7. 人気嬢の心得その1

「あー、やっぱり死んでたか」


「誰が?」


 真っ暗な浴室の壁に取り付けられるテレビから流れる女性アナウンサーの声に、バックハグをしながら一緒に湯船に浸かる男性が呟く。


「この人? あ、もしかして隆良たかよしさんの知り合い?」


「知り合いっていうか同期ってやつ」


「へえ〜、この人確か何日か前から行方不明の裁判官でしょ?」


「そうそう、同職」


「なんで死んじゃったんだろうねえ」


 いつもよりもテレビの音がやけに反響するのは浴室だからか、バスタブの中でLEDライトがランダムに色を変えてゆく。


「まあ、良いやつではなかったからなあ。あんな忖度は激しいことしてちゃ恨まれても……」


「なんの話?」


「あー、いや。なんでかまゆちゃんと居ると口が軽くなるんだよなあ〜。このおっぱいの所為かあ?」


「やーだ、隆良さんってば。真面目な話してるのに〜」


「別に触りながらでも話せる話せる」


 そう言っては、ニュースを読み上げる女性の声に耳を傾けつつしうの商売道具の一部であり豊満な胸を優しく丁寧に弄る。

 乱雑にテキトーに、己の欲望のままがっつく輩よりよっぽど良客だ、なんて頭の片隅でぼんやり考えつつ適度に喘ぎの演技をする。


「あ、で、さっきの人はなにしたの?」


「なにってことはないし、別に僕らからしたら珍しいことじゃないからさあ」


「うん」


「まゆちゃんさ、二年前の八王子であった女子高生焼身自殺覚えてる?」


「いじめてた子たちの前で灯油被って火つけたってやつ?」


「そうそう、その裁判担当してたのがさっきの」


「……未成年だからなのか知らないけど、異常に罪が軽かったから覚えてるよ」


「やっぱそうだよなあ。……主に目立ってやってた五人の子の中の一人の親族が」


「親族が?」


「裁判官、それも上の方」


「あー、なるほどねえ。だから圧っていうか忖度なんだ」


「そうそう、まああいつとその親族が面識があってどんなやりとりがあったかまでは誰も知らないけど」


「じゃあ勝手に点数稼ぎであんな誰が見ても可笑しな判決下したかもしれないの?」


「そう」


「くそじゃん」


「こら、女の子がそんな言葉使っちゃいけません」


 胸を弄る手を口元に移すと、むにっと頬を掴まれる。


「なにゃふんのよ」


「可愛い可愛い」


「みょう!」


 足をバタバタと動かし水飛沫を上げると、心底楽しそうに笑いながら隆良は手を離す。


「ねえ〜え、なんで人のこといじめて元気になってるの? 背中に当たるんですけどお」


「しょうがないしょうがない」


 そう言いながら腰に擦り付ける隆良に、ハハハっとバレない程度の乾いた半笑いを零しては「でよっか」と声をかける。


「あとでもーっと隆良さんのお仕事のこと聞きたいなあ」


「いつも聞いてるのに?」


「お仕事頑張ってるところ想像したらかっこよくて」


 なんて思ってないことをペラペラと述べ、心の中で中指を立てては真っ暗な浴室の扉を開け、無駄に広く煌びやかなベッドルームへと赴く。




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