第9話 深謀遠慮と死んだフリ

 これは決してめぐみんの色香に惑わされた訳ではなく俺自身の性能を冷静に分析した結果の強化学習であって、やましいことなど何もないし、ご両親への対処は「策がある」と言うめぐみんに丸投げして他力本願で結婚を認めて貰おうとかそう言うアレな理由でもない。


 それから……めぐみんは「例の策というやつです」とか言って時々どこかへ出かけるものの一日の殆どの時間を俺との勉強に費やしてくれた。そして、勉強の間中殆ど俺に引っ付きっぱなしで不意打ちみたいに背中から腕を回して来たり、じっと見詰めて来た後で胸元に埋まりそうなほど俺の頭を抱き寄せたり、俺の膝の上に頭を乗せて下からじいっと見つめてきたり、なんかもう色々と大胆過ぎ。

 一度なんて、ちょいちょいと肩を突かれて振り返ったら、そのままディープキスに持ち込まれて覚えた詠唱が頭からふっとんだりもした。仲間と一緒に過ごした日々で知らない事なんてそれほどないだろうと思っていた、知っていたはずのめぐみんが俺にだけ見せてくれるそんな姿に俺は戸惑いながらも愛されている感じが沢山で幸せだった。

 心臓はドキドキしっぱなし、勉強の事とめぐみんの事で頭は一杯。食事も一緒、お風呂も一緒、布団は一つで枕は二つが当たり前になり、まどろみの半ばで抱きしめたりキスをしたりしながら眠りに就いた。互いに示し合わせた訳ではないのに、神聖な何かを育む時だと言うように火照る身体を火照らせたまま寄せ合う以上の事は求めなかった。俺達は一線を越える手前の甘酸っぱい時間を噛み締めるように今までこうして来ないまま過ぎてしまった時間の隙間を満たそうとするように。熱に浮かされた日々を見送り続けた。

 勉強の合間には成果の確認という名目で爆裂散歩を繰り返し、めぐみんからのドレインは色々と体位を試して話し合った結果、向かい合ってハグする姿勢で手の平を背中に添えるスタイルを採用。2発目までは撃てるが、3発目は発動自体できない日々が続いていたのだが、ご両親への挨拶から丁度ひと月が過ぎようとしていたその日、俺は遂に目標だった消費魔力の軽減3割と一日3爆裂を達成できる所まで来ていた。

 ちなみに、魔力消費を軽減できるんならめぐみんもそうしろよーと言ったら、我が求めるは至高の爆裂のみ、節約の為に威力や範囲を犠牲にするなど言語道断とか何とか断固拒否された。そして、自分でも爆裂魔法を学んでみたことで俺はめぐみんの爆裂魔法に注いできた愛情と熱量をより深く理解することができた。あの時、めぐみんから冒険者カードを渡されたあの時、もし、俺が上級魔法の習得ボタンを押していたらと考えるとゾッとする。こいつから爆裂魔法を取り上げることは自分の手足を引き抜かれるようなものだ。自分自身でも絶対にそのことは分かっている筈なのに、めぐみんは、何故、俺に……アクアやダクネスではなくて俺にカードを差し出したんだろうか。分からねえ……分からねえけど、俺が守ってやらないとなっ!!


「本日3発目! 『エクスプロージョン』——ッッ!!」


 出会ってすぐの頃のめぐみんがカエル相手に見せてくれたやつに近しい威力の爆裂が木々の向こうに突き刺さり、発動の初めから終わりまで食い入るように見つめていためぐみんも俺と同時に倒れ込む寸前、満足そうに頷いてくれた。


「やりましたねカズマ! 遂に3発達成ですよ!」

「ありがとうございます!」


 二人並んでうつ伏せに、ずるーりと滑り、口に落ち葉を含みながらも全身の虚脱に満足を感じる。どうやら俺も爆裂で幸せを感じる身体になってしまったらしい。


「およそひと月、私の安静開け直前に達成できるとは。流石カズマです」

「めぐみんの爆裂に比べたら全然小さいけどな」


 幾つかの激戦と日々の爆裂散歩で鍛えに鍛えられためぐみんの爆裂には当然ながら遠く及ばないのだけれど、消費魔力軽減に目標を絞って俺用にカスタマイズを施したこの爆裂は中々の武器になりそうだ。


「たとえどんなに小さくても、私はカズマのが好きですよ」

「おい言い方! 爆裂魔法が小さいのは認めるがカズマさんのカズマさんは、その気になればマインゴーシュからバスタードソード位には進化するんだからな」

「……ふっ」

「鼻で笑うんじゃねええええ!」


「二人は本当に仲が良いのね。私も急速に彼氏欲しくなっちゃうかも」


 倒れた俺達の頭上から降ってくる、呆れと感心が半々の声。紅魔の里で一番と言われる美人で戦闘関連の腕も良く、レベルで言えば五十を超えている超一流。ドラゴンの彫られた木刀を引っ提げた紅魔族の腕利き占い師そけっとさんだ。


