第3話 冒険者

 サムナには自警団に似た職業がある。

 その名も、冒険者。

 住民の悩み事を依頼という形で解決する何でも屋。報酬次第で荒事も請け負う危険な仕事だ。

 それでも需要の高さから他の職業同様、ギルドが作られ都市の内外問わず活動する。

 キミトはレオナ・パルダリスとキャサリン・ロウとチームを組む冒険者だ。

 二人はほぼ裸同然の姿から着替え、それぞれ冒険者としての身支度を済ませた。


 斥候であるレオナは猫獣種フェリディエらしい身軽さを重視した軽装備。下手に武器を使うより己の手足や爪を使う方が有利である為、ナイフを一本有するだけ。防具も急所を守るのみ。

 魔術師であるキャシーは魔力伝導率を上げる為に金属はほとんど使わない。かといって魔導杖を使うこともなく、端から見ればただただ女装しているマッチョのおっさんだ。

 キミトは……特殊な役割ジョブだ。装備自体は前衛に近いが前線で戦うことはほとんどない。故に武器はナイフとショートソードと扱いやすさばかりに偏重している。


 朝食を終えた三人は今日の仕事を探すべく酒場に向かっていた。

 冒険者への依頼は口を開けていても落ちては来ない。

 依頼を受けるには、依頼を受け付けてくれる場所に行く必要がある。

 一つは冒険者ギルドに所属するクラン。キミト達の場合は【外界への翅タラリア】というクランに所属しており、そこへ行かなくてはならない。

 もう一つは酒場だ。昔から人が集まる所には情報も集まる。冒険者ギルドが今の体制になるまで酒場を利用していたらしく、今でも名残として残っているそうだ。

 本来の稼ぎ時は夜だが、そういった事情から客が来なくても朝から店を開けている。実際、仲介料として幾らか間引いているから酒場にとっても悪い話ではない。

 とはいえ緊急時や報酬が良い依頼はクランに直接来ることが多く、酒場で受け付けるのは緊急性も難易度も低い、つまり金払いもショボい依頼がほとんどだ。

 稼ぐなら圧倒的にクランの依頼だが、キミトは訳があって普段はクランに近づかないようにしている。

 だから必然的に向かうのは酒場になっていた。

 軽い扉を押して中に入る。


「しゃっせー」


 やる気のない店員の声が出迎えた。

 テーブル席の上に腕枕を作り、頭を載せてだらけている金髪の少女を見つけた。


「朝から気が抜ける返事しやがって」

「んー? ああ、キミトサン達じゃないっスか」


 彼女――アリサはテーブルから身を起こすが、すぐに頬杖をついて、にへらと緩んだ笑みを見せた。


「いやー、丁度いいところに来てくれたっスね」

「どうしたの?」

「実は今月ちょおっと金欠気味なんスよねえ」

「受付嬢が冒険者にたかるなんて聞いたことないわよ」


 いやいや、とアリサはキャシーの言葉を否定する。


「たかるなんてとんでもない。買って欲しいモンがあるだけっスよ」

「幸福を呼ぶ壺ならいらねえぞ」

「なんスかソレ。キャサリンサンとレオナサンはともかく、キミトサンなら喜んでくれると思うんスけど」

「なんだよ?」

「パンツ」

「……? アリサ、下着なんて売ってるの?」

「今日が初めてっスね。けど、ただのパンツじゃないっスよ」

「どういうこと?」

「ウチの使用済みパンツ」

「え゛っ?」


 意味を理解したキミトとキャシーとは裏腹に、レオナは未だ理解が追いつかず困惑する。


「……アリサの、使った、下着?」

「っス」

「……私じゃなくて、キミトに?」

「レオナさんも欲しいっスか?」

「いや、いらないけど……なんで?」

「だから金欠って」

「そうじゃなくて! なんで女性用の下着をキミトに売るの⁉」


 その質問だと同じ答えでも通じてしまうが、そういうことではないのだろう。

 アリサもレオナの疑問の本質を見抜き――というか最初から絶対分かっていた――、答える。


「そりゃ」


 言って、手で輪を作り上下に動かす。

 下品、とキャシーが呟いた。確かに朝っぱらからするジェスチャーではない。

 最初は分からなかったレオナだが、アリサが次にキミトの下半身を指差すと、見る見るうちに表情が変わり全身の毛が逆立つ。

 猫獣種フェリディエを含めた獣人系は全身が獣毛に覆われているので顔色というのは分からないが、尻尾や毛の動きがその代わりとなる。

 今のレオナの様子は、人類種ホミニディエでいうところの『赤面』というやつだ。


「なななななな、なにを言ってるの⁉ キミトが、そ、そんなの買うわけないじゃない‼」

「いやー、それはどうっスかねー」

「買わない! よね! キミト⁉」


 全員の視線がキミトに集まる。

 レオナは恥ずかしそうな表情で。

 キャシーは呆れたような様子で。

 アリサはからかうような笑顔で。


(なんだこの状況)


 軽いため息をついて、キミトは意を決し、アリサの前に立った。


「アリサ」

「なんスか」

「脱ぎたてなら言い値で買うぞ」

「キミト⁉」


 胸倉を掴まれた。


「なんで買おうとするの⁉ ただの布だよ⁉ それも脱ぎたてなんて……えっち! へんたい! すけべ!」


 わなわなと震えながらまくし立てるレオナ。

 すまないな。でもこれも仕方がないんだ。


「だって男の子だもん」

「最っ低!」

「はいはい。じゃれ合うのもそこまでにしておきなさい」


 キャシーが二人の肩を掴み、力任せに引き離す。


「とっとと仕事の話しちゃいなさい」


 そう言って、レオナを連れて少し離れていく。

 とはいえそんなに広い店内ではないので、なんで私の裸は興味ないのに下着には、人には人の趣味があるのよ、とか色々と漏れ聞こえてくる。

 無視してアリサの向かい側の席に座った。

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