一文物語 弐天零[2.0]

水島一輝

2020年4月集

8


大きく長い螺旋階段を一周一年かけて上がると、鍵のかかった扉が先を塞いでいて、一日中穴に合う鍵を探していたが、感謝の一言で開いて、また螺旋をゆっくりのぼっていく。




9


引きこもる人類は、外出時、息も声も表情もマスクで覆い、思考を読み取って文字を表示するマスクによって、声を失った。




10


癒されたい人ばかりで、猫ばかりがもてはやされる中、冬の眠りから覚めた熊が一変した世に、愛くるしさを振りまきながら、町を進撃している。



11


青年は、仕事も私生活もなんでも上手くショートカットばかりして、誰よりも先へ進みすぎ、気づいた時には、周りに誰も知らない未来人しかいなかった。




12


玉ねぎ、という星は、侵略者に地表の皮を剥がされ、中身までもむかれて最後はきれいに消滅してしまい、地球で生まれ変わった玉ねぎを切ろうとする人々は、悲しみの過去に涙するのである。




13


彼は、いつも見えない糸に引っかかっていて、それを手刀で切れるようになると、周囲や遠くで、誰かの縁が切れていることが判明し、悪い縁を切ってくれと依頼されて切り続けていると、最後は誰も頼んでこなくなった。




14


このまま引かれたレールを進めば海の深みへ、路線を変えればレールは崖で切れていて、行き先がないと思った彼は、レールを降り、宙に自分だけの道を作って、自由な空へ歩いて行った。




15


日を浴びたい影が勝手に外に出ていってしまい、日が沈む前に戻ってきたら、色濃くなっており、太陽の温もりを持ち帰ってきてくれた。




16


ポストには宅配された段ボールがつまり、世界で段ボールの使用率が高まっていて、その多くは猫が入るために使用されている。




17


お金が送られてくることになり、まだかまだかと何度も口座を確認して待っていると、伝書鳩が一羽、家の前に降り立った。




18


人魚が尾を引きずりながら、街の中を羽の生える天使の水着がどこにあるか聞き回って、蝶のいる草原で羽を生やし、空の海を泳いだ。




19


切れ味の悪い包丁をいくら研いでも鋭くならず、いつの間にか、研ぎ石が切れ味を持ってしまい、重い研ぎ石で野菜を切ってしまっている。




20


生命の糸でほつれた命を縫うという女が住む高い山に、これがないと娘が泣き止まなくて、と泥だらけになってやってきた父親から渡された適当に縫われたぬいぐるみを、女は文句を言わず、丁寧に縫い直すと、ぬいぐるみは父親の手を引っぱり、娘のもとへ帰っていった。




21


殻を破って、新しい価値の写真を撮りたいその写真家は、念を込めて割った卵の殻や砕いた貝の殻ばかりの写真を撮っている。




22


銀行強盗に入った男は、全銀行員に銃を向けられ、全財産の手持ちの金を預けるよう脅されて口座を開設し、警察に捕まった。




23


全く読まれない本を本棚からベルトコンベアに乗せてアピールしても、ただ廻り続けているだけで、読まれずにいたが、ついに手にとって読み始めた人が目を回してしまった。




24


生まれる変わるために死んだ彼と再会してみたが、意味がないよ、と笑っていて、馬鹿は直っておらず、死ぬ意味がないことを知った。




25


夜中、彼の顔を思い浮かべ、これでもかと怨念込めて藁人形に釘を刺した直後、ガサッとした音で背後を振り返ると、胸から血を垂れ流した藁人形が立っていて、怨念を込められて刺された。




26


お前の手に世界がかかっている、と言われた彼が手を振り払うと、彼の手に引っかかっていた世界の土台がひっくり返り、辺りは瞬く間に崩れて、世界は砕け散った。




27


水脈にたどり着いてしまった木の根は、とめどなく水を吸い上げ、枝葉から水を吹き散らしていると、ついにロケットのように樹が打ち上がってしまった。




28


出社しない彼を心配して部屋を見に行くと、いびきが寝室から聞こえてくるも、誰もいないように見えたが、掛け布団敷布団がきつく人型に丸まって剥がれない。




29


的があるのか見えない遠くに矢を放っている彼女は、そこから一歩も動かずに未来を当てようとしている。




30


翌朝、カーテンをめくると、数字だけが飛びかった世界に変わり、窓も次第に数字に侵食されて、莫大な数字が迫ってくる数字で書かれたSF小説を、小説家AIが書いている。

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