「そけっと。今日も有り難うございました」

「ところで魔力を、俺達二人が歩けるだけでいいんです。お願いします」

「ダメダメ、そっちはお断り。『テレポート』!」


 紅魔の里の周辺は強力なモンスターが多く生息しているので平和なアクセルでの爆裂散歩と同じにはいかない。このひと月、めぐみんのツテで、そけっとさんに護衛を頼み、行き帰りの安全を担保して貰っている。紅魔族が強いのは知っているが一人で大丈夫かとめぐみんに確認したら、そけっとさんに護衛を頼むと、漏れなくタダでもう一人護衛がつくのだとか。


「懐かしき土の香り。紅魔の里の匂いがします」

「森と町では地面の匂いも違うよな」

「さて、それじゃあ私は帰るけど、その前に。めぐみん……『例の策』準備は出来たと言っておこう」


 きらーん!


「時は来た! 幾百の軍勢、運命の足音が響くは今夜。安穏と惰眠を貪る者共を阿鼻叫喚の大渦に叩き込むのだ……!」


 きらーん!


「おっけー、今夜だね。それじゃまた後で」

「ええ、また後で」


 会話の端々で目を輝かせたり妙にこってりした言い回しをしたり、かと思えば、次の一言では普通にフランクな喋りに戻っていたり。紅魔の里でひと月も暮らした俺はもうすっかり会話のリズムにも慣れた。通常の感性が麻痺したと言い換えても可。


「そう言えばめぐみん、ちょこちょこ出かけてたけど『例の策』って?」

「私達の結婚式ですよ。今夜やります」


 ふーん。結婚式かー。

 その策で、ご両親に結婚を認めて貰えるんだろうか。

 って、ちょっと待て!?


「いきなりド直球だな!? 俺一言も聞いてねえぞ!?」

「ええ、言ってませんから」


「冗談ですよね?」

「マジです」


「準備とか」

「ふっ、名は明かせないがとある紅魔の者を友人代表祝辞スピーチができる権で釣って手配させたのだ」

「ゆんゆんだな。金はどうしたんだよ……ああ、例のマナタイト一個売れば余裕か」

「私がカズマからのプレゼントを他人に売るなんて有り得ませんよ。カズマは私の分のクエスト報酬を分けて貯金してくれていましたから、そこから切り崩して使いました」

「そういやそうだったなぁ。後は少しずつ小遣い的にしか渡してないのに」

「一世一代の大出費です。私もカズマに毒されましたかね」


 地面にうつ伏せのまま、首だけ巡らせて見つめ合う至近距離。どこか不敵な笑みを湛えためぐみん。こいつのこの行動力はどこから出てくるんだろう。


「だけど、他にも色々あるだろ。ダクネスとアクアは絶対だし他にも」

「ダクネスへは近々だと話をして協力を取り付けておりまして里の外ではダクネスが料理や酒の手配を進めてくれていたのですよ。名は明かせませんがとある紅魔のニートを迎えに遣らせましょう」

「ぶっころりーだな。アクアはどうする、あいつ天界だぞ」

「アクアの事です。私達が集まってご馳走でも用意しておけば

 きっと『ご馳走の気配がするわ、ただまー』とか言って現れますよ」


 あー、それ目に浮かぶわー。


「来賓は里全員とダクネスほか式に出たい人、合計400人まで対応可能。冒険者ギルドの皆さんには映像と音声を繋いで、その夜の食事代を半額にする手はずになっています。賑やかな式になりますよ。ウィズとバニルには連絡がつかなかったのですが後日引き出物を持参しましょう」

「あの二人、カジノ作るとか言ってたしなぁ」


「で、唐突なのは嫌でしたか? 今更断られたら、私はどうすればいいのか見当もつきませんが」

「ばーか。断る訳ないだろ。先手を取られて悔しいだけだっつーの。俺が勉強しているうちに、ちょこちょこ出かけてこんな準備とか。まったく、どんだけ俺の事好きなんだよ?」


「世界で一番好きですよ。可愛いカズマもカッコいいカズマも愛しています」

「かっ、可愛いっ。俺も世界一めぐみんが好きだよ、ありがとおおおおお!!」


 二人とも地面に突っ伏したままじゃなければもうちょいサマになるんだけどな。紅魔の里の皆さんも俺達が並んで突っ伏す光景を見慣れたのか、そこそこ生暖かく見守ってくれているようで誰も助けに来やしない。まぁ「大丈夫ですか」って近付いてきた人から軒並みドレインタッチで魔力吸い倒したからってのも理由なんだろうけど。通行人にスティールかけてパンツ盗んだら近づいてくるかな?


