第9話 王弟一家とのお茶会(1)

わたしは、時間を気にしながら落ち着きなく座っていた。

「姫様、どうかなさいましたか?」

髪を整えてくれていたエマが、鏡越しにわたしを見る。

「大したことではありません。いつもならばディウラートと会っている時間だと思うと、少し落ち着かないだけです」

「いつも欠かさずに、通っていらっしゃいましたものね」

わたしが答えると、エマは納得したように頷いた。

ディウラートがどうして居るか、つい考えてしまう。

「準備は整いましたか?」

ふいに声をかけられ、わたしとエマは急いで準備を整える。

今日はこれから、王弟一家とのお茶会だ。年に数回は、こうして他の王族と交流の場を持つ。

王族が一同に介する夜会が行われることもあるが、だいたいはこうしたお茶会をもって、交流を深めているのだ。

お茶会が行われる部屋に移動すれば、すぐにお父様とお母様も部屋へ入ってくる。

王弟一家の到着はもう少し後だ。

「マリエラ、もう来ていたのか。待たせてすまなかったな」

「いいえ、お父様。先程来たばかりですわ」

にこやかに返せば、お父様も笑みを深める。

「こちらへいらっしゃい、マリエラ。少しお話しましょう」

お母様に呼ばれ、わたしは手招かれて隣に座るように促される。

わたしが腰を落ち着けたことを確認すると、お母様は声をひそめた。

「婚約の話に進展はありまして?」

「いいえ」

わたしが肩を落として頭を振れば、お母様は予想通りだというように頷く。

「このままでは本当に、ゼウンと婚約することになりますよ?あちらは、このお茶会で正式に婚約の申し込みをしてくるつもりかもしれないのですから」

「……わかっています」

お母様の言う通り、そろそろ婚約しようと言い出されてもおかしくはない頃合いなのだ。

今日その話を出されれば、非常に面倒なことになるのはわかっている。

候補者の中で最も身分が高く、魔力も多いのが厄介だ。

わたしの不安が伝わったのか、お母様が声音を和らげる。

「協力すると言いましたでしょう?今日婚約の話が出れば、わたくしが対応いたしますわ。貴女は婚約者探しに専念なさい」

頼ってしまってもいいのだろうか?と少し心配になる。

けれど、お母様ほど心強い味方もいない。

「ありがとうございます。お母様」

お礼を言うと、お母様はにっこりと笑った。


しばらくすると、王弟一家が到着したとの先触れがあった。いくらもしないうちに、彼らが入室してくる。

お父様の補佐役として城で仕事をしている王弟のイルハルド以外は、久々に顔を合わせる。

「よく来たな」

お父様はにこやかに彼らを迎え、お母様も微笑んで言葉を交わしている。

わたしも笑顔を作って迎えた。

「叔父様、叔母様、ゼウン兄様。ようこそお出で下さいました」

公では、身分の優劣から呼び捨てにすることが多いが、今回は内輪でのお茶会なので呼び方を変える。

ゼウンを兄様呼びするのは癪だが、仕方がない。

「愛しいマリー、久し振りだな。婚約者同士、今日は仲を深め合おうではないか」

ゼウンがそう笑ってわたしに歩み寄ってくる。わたしは笑顔を引きつらせて後ずさった。

お母様が笑顔を貼り付けたまま、視線だけは厳しくこちらを見やる。

「今、何とおっしゃいました?」

「うむ?」

不思議そうに首を傾げるゼウンに、わたしは眉をひそめる。

聞き間違いだといいな、と現実逃避して考えた。

女性の愛称は通常、父親や夫、婚約者以外の男性が呼ぶことは決してない。ゼウンがわたしの愛称を呼ぶことなど、本来は許されないのだ。

貴族女性なら誰しも、婚約者に愛称で呼ばれることに密かな憧れをもつものだ。

わたしも勿論、そんなシチュエーションに少し憧れる。

それをゼウンにぶち壊しにされたのだから、怒っていいと思うのだ。

お父様ですらたまにしか呼ばないのに、と考えていると、ふいに思い出した。

そう言えば、ディウラートには愛称で呼ばれている。

本名は教えられないが、全く別の名前では違和感があるため、愛称を教えたのだが。今考えると、まるで、仲の良い婚約者同士のようではないか。

何も考えずに教えたことが悔やまれる。

「マリー」

ディウラートの声がふと聞こえたような気がして、顔が熱くなるのを感じる。

あの聞き心地の良い声で愛称を呼ばれて、何も感じていなかったなんて、我ながらどうかしている。

呼び方を変えさせるべきかしら?などとひとりで悶々としていると、ディウラートとは比べものにならない聞き心地の悪い声に、現実に引き戻された。

「私の婚約者は、恥じらう様子も美しいな。マリーと呼ばれたのがそんなに嬉しいか?」

今度こそ完全に思考を放棄したかった。

この人は何を言っているのだろうか?理解できない。

「恥じらう?ご冗談はおよしになって下さいませ。兄様は、愛称で呼ぶことの意味をご存じでして?」

冷ややかな視線を投げ掛けるが、ゼウンは全く意に介さない。

というより、気付いてすらいない。

気持ち悪いことに彼のなかでは、わたしたちは愛し合う婚約者同士の設定のようだ。

「意味ぐらい知っているぞ」

「それならば、わたくしの意を汲んで下さいませ」

本当にわかっているのかは定かではないが、愛称で呼ばないことを強く念押ししておく。

わたしとゼウンが話している間に、お母様が笑みをどんどんと深めていった。それと同時に剣呑さも増しているのだから、かなり怖い。

お父様も、笑顔ではあるのだが心なしか厳しい顔になっている。

「そろそろお茶にいたしましょう」

わたしが気を取り直して言うと、二人は僅かに表情を和らげて頷いた。

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