14

 扉をノックする音。

「はい、どうし……あ」

 開けかけの扉から覗いていた骸骨は、パタの姿を見て扉を開けた。

 赤い制服のズボンをはいたパタは縮こまって頭を下げる。

「さ、さあ、入って」

 動揺が隠せないと言う様子で骸骨はパタを招き入れた。


 すっかり乾いたパタのズボンと傍に置いたままのベルトをとって、扉の前から動かないパタにそれらを手渡した。

「じゃ、後ろ向いてるから」

 壁の方を向いて眼球の無い頭蓋骨の空洞を骨の両手で覆う。制服のズボンを脱ぎ、パタは自分のズボンに足を通した。普段は裾で覆われているパタの脚には腕と同じような浅い古傷がやはり大量に刻み込まれている。

 ベルトを締めながらパタは口を開いた。

「あの……す、すみません。ズボン……洗えなくて」

「え」

 骸骨が振り向いた。驚いて手を緩めたパタは慌ててズボンを引き上げる。

「そ、その……一度洗って、でもよく考えたら履くものが無くて、結局……」

 ベルトを締め終え、申し訳なさそうに足元へ視線を落とす。骸骨は謝るパタを茫然と見つめていた。


 そして吹き出した。

「ごっ、ごめん……つい、緊張が解けたら急におかしくなってきて」

 骨格は変えずに笑う骸骨に、パタは制服のズボンを持ったまま立ち尽くしていた。だが気が付いてズボンを空中でたたみ……たたもうとするも全くたためていない。

「ああ、貸して。ズボンはこうやって……」

 パタからズボンを受け取って、今度は肺の位置が描かれたTシャツの上でするするとたたんで見せる。手際の良さにパタの視線は釘付けになっていた。

「……あ、じゃあ……あの、本当にすみません」

 丁寧に頭を下げ、扉を開けた。

「いいよ。面白かったからね」

 え、と声を漏らしたパタは扉の外から声を掛けられる。失礼しました、と頭を下げてそそくさとパタは部屋を退出した。





 グラウンドに整列する三十人ほどの生徒。

 その視線の先、ナイフ科教師の隣にパタは立っていた。

「彼は今日限りの特別講師だ。余すことなく教わるんだぞ」

 パタの肩に手を置いて生徒に紹介するナイフ科教師。

「はいっ!」

 性別も学年も種族もバラバラな生徒達から活気と意欲に溢れた返事が返ってくる。中にはパタと同い年や、年上の生徒の姿すらあった。

「……え、あの、参加するって生徒側じゃなかったんですか」

「俺に教えられることなどない。むしろ稽古をつけてほしいくらいだ」

 ナイフ科教師はパタに訓練用ナイフを差し出した。

「さ、どうぞ。よろしくお願いします」

 ナイフを受け取り、パタは目を輝かせているナイフ科の生徒達に視線を向けた。

「えっと……じゃ、じゃあ、とりあえず僕にナイフを当ててくださ」

 言い切る前に年少を筆頭に生徒たちがパタに飛び掛かる。



 座り込んで息を整える年少の生徒たちの傍らで、年長と年中の生徒は一対一の試合をしている。パタはそれを傍で立って観察していた。

「あ、そうやって防ぐよりも……」

 試合を終えたばかりの年少らしき女子生徒に声をかける。相手の女子生徒は息を荒げて芝生の上にへたり込んでいた。

 立っている女子生徒の顔を見て、あれ、とパタは声を漏らす。

「君だったんだ、名前は……テラだっけ。……あの、どうしたの……?」

 気まずそうに視線をそらしているテラにパタは体調不良を疑いだす。テラは慌てて首を横に振るも、なお俯いている。

「そ、その……昨夜は大変失礼な態度をとってしまい、どう顔向けすれば良いか……」

 頭を下げてテラは謝罪をしだした。

「……やっぱり具合が悪いんじゃ、一緒に保健室まで」

「い、いえ、ですから体調は」

 パタの左手がテラの額に当てられる。

「熱は無いみたい……もしかして、怖い夢を見たとか……?」

 訓練用ナイフを握った反対の手を自身の額に当てて体温を確認する。芝生に座り込んで手で顔を扇いでいた年中の女子生徒がその光景に口角を上げた。

「成績優秀で家事万能、おまけにかわいい……やっぱテラには敵わないな」

「いっ、いきなり何言ってるの!?」

 顔を赤くしてテラは瞬時に女子生徒の前まで移動し肩を前後に揺さぶった。

「速い速い頭取れちゃうって。いやさ、あとは十四歳特有のそれさえ治れば……と」

 女子生徒の言葉の意味を分かっていない様子のパタ。不思議そうにテラを眺め、ふと表情を緩めて微笑む。

「ではそろそろ第二回戦と行きますか、今度こそっ」

 肩を回してナイフを構える年中の女子生徒にテラも応じてナイフを構える。踏み出す直前、別の試合を指導しに行ったパタをテラは横目に見た。




 空は暗くなり星が点々と瞬いている。

「掃除してたらすっかり遅くなっちまったな……今日は本当に助かった」

 宿舎の裏出口の前でナイフ科教師は立ち止った。並んで歩いていたパタも足を止める。片手を軽く上げて、ナイフ科教師は裏出口のガラスの扉を開けた。

「じゃ、俺はこっちだから……っと、そうだ。少しいいか?」

 元の位置に戻ってパタを引き留める。立ち止り、パタは振り向いた。

「はい、何ですか?」

「昨日の夜、魔物に頭下げてなかったか?」

 え、と声を漏らしてパタの表情が固まる。少し間を置いて、ゆっくりと頷くも、その視線は足元のレンガの道に向けられたまま。

「……あ、別にだから敵だとかそういう事が言いたいわけじゃ無くてな」

 ナイフ科教師は視線をそらして言葉を続ける。

「ただ、それをよく思ってない奴の方が多いこのご時世だ。人目は気にした方が良い」

 視線を落としたまま返事をし、礼をするパタに視線を戻して、口元を緩めて微笑んだ。

「じゃあ。またいつでも来てくれよ、特別講師として」

 再度片手を軽く上げて振り向きナイフ科教師は宿舎へ戻った。パタは丁寧に頭を下げ、視線を上げて灯りの付いている宿舎の中を扉越しに見ていた。

「……二人とももう寝ちゃったかな」

 頭を上げ、電灯の並ぶ宿舎裏の道を歩き出した。

 だがすぐに立ち止まる。

「なんか……視線を感じるような」

 塀と宿舎の間の細い道をじっと見回す。前方に人影が無いことを確認し、後ろを振り向こうとしたパタの頭上を何かがかすめた。

「えっ」

 それが着地した方を振り向き、自身の頭に手を伸ばす。



 電灯の元、結んだ形のままのバンダナを片手にテラが立っていた。

「リベンジマッチだ。これを……」

 テラは視線をパタの頭部に向け、目を見開いた。

「かっ、返して!」

 片手で黒い髪を押えながらパタは混乱しきった表情でテラを見ていた。

 押さえた手の指の隙間から一束だけ赤い髪がはみ出ている。

「……お、お前……生きて……」

 立ち尽くしたままテラの口から小声で言葉が漏れる。

 若干涙目のパタは、テラの様子に伸ばしていた手を下ろす。

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