AH-project #4 「真っ黒」


今ヒラダが目にしている"それ"は人類史上、まだ観測されてないモノだろう。


大きさは人並み、というか人そのもの。

二足で直立し、五本の指が生えた手を持ち、首、頭という部位、さらに髪もしっかりとあった。

人そのものというより、ほとんど人間。


しかし、ソイツには明らかに人間とはかけ離れたモノがあった。


足先から顔、すべてがのだ。


黒というのも、黒人みたいな黒さではない。

周りの光をすべて吸い込みそうなくらいなのだ。

そんな色した生物どこにも存在しない。

しかし確かに今、ヒラダの目の中に"それ"は健在している。


ヒラダはさっきまで食卓テーブルで仕事をしており、ソイツから丸見えな位置にいた。

だから今から隠れても無駄だとヒラダはすぐに思った。

さらにこの時のヒラダは、異形なソイツから原因不明な恐怖を感じ、おののき、足がすくんでまともに動けなくなっていた。

さっきのウニさんとの間に流れた緊張感とはまた違うのが流れた。



すると廊下から出てきてから一向に動かなかったソイツは突然、右手をグーにしてゆっくりと前に出した。


そしてソイツはクチャクチャと音を立てながら、こぶしの中で何かを練りだした。


(何をやってるんだ…)


するとソイツの握られている手の隙間から、何かがニョキニョキニョキと伸びてきた。

そして完成したみたいで、それを小さく宙に投げてから、掴んで、持ち直した。


完成したそれとは"ナイフ"だった。


ナイフというより形状は、任侠物にんきょうものに出てくるドスというのに似ていた。


ソイツから生成されたナイフも、柄から剣先まで真っ黒。

だが刃先は光を反射させ、白く光っていた。


(殺される…!)


それを見た瞬間、最悪なシチュエーションが頭に浮かぶ。

その途端、冷や汗が顔を伝って落ちるのを感じた。


そして、ソイツはゆっくり歩き出した。

だがヒラダの方ではなく、ベランダの方に。


ソイツはキョロキョロしてるものの、ヒラダに気づいた素振りはなかった。


(こいつ、もしかして目が見えないのでは…)


そう思うと少し緊張が解けた。

しかし、状況としては何も変わっていない。


(…逃げないと!)

ヒラダの中に攻撃というのは絶対なかった。

逃げの一択。

これしか無かった。


意を決して、ヒラダは椅子から静かに立ち上がって、ゆっくりと玄関へ向かう。

足音の一つさえ許されない。

だがモタモタもしてられない。


廊下に入る直前、ソイツに背を向ける場面。

無音の中、視界外でソイツは俺の後ろで何をやっているのだろうか。

そい考えると恐怖心が増し、心臓音の音量が上がってしまう。

でも後ろを振り返る程の勇気はない。

この状況から早く脱したいヒラダは廊下へと一歩を踏み出した瞬間、


ピチャ


廊下の床が水浸しになっており、踏んで音を立ててしまう。

途端、硬直する体。

青ざめるヒラダ。


(なんで濡れてんだここ!?)


水の跡を目で追うと、更衣室に繋がっていた。

そして、更衣室に向けた目をその流れで

グッと背後へ向けた。


ソイツは俺の方を向いていた。



直近で感じる命の危機。

それはヒラダの体を受動的に出口へと走らせた。


(早く逃げないと!)


そこまで長くない廊下なのですぐに玄関ドアに着く。

右手をドアノブに伸ばした。


すると"何か"がすごい勢いで横切り、そして


玄関のドアノブを抉りとった。


ドアノブを取られるなんて想定してなかったヒラダはたまらずドアにぶつかる。


「もうダメだ…」

ボソッと口からこぼれる。


唯一の希望デグチを失ったヒラダはへたり、

そんまま玄関ドアに寄りかかり、

ソイツが見えるように座り込んだ。


今さっき、俺の家のドアノブを持ってったのは、もちろんソイツだ。

だがソイツの立ち位置は変わっていない。

ソイツはナイフを持ってない左手を触手状にして、こっちに伸ばしてきていた。


今ちょうど頭の上にはドアノブを貫いた触手がある。

ヒラダの頭の中では、混乱と失望が混ざりグチャグチャになった結果、


(これは…夢だ。)

なんて考え出し、頭の上の真っ黒な触手に触れようと手を出した。


だが、触れてしまう。


程よくやわらかく、少し生暖かい。

ヒラダはすぐに手を引っ込めた。

ソイツも触手を縮めた。


縮めている途中で刺さっているドアノブを振り落とし、最後には触手の中から真っ黒な手が現れた。

そしてソイツはナイフを構えて、こっちに向かってきた。


(ヤバいヤバいヤバい来る来る来る!!)


頭であれこれ考えても、ヒラダにはどうしようもない。

逃げ場も打開策も無いのだから。


そしてヒラダとソイツの間の距離が手が届くほどになった。

ソイツは座っているヒラダを見下ろす。

そしてナイフを持っている手を振り上げ、

ヒラダに向かって一気に振り降ろした。


ヒラダは反射的に腕で顔を覆った。

そして微かな可能性が頭をよぎり、咄嗟とっさにヒラダは


「ウニさんやめてくれえぇぇぇぇぇぇ!」

と叫んだ。



すると、ソイツの動きが止まった。

少し間が空いた後、ソイツは右手のナイフを床に落とし、一歩引いた。


(助かったのか…?)


ヒラダは腕をゆっくり下げる。

その時ソイツは、両手で顔を一心不乱にかきむしっていた。


すると顔部分の真っ黒な"何か"が拭われていき、

下からウニさんの顔が出てくるやいなや、


「ヒラダさん!大丈夫ですか!?」

と焦って言ってきた。

「…あぁ、とりあえず大丈夫。」

と苦笑いをしながら言った。


だが、ヒラダはすぐに腕で目を隠した。

「ウ ウニさん! 服着て! フク!!」


この時、ウニさんの体を覆っていた真っ黒なそれはどこかに消えおり、白い肌をさらけ出し、

あられもない姿になっていた。

「あっ!!」

ウニさんは逃げるように更衣室に行ってドアを閉めた。

そして中から

「フ 服着てきますぅ。。。」

と弱々しい声が聞こえてきた。


ヒラダは腕を下げると、座り込んだまま頭をかき、

「水飲もう」

とボソッと言って、ヨロヨロしながら居間に戻った。

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