第24話【第五章】

【第五章】


《よく集まってくれた、諸君。早々に申し訳ないが、私、エドワード・ゴッドリーヴ中将より、緊急事態を宣言する》


 俺たちがバリーに連れられて大会議室に入った直後、壇上から発せられたのがこの言葉だ。大学構内のような、段々畑を模した造りの会議室。いや、演説場と言った方がいいかもしれない。


 そこでは、ゴッドリーヴ中将がまさに語り始めるところだった。先ほどエントランスで見かけた時と同じくらいの寛容さを有している。が、同時に比較にならない緊張感を放っていた。


「一体何が……?」

「シッ! 黙ってろ、イサム!」


 バリーの気迫もまた凄まじい。俺はぴくり、と全身を硬直させた。


《今から十分ほど前、この基地の司令官であるゼンゾウ・フランキー大佐が射殺された。正確には、大佐の姿を模して地球に潜入していた宇宙生物がだ。これは、確実に敵性生物であり、駆逐されたことには私も安堵している。しかし、それでこの星が安全になったとは言えん!》


 微かなざわめき。現場にいなかった者は落ち着かない様子だ。その一方、現場にいた者は皆刺さるような視線を中将に向けている。

 これだけの精神的圧力をかけられながら、中将は全く怯む様子がない。その胆力たるや、流石は歴戦の猛者だ。


 って、待てよ? まだ地球が安全でない、と? 何が起こっているんだ?


《諸君、これを見てくれ》


 中将がさっと腕を空中に翳す。すると立体映像が素早く構成された。緑色の濃淡で描かれる、宇宙艦隊の様子。……ん? 何だ?

 俺はその艦隊の姿に、言い知れぬ違和感を覚えた。


《フランキー大佐、否、偽大佐の死亡が確認されて五分後、すなわち約二十分前、この映像は撮影された。これらの艦艇は連邦宇宙軍規格のものにそっくりだが、明確な違いがある。外宇宙ではなく、ここ、地球に向かって向かってきているということだ》

「向かってきている……?」

《無論、これほどの艦隊規模を為す部隊は連邦宇宙軍しか有していない。いや、そのはずだった。しかし、現実はこれだ》


 中将が手を翳す度、様々な角度から撮影された艦隊の姿が立体映像として描かれる。

 一際目を引いたのは、最後に表示されたフルカラーの映像だ。俺はその場で、ぎょっと目を見開いた。


「真っ黒じゃねえか……」


 そう。謎の艦隊は、宇宙の深淵からも浮かび上がるほどどす黒い色をしていたのだ。黒、いや、闇一色だ。俺は否応なしに、タールの存在を思い出した。


 連中が地球侵攻を企てているのか? 確かに地球は、タールのいた惑星と極めて類似している。知性のある生物だということは分かっているから、地球を新天地にしようと考えてもおかしくはない。


 だが、あの艦艇の形はなんだ? まるっきり、俺たちの船と一緒じゃないか。

 タールに物体のコピー能力があることは知っている。しかし、あの惑星にあれほど巨大な艦艇の姿はなかった。あったとしても、フランキー大佐(本物)が落着した時の小型カプセルくらいだろう。


 連中は一体どうやって艦艇の形状をコピーしたんだ?

 だが、今はそれを考えていられる場合ではなかった。


《映像取得用の探査機は、直後にすべて破壊された》


 中将の周囲にあった映像が、すぐさま『NO SIGNAL』という表示に切り替わる。


《しかし、この謎の艦隊は確実にワームホールを通過した。管理局から連絡があったのだ》

「まさか、本当に地球に来るつもりなんですか⁉」


 バリーの引き留めも敵わず、俺は立ち上がって中将と視線を合わせていた。


《その通りだ、イサム・ウェーバー少尉》

 

 ぐっと首肯する。その映像と中将の言葉を信じる外あるまい。


《幸いにも、ワームホールを一度に通過できる質量には限界がある。連中が地球にやって来るとして、精々二、三艦ずつだろう。そこを、地球軌道艦隊の総力を以て迎撃する。艦隊戦だ》


『艦隊戦』――その言葉に、俺は胸がぎゅっと締めつけられるような感覚を得た。そんな大規模な戦闘に俺やバリーが巻き込まれる日が来るとは、夢にも思わなかった。


《地球周回軌道で待機中の主力艦隊を援護するために、我々は宇宙に上がる。先ほどの屋内での戦闘で、この黒色液状生命体――通称『タール』にはメーサー砲が有効だと判明しているため、整備班は直ちに全艦艇のジェネレーターに電力の供給を開始してくれ。搭乗員、パイロット各員は、直ちに離陸用意。敵が陣形を整える前にケリをつけるぞ》


