11. 愛車

 茹だるような暑さと湿気が身体中にまとわりつくような湿気が体力を奪いにかかり、蝉の合唱が煩わしく感じることに驚きと疲れからあいは呆けた顔で太陽が照りつける空を見上げる。


「東京って暑いんですね」


「はい?」


「いや、那須と全然違うって言うか……。なんかこう熱気がくっついてるような」


「ああ、そういうこと。そりゃそうよ、アスファルトの多さとビル群の多さに排気ガスの多さ。地方と比べれば息苦しくて当たり前」


「なるほど、東京砂漠ってやつですか」


「え、なにそれ?」


「え」


 なにを言っているんだとばかりに怪訝そうな顔で藍に視線を投げるしうに困ったよう肩をすくめて見せる。


「検索した方が早いですよ」


「だろうね」


 初めから期待されていなかったことに少しだが落胆をしている自分の気持ちに首を傾げる。

 しうに懐いているのか、心を開いているのか。

 自分自身の持つ感情にも関わらず、答えが見つからぬまま考えることを放棄し藍はまた雲一つない青空を見上げる。


「少年?」


「え、あ、はい?」


「人混みで空なんか見てるとぶつかるよ」


「あ」


「キミそんなんで大学で浮いてないの? 友達いる?」


「いますよ、困らない程度には……」


「当たり障りなく言ってるけどそれいないと同じじゃない?」


「いや! いやいや! いますから」


「そう?」


「そうです」


 なにをムキになって否定してるんだ、自分の言動にさらにわけがわからなくなる藍はぶんぶんと勢いよく首を振ると、その反動でぐらりと足元がもつれる。あ、そう思うと同時に冷ややかな白い手が藍の腕を掴み心底呆れた顔で見つめる。


「次はないからね」


「はい」


「ていうか、本当にそんなのでどうやって大学通ってるの?」


「あ、それは……。山の中なんです」


「やまぁぁ?」


「正確には山が学校って言うか山の中って言うか」


「……修行僧かなんかなの?」


「違うますよ! 近くに動物園とかあるし!」


「あ、あー……あそこか。じゃあキミは賢いんだね」


「賢いにもそれぞれあると思いますが……まあ」


「なら、都会にずっといるわけじゃないから疲れないでしょ?」


「……はい」


「良かった」


「心配……してくれたんですか?」


 藍の質問に答えることはなく、ふっと笑いかけるだけのしう。その姿に見惚れていれば、あれ? と違和感に気づく。


「……あの」


「うん」


「今からどこかに出かけるんですか?」


「そーよ。で、ここで二択」


「はい」


「車と電車ならどっちが良い?」


「え……どっち?」


「そう。どっち」


「車……ですかね、電車もいるし」


「だと思ったー。てことで、はい」


 いつの間にか地下に入っているとは思ってはいたが、手を離すことなく掴まれたままのしうの足がぴたりと止まり藍もならうようにその場に止まると下を向いていて気づかなかったが目前にはアイボリーのジムニーシエラが止まっていた。


「これ、しうさんの?」


「うん、格好良いでしょ? ハスラーと悩んだんだ」


「車、好きなんですか?」


「将来はランクルを乗り回したいくらいには好きかな」


「はへー」


「まあ、とりあえず乗った乗った」


 そう言うとさっさと運転席へと乗り込むしうの後を慌てて追いかけるように助手席へと乗り込む。

 むせかえるような暑さが車内を多い、汗がじんわりと滲む。


「あっつーい」


 クーラーの風量をマックスにし、涼むしうに「あの……」と藍がおずおずと尋ねる。


「結局どこに行くんですか?」


「八王子」


「はちおうじ……?」


「そう、ちょっと神社巡りにねー。キミは牛頭って知ってる?」


「地獄の鬼ですよね? 頭が牛で身体が人型の」


「よく知ってんね、じゃあつくまでの宿題。その1、八王子で起きた女子高生焼身自殺の被害者と加害者について調べて。その2、牛頭について。以上」


「あの! でも自殺なのに加害者と被害者って……」


「その亡くなった子ね、いじめの被害者。まあ色んな記事読めばわかるよ」


 それだけ言うと誰が歌っているのか不明のどこか懐かしい曲が車内に流れ出し、運転に支障が出るのかサングラスをかけたしうが「レッツゴー!」と掛け声をかえると滑るように車が走り出す。

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