「カズマ、今何を考えましたか? 良からぬ気配がしたのですが」

「通行人にスティールを掛けてパンツを奪い、しかる後にドレインしようかって考えたんだよ。さもないと夕方まで倒れっぱなしじゃないか」


「はぁ、あなたと言う人は……いいでしょう今日までギリギリ許しますよ今日までは」

「と言うと明日からは?」

「お前の妻が世界最強だと証明することになる。なおクエスト以外の単身外泊は週に一度まで、サキュバスサービスのみ可とします」


 その単語が出された瞬間、俺は全身の血液が逆流するような寒気を感じた。なぜ、こいつがサキュバスサービスの事を知っている? アクセルの街の男性冒険者の結束は固い、爆裂魔法で脅されて喋るくらいなら潔く死を選ぶ、そんな奴らだ。俺も外泊の際は細心の注意を払い、決して尻尾を掴ませないよう警戒に警戒を重ねていたというのに何故だ!?


「おま、なぜそれを……!?」

「カズマは警戒が上手く中々尻尾を掴めませんでしたが複数の男性冒険者を観察し、行動ルートの点を繋げて割り出しました。そしてサキュバスのお店の方との紳士的な話し合いの結果、カズマの夢レシピ履歴は全て私の耳へと入る仕組みになっているのですよ」


「い、何時からですか?」

「黙秘します」


「……すいませんでした」

「いえいえいいんですよ。最近は私の夢の頻度がダントツで高かったようですし」

「すいませんでした!」

「ダクネスやアイリスはカズマならずとも人気のオカズのようですし」

「すいませんでしたっ!!」

「クリスやアクア、挙句の果てにゆんゆんまで対象にした事があるとは流石の私も軽く引きましたがいいんですよ。世界で一番、カズマの事を愛していますから」

「すいませんでしたあぁぁぁーっ!!」


「男性にそういう欲求があること。冒険稼業の女性にとって男性冒険者は下手なモンスターよりも警戒すべき存在であること。需要と供給、犯罪の抑止……それらを理解しようともせず無意味な嫉妬に我を失うような面倒くさい女ではありません。結婚してからも週に一度は許してあげますから、正直に告げ、堂々と楽しんできて下さい。割引チケットもあげますからね」

「……はい」

「なお、現実に浮気をしようものなら、その相手は謎の爆裂魔の手により家財諸共爆裂四散。肉片となってばら撒かれることになると予告しておく」

「肝に銘じておきます。そうだよな、俺、めぐみんと結婚するんだよな。不可抗力は仕方ないとは言え、パンツ狙いは今日限りか」


 今までは異世界で羽目を外していた部分もあるけれど結婚したら俺の評判は奥さんであるめぐみんや義理の両親や妹、果ては自分の子供達にまで影響するんだよな。俺が馬鹿やったせいで「ほら、あれがクズマの子供よ。一緒に遊んじゃ駄目」とか「近寄らないで、親は有名な爆裂魔よ」とか言われたら申し訳なさ過ぎる。いや、決してめぐみん怖いと思ったからじゃないぞ。真の男女平等主義者である俺が奥さんの尻に敷かれるなんてことは……ない……よな?


「あの、めぐみん? そけっとさんから今夜だって聞いて探しに来た所なんだけど二人は地面に寝たまま何をしているの? どんなルールの遊び?」


 とか考えているうちに知り合いが近づいて来てくれたのが分かった。うちの爆裂魔や駄女神や脳筋クルセイダーと比べてよっぽどまともなのにあれこれ不遇なあの子だよ。本来スティールで盗める物はランダムなはずなんだが、絶対に決めてやるぜ! 残された魔力も体力もないが、この一撃、俺自身の生命力を削ることも辞さないっ!


「あっ、ゆんゆん、今のカズマに近づいては——」


「さよなら……『スティール』ッッッ!!」

「え? なに? ……なんか腰の辺りがスースーする、けど。そ、それ、もしかして? まさか? え、え、嘘……」


「パンツを返して欲しかったら、俺の手を握ってくれ」


「い、い、いやあぁぁあぁぁぁっぁあぁぁぁあぁあぁぁぁ! カズマさんの馬鹿あぁぁあぁぁぁあぁあぁぁぁあぁぁ!!」


 俺の手にはためく布切れを見たゆんゆんの悲鳴が紅魔の里に響き渡り、めぐみんはうつ伏せのまま死んだフリを決め込んでいた。

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