         ※


『直ちに離陸』と言われても、俺たちは待たねばならなかった。電力、燃料、生活資材、宇宙用装甲などの整備が必要だ。

 ひとまずスペース・ジェニシスのブリッジに上がり、皆で顔を突き合わせる。


 今度こそ、俺は真剣に考え始めた。どうしてタールは地球で建造されたはずの艦艇の構造を模した艦隊を編成することができたのか。


「皆はどう思う?」

「突然話題を振るんじゃねぇ、あたいは頭脳労働には向かねえんだ」


 リュンにはあっさり振られてしまった。


「ユメハ、お前は?」

「随分昔に地球の艦船が下り立ったことがある、ということでしょうか。しかしあの映像を見る限り、タールが模したのは皆最新鋭の艦船です。どこからか情報を入手しているとしか……」


 ふむ。やはり敵の情報ソースは謎だ。

 その時、わっと泣き叫ぶ声がした。


「エリン、泣くものではありませんわ。突然どうなさったの?」

「フィーネ、いてくれたらすぐ分かるのに……。フィーネ、死んじゃった……」


 その一言が、場を一瞬で凍りつかせた。ユメハは沈黙。リュンは後頭部に手を遣り、キュリアンはその胸にエリンの頭部を抱いていた。


「くそっ!」


 がぁん、と響きのある打撃音。バリーがゴミ箱を蹴り飛ばしたようだ。

 あのバリーがここまで怒りを露わにするとは。それにつられてか、俺もまた暴れ出しそうになった。


 フィーネはフィーネだ。同じ細胞から培養して、同じ人造人間を造ったとしても、俺はそれをフィーネだとは認めない。彼女は、かけがえのない仲間だった。


「くっ……」


 俺はぎゅっと唇を噛み締め、拳を握っていた。

 それからどのくらいの時間が経っただろうか。まだ発進準備の整わないうちに、俺は何度もエリンの台詞を脳内再生していた。


『フィーネ、いてくれたらすぐ分かるのに』。ああ、全くその通りだよ、エリン。フィーネがいてくれたら、敵の情報なんてちゃちゃっと解析して――。


「あぁあ‼」

「ちょっ! うるせえなイサム! 少しは空気を読むってことを――」

「フィーネは生きてるよ!」


 リュンを押しのけ、俺は大声で断定した。それだけで場の雰囲気が切り替わるものではない。


「やめろ、イサム。エリンだっているんだぞ」


 しかし、そんな冷たい指摘を跳ね飛ばすだけの推測が俺の脳内には浮かんでいた。


「皆、聞いてくれ! 俺たちの知る限り、タールのいる惑星に落っこちた地球製造の物体は、ゼンゾウ大佐の小型ポットと俺たちの先行偵察機だけじゃないよな?」

「はぁ? 何言ってんだよ。フィーネも落っこちたじゃねえか。あの高さから落ちたんだから、生存は絶望的……ん?」


 どうやらリュンは、俺の言わんとするところを察したらしい。


「フィーネが生きてる、ってまさか……!」

「そうだ。タールたちは、工学知識に強いフィーネを取り込んだんだ。だから、フィーネの記憶にある最新鋭の艦艇をコピーして建造できたんだよ。そして、作業はまだ続いている」

「つまり、フィーネはまだ脳を使われているから、生きている、と……?」

「そうだ!」


 ユメハの言葉に、俺は踊りださんばかりの勢いで頷いてみせた。


「イサム、逆に言えば、フィーネを奪還しなければ敵はいくらでも地球侵略に向かってくる、と?」

「そうだバリー、その通りだよ」

「フィーネの救出か。またあの惑星に行くとなると、誰も許可は出してくれんだろう」

「許可なんか要るか! 今のアイディアを伝えてくる!」

「伝えてくる、って誰に?」

「決まってんだろ、ゴッドリーヴ中将だよ。いくら艦隊勤務の兵士たちが優秀だと言っても、無限の敵に立ち向かえるわけがない。彼らには、敵の主力艦隊に陽動をかけてもらう。その隙に、俺たちスペース・ジェニシスがワームホールを突破し、俺がジェット・ブラスターで降下してフィーネを助け出す!」

「ちょっ、待て。待てよ、イサム」


 今度は眉間に手を遣りながら、バリーが言った。


「あの惑星にもう一度降りたとして、一体どこを探すつもりだ? まさか、地表全てをひっくり返す、なんて言わないよな」

「うぐ」


 俺はがっくりと項垂れた。諦めたわけではないが、意志は揺らいだ。

 ゴッドリーヴ中将からこの部屋への入室許可の通信が入ったのは、まさにその時だった。

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