第11話 夜会(1)

お茶会を終えてからというもの、エマとリュークは王弟一家への悪口や不満をよく口にするようになっていた。

その度に二人の話を聞かなければならないわたしは、今もそっとため息をつきながら相づちを打つ。

貴族として、側近としての身の振り方をよくわきまえているはずの二人が、このように目上の者を詰るのは珍しい。

「お側に控えて居たというのに、お力になれずどれだけ歯痒かったことか!」

エマは、悔しそうにそう言った。

お茶会の時、わたしの後ろに控えていた二人は、主であるわたしをウォルリーカに侮辱され、ひどく悔しい思いをしたらしい。

どれだけ悔しくとも、苛立とうとも、側近である以上勝手な口出しをすることは許されない。

だからこそ、今こうして文句を言っているという訳だ。

「そんなに気に病まないで下さい。わたくしの器量が足りないばかりに、ウォルリーカにいいように言われてしまったのです。それに、お母様のお手を煩わせてしまいましたが、あの場は収まったのですから、良いではありませんか」

わたしが落ち着かせようとそう言うと、エマは納得がいかないというように首を振った。

「いいえ、そのようなことはございません。姫様は、王女としてとてもご立派にお仕事なさっています」

「エマの言う通りですよ、姫様。貴女ほど利発で、行動力に長けた方はいらっしゃいません。それも分からぬような者を婿として迎えるなど、言語道断です」

怒りをあらわにするエマに加え、いつもの飄々とした口調ながらリュークも笑顔でそう言い切った。

慕ってくれるのは主として純粋に嬉しいのだが、その怒りが少し怖い。

特に、リュークが爽やか笑顔でものすごく怒ってるのが、一番怖いのだけれど。

「二人とも、落ち着いて下さい」

何とか二人を落ち着かせると、話題は、お茶会でのお母様の発言に移った。

「そう言えば。王妃様は、セルバー様を姫様の婚約者にお望みなのでしょうか?そのような発言を会食の折りにされていたと、記憶しているのですが」

リュークが言って、首を傾いだ。

わたしもお母様の真意ははかりかねる。

例え話だったのかそうでないのか。実のところ、わたしも気になる事柄なのだ。

「どうなのでしょうか?わたくしとしても、セルバーとの婚約が最も現実的かと思うのですけれど。エマとリュークは、どう思いますか?」

わたしが問うと、二人はそろってわたしの言葉を肯定した。

「わたくしも、セルバー様とご婚約なさるのが最善かと思います。優秀で優しい方ですし、何より幼い頃から姫様と仲がよろしいではありませんか」

「そうですね。それに先日の夜会では、クード・ガルムステッドに宣言通り傍観を決め込まれてしまい、話すこともできませんでした。こうなると、セルバー様とご婚約なさるのが最も良いでしょう」

わたしは頷きながら二人の話を聞いた。

やはり、セルバーとの婚約を前提に動き出した方が良さそうだ。

権力にものを言わせてきたゼウンと違い、魔力にこそ多少の不足はあるものの、優秀な彼だ。婚約に文句などあるはずがない。

問題は、彼が快く受け入れてくれるかどうかだけだ。

「やはり、今夜の夜会にご出席なさることにして正解でしたね。セルバー様もご出席なさいますし、早ければ今日にでもご婚約の話になるのでは?」

エマが興奮ぎみに言うので、わたしは思わず笑ってしまった。

「急性すぎですよ、エマ。これまでセルバーに、婚約についてはっきりと言及したことはありませんもの。そう早く話は進まないでしょう」

わたしはそう答えながらも、もしそうなったらと想像しようとして、けれど、想像できなかった。

セルバーとと言うよりは、誰かと婚約、まして結婚など、想像がつかない。

それでもかろうじて、エスコートのためにわたしに手を差し伸べるセルバーを思い浮かべることができた。やっぱり少し違和感がある。

すると、そのセルバーの顔がふとかき消えて、別の顔にすりかわった。

銀色に縁取られた美しい青の瞳が、じっとこちらを見据えて手を伸べてくる。その無表情な顔は、紛れもなくディウラートだった。

「っ!」

何でここでディウラートを思い出すの、と、わたしは慌ててその想像を頭から追い出す。

しばらく会えていなくて、少し気になっているだけ。きっとそうだ。

けれど最近、こうしてディウラートのことを思い出してしまうことが多い気がする。

何故だろうと不思議に思うが、答えは出ないままだ。

いつのまにか熱を集めていた頬を両手で隠して冷ましていると、リュークが話題を変えた。

「ああ、そういえば。明日は久々にディウラート様に会えますね。とても楽しみにされていたでしょう、姫様?」

「えっ!?え、ええ。そうですね」

急に出てきたディウラートの名に、わたしの心臓は跳ね上がった。

別にやましい想像をしていた訳ではないが、心の中を見透かされたような気がして落ち着かない。

「どうされましたか、姫様?お顔が赤いような……もしやお風邪を召されましたか?」

「いえ、そうではありません。大丈夫ですよ、何でもありませんから」

心配顔で慌てたように聞いてくるエマに、わたしは急いでそう言った。

笑いをこらえたような変な顔をしているリュークをひと睨みして、今度はわたしが話を変える。

「二人とも、おしゃべりはここまでです。早く準備をしないと、夜会に間に合わなくなってしまいますよ」

わたしの言葉に、二人は素早く動き始める。

わたしは一人、先程から頭をちらつくディウラートの存在に悶々としながら、側仕えたちにされるがまま着替えをはじめた。

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