよ。この子がブドウかぁ…」

オザキはブドウを受け取るとまじまじと観察した。

ウニさんがヒラダに耳打ちした。

「ヒラダさんヒラダさん、なんで突然同僚を招いたんですか?」

「ちょっと作戦があってね」

「作戦?」

「オザキ。ブドウはそろそろいいだろ?返してあげろよ」

「あっ すまない」

「とりあえず玄関じゃなんだし、上げって。

あとウニさんにもいろいろ説明したいから、二人とも椅子に座って待ってて。」

「はい」「わかった」




昨日の夜、ベッドに戻ったヒラダは分かった。

心を巣食うものの正体は、不安だということ。

そしてはっきりと理解した。

自分はウニさんを助けてあげたいのだと。

…ウニさんの平穏の生活を取り戻すために、全力を尽くそう。

だからヒラダはこの作戦を計画した。


『カナタ君救出作戦』


これだけがこの窮地を打破する方法。

ヒラダは心を引き締めた。

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