「死神少女」の噂


 放課後。

 それは僕の自由が奪われる始まりの時間。


 一般家庭ながらも家庭が厳しい僕は、高校生になっても両親に許可をもらわなければ、寄り道の一つさえ許されない。

 唯一許されるとするなら、図書室や図書館くらいだろう。


 あんな息の詰まる家には長居したくないけれど。



 両親が共働きだから、ある程度は好き勝手にできると思うだろう。けれど、うちはそう甘くない。


 僕の家には玄関にカメラが設置されている。今流行りの、外出先からも家のことが確認できるというアレだ。カメラが対象者を確認すると、瞬時に情報が登録者のスマホに送信される。


 本来ならば、幼児やペットの安否確認として使用されるものだ。ところが、うちでは僕を監視・束縛するために使用されている。

 寄り道をしようものなら帰宅時間でバレてしまうし、帰宅後外出することもままならない。

 そのせいで友達作りが難航して、明日葉がいない今ではすっかりぼっちの仲間入りである。まあ、そんなことを訴えたところで、今さら何の意味も成さないのだけれど。



 それでもできる限り家にいたくない僕は、毎日のように図書室で勉強するという旨を一方的に送りつけるようにしている。もちろん、証拠用に図書室の写真や宿題の写真なんかを用意しなければならないが……それでも一時間半くらいの時間稼ぎにはなる。


 今日も朝のHR前に連絡しておいたから、家の方は大丈夫だろうが……あんなことがあったせいでどっと疲れが溜まった。

 他のクラスに噂も広まっているだろうし、今日はあまり学校に長居はしたくないな。

 英語Ⅰの課題だけさっさと済ませて、今日は家で休むとしよう。



「ねえ、二限目の休憩時間にしてた話の続きなんだけどさー……死神ってどうやったら会えるか知ってる?」



 そんな今宮の呟きを無視して、僕は図書室へと足を向けた。


 しかし、図書室でも同じような噂話が流れていて、僕はやむを得ず図書室を退出することを選んだ。

 どうやら、校内に僕の安息の地はないらしい。 



 ロッカーで靴を履き替え、マフラーや手袋などの防寒具を身に着けてから校舎を後にすると、校門前にささやかな人だかりができていた。


 群がる女子の頭一つ分飛び抜けて高い背丈。多分百七十は優に越えているだろう。おまけに小顔で七、八頭身くらいだろうか? 脚は引き締まっていてすらりと長く、モデルのようだ。


 気にはなるが、うちの学校にこんな美形がやってくるなんておかしい。何かあるはずだ。

 面倒事には関わるまいと、密やかに隣を通過しようとした。が、 



「――【死神少女】を知らないか?」



 少しハスキーがかったアルト。その儚くも、芯を感じられる声音はビターチョコレートを思わせた。


 女、の声?



 その事実に驚きを隠せなかった僕はつい、反応してしまったのだ。



「死神、なら知ってますけど……」


「まともに取り合ってくれたのは、あんたが三人目だ」



 そう妖艶に笑って、僕の両手を掴み上げると、その女性は顔をギリギリまで近付けてきた。



「きゃぁぁぁぁー!!!!」



 途端、女生徒の悲鳴が上がる。どっちかと言えば、歓喜の黄色いやつだ。



「……なにするんです?」



 見れば見るほど綺麗な人だった。

 艶のある黒髪に、大きな瞳にぱっちりと開いた二重、目元のほくろ。色っぽいはずなのに、爽やかな雰囲気が漂う。

 グレーのPコートに黒のタートルネック、そしてジーンズ。シンプルなファッションなのに格好良く見えるところが、それを物語っている。


 細長い一束の三つ編みが揺れて、僕の胸元を擽った。



「――っ!?」



 緊張しきった身体にその刺激は効果抜群で、僕は思いきり身体を壁の方へと仰け反らせてしまう。すると、僕の両手を掴む彼女はくつくつと笑いを嚙み殺しながら、僕に囁いた。



「案ずるな少年。何も、取って食ったりはしない。話を聞かせてくれたら、すぐにでも解放しよう」



 嘘を吐いているようには見えなかった。相手だって長時間こんなことをしている利点がない。それに、さっき僕のことを「三人目」だと言っていた。いつから立っていたのかは分からないが、少し同情を覚えてしまったのだ。



「……僕が知ってるのは、あくまで死神です。それも、クラスメートたちが話してるのを又聞きしただけですが」


「それで構わない。続けろ」



 こっちはこの体勢だと構うのだが……話さない限りは話してくれそうにもない。



「僕が聞いた死神というのは、新月の夜に憎む相手の名前を教えると、その相手は魂を奪われる……というものでした」


「なるほどな。この辺りではそっちの噂が流れていたか」



 彼女は意味ありげにしみじみと頷く。



「そっちの噂って……?」


「こっちの話だが、気になるというなら教えてやる。が、その前にもう一つ聞かせてくれ。その死神とやらを利用して、成功した者を知ってるか?」



 それを聞いて彼女はどうするのだろうか。何にしても、部外者に生徒の情報を流すのはプライバシーの観点から見ても、あまり良くないだろう……。



「それも、聞きました。二年一組の篠原って女子です」



 とは言え、倫理ってやつも我が身には代えられなかった。そもそも、顔すら知らない同級生の個人情報を守る義理はない。



「そうか、協力ありがとう。さて、死神の方の噂について教えるんだったな……」



 彼女は僕の答えに満足したらしく、ようやく掴んでいた手を離してくれる。



「その死神と呼ばれる奴は、理不尽な目に遭った被害者を狙って、自爆テロまがいの報復をさせる。その結果が、魂を奪われる……と言われるようになったんだろうさ」



 視界の端で彼女の握り拳が震えているのが見えた。伏し目がちになった彼女の顔を見上げると、物憂げな様子が窺える。



「ご存知、なんですか。死神のこと」


「あぁ! あいつ、フード少年は天敵だよ。俺はあいつのやり方を絶対に認めない……」



 何か因縁でもあるのだろうか。それに、フード少年とはさして怖くない通り名だな。



「それから忠告だ、あんたからは死の兆しを感じる。気を付けろ、魔に誘われてもきっぱりと断る強い心を持て」


「なっ……!」



 彼女は僕の肩をポンっと叩くと、颯爽と立ち去ってしまった。


 暫くの間は怒りに震えていたが、落ち着いてくると、名前の一つでも聞いておけば良かったかもしれないと後悔の念に駆られた。


 直感的なものだけれど、彼女とは近いうちに再会するような気がしたからだ。

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