第8話 光を遮るもの

 最終審査はこれで終わらなかった。わたしたち候補生を待ち受けていたのは、伊達プロデューサーを相手とする個別面談だった。


 七人のアイドル候補生それぞれに伊達さんから一言あるらしく、順番に相談室へ入っていき、終わった者から帰宅する流れとなっていた。


 わたしの前にすでに六人の面談が終了しており、最後がわたしの番だった。どんなことを言われるのだろうかと、部屋に通されたときは期待と不安の両方を感じていた。


「雨宮純佳くんだね。そう緊張しないで、リラックスしてもらっていいよ」


 そう言われて姿勢を崩せるほど強心臓の持ち主ではないので、「はい」と返事しつつ、全身堅い状態のままで伊達プロデューサーの言葉を待った。


「正直に言うと、君の評価は事務局の中で割れているんだ。容姿やプロポーションは合格ラインぎりぎりの及第点。だが、歌唱力とダンスの才能を加味すれば、君より上の候補者が三次審査にはたくさんいたからだ」


 いきなりの否定的な発言に戸惑う。喉が渇く。

「ではなぜ、君が最終選考に残っているのか。僕が押したからだよ」


 白状すれば、この瞬間わたしは伊達プロデューサーに囁かれている噂を思い出した。目の前にいるのは自分が育てたアイドルに手を掛ける男であり、自給自足という二つ名がある男だった。


 伊達さんの発言は、わたしに貸しを作るような意味にも受け取れるもので、「だから、僕のものになるんだ」なんて続くのではないかと焦りに焦った。

 しかし、それはとんでもない勘違いで、杞憂に終わることとなった。


「僕がアイドルを選考するとき、その子の伸びしろに注目するんだ。いくら容姿が良くたって、いくら歌がうまくたって、今が能力百パーセントで成長する幅がないのだとしたら、現段階で容姿や歌唱力がその子を下回っていたとしても、将来的にその子を上回る素質がある子がいた場合、僕は前者じゃなく後者を選ぶ。

 それだけの話なんだけど、感覚的な部分があるから、なかなか他人に理解してもらえないこともあるんだ」


「――それはつまり、伊達さんから見て、わたしには三次審査に残っていた方たちを上回るかもしれない、大きな伸びしろがあるってことですか?」

「ああ、そうだ。だけど伸びしろは所詮しょせん伸びしろだ。君自身が努力して伸ばそうとしない限り、君は三次審査で落とされた人以下の存在だ。僕の選考が誤りだったということだね。

 そうなってほしくないから、君には一ヶ月後の契約締め切り日を待たずに、この事務所にある教室でダンスレッスンとボイストレーニングを行ってほしい。やってくれるかな」


 わたしは反射的に頷いた。まさか、プロデューサーにこんなに期待されていたなんて思わなかったから、すぐに返答できないくらい感動してしまった。


「期待に応えられるよう、頑張ります!」

 頼むよ、と伊達さんが言う。

 今まで、誰かにここまで期待されることが、わたしの人生であっただろうか。震える身体を両腕でなんとか押さえた。これだけでも許容量いっぱいだったのに、なんと伊達さんの話には続きがあった。


「あともう一つ。君には大事なことを伝えたいと思っているんだ」

「な、なんでしょうか」

「世の中にはアイドルとして飛び抜けた人気を得る者がいるけど、じゃあその人たちは歌唱力やダンスも含めた完璧人間なのかと言えばそうではないことが多い。なぜだろうね」


 逆に言えば、歌がとてつもなくうまい人、ダンスがめちゃくちゃ上手な人であっても、必ず売れると限らないのが芸能界だとわたしも思う。


「アイドルとは光なんだ。まばゆいほどの光を発しているかどうか。それがアイドルの価値になる。人はその光に吸い寄せられる。光が強ければ強いほど、引力は強い。これまでの経験則だ。君にはその光が感じられる。感じられるのだが、まるで日食のようにその光を何かが隠している。だから私にはかろうじて見えても、他の者には見えない。抽象的すぎるな。言い換えよう」


 しばらく考えてから、伊達さんは言った。

「君は以前の面接で、アイドルになりたい気持ちが人一倍強いと言ったね。それって本当かな。僕の君への感じ方は真逆だ。深層心理で君はアイドルになることを拒んでいるように感じる。何かが自分の気持ちにブレーキを掛けている。表面上の心理と深層心理の自己矛盾。それが光を遮っている原因じゃないかと、僕はにらんでいるんだけどね」


 わたしが心の奥底でアイドルになることを拒んでいるなんて、そんなことあり得ないと思った。アイドルになりたかったから、あれだけ努力できたのだ。こればかりは伊達プロデューサーに意義を唱えたかった。でも、心に引っかかる何かがあることも確かだった。


「何か、アイドルになることを拒むものがあるはずだよ。それがなくなれば、君は自己矛盾から解放されるはずだ。何か思い当たることはないか?」


 答えずにいるわたしをどう見たのか。伊達さんは続けた。


「これから五年間、君は今いる世界から離れ、芸能界に身を投じることになる。気がかりを残すと、アイドル活動に集中できなくなってしまう。この一ヶ月の間に、思い残すことをないようにしなさい。

 それができたとき、君はアイドルとしての才能を開花する。僕はそう確信している」

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