第41話 生きることだけが

「ああっ」


 沙耶が叫んだ。何か、くる。

 直後、〈人間シュレッダー〉のアームが爆発した。

 爆炎に破片が飛びちり、火花とともに紫苑たちに降りかかる。


 アームは力を無くし、紫苑はハンドを開ききった。がま口の両端に手足を伸ばして突っ張った。紫苑の目の前にはきゅりきゅりと回転刃が獲物を食べたがっている。

 紫苑の脇を、本体から離れたハンドが落ちる。

 〈人間シュレッダー〉は、自らの腕を食べたのだ。


「非常停止ボタンを押せ!」

 

 誰かが言った。

 沙耶は、自分の立つ〈人間シュレッダー〉の側面に非常停止ボタンを探した。

 見つからない。


「そこだぁ!」


 じゃらり、と鎖の擦り合う音がした。沙耶の頭上を飛び越えて、花恋が〈人間シュレッダー〉の背部に回り込み、そこにある非常停止スイッチに、ハンマーを落とした。

 紫苑の目前の回転刃が、止まった。


「紫苑ッ」


 停止した〈人間シュレッダー〉の蝦蟇のような口に、蘭が手を差し伸べて、紫苑はその手を握った。〈人間シュレッダー〉の口から抜け出して、四人の少女は勝利に湧いた。カプセルの中で安らかに眠る菊本可奈が、その証のようだった。


「間に合ってよかった」


 少女たちから少し離れたところに、ロケットランチャーを担いだアレクが立っていた。


「梗治!」

「あんた、そんなものをどこから……」

「武器庫があるなんて驚いたよ。花恋のハンマーだっておいてあった。ロケランの使い方なんてのは、説明書を読めば分かる」

「もし天井に当たったり、紫苑を撃ってたら……!」

「賭けた。それで駄目なら、仕方なかったろう」


 沙耶は、追及を止めた。紫苑が、彼に抱き着いたからだった。


「梗治。私、あなたが……」

「分かっている。でも休む暇がないんだ。染井正化は、独断でプランテッドと地下に眠る人間を抹消し始めた。粉砕機はここだけじゃない。もう一台あるんだ」

「もうひとつ!?」

「ロケランの火力と、君たちの協力で、ようやく一台を潰せた。。しかも、このロケランは一発限りの虎の子だった。次弾はない。それでも、〈人間シュレッダー〉を潰すんだ」


 少女たちは、互いを見合った。不安なのだ。本当は、一難去ってまた一難などと、うんざりする気持ちを吐き出したいのだ。


「できるかどうかじゃないんだよね、梗治」

「やるしかない。正化は、思い通りにならないなら、いっそ全てを消し去ろうとしているんだ。彼が、彼のためだけに、〈赤線〉という会社すら、食い潰そうとしている」


 四人はアレクについて走った。紫苑が訊いた。


「でも、どうして? どうして正化は、そんなことを?」

「分かる気がする」

「分かるって?」

「彼は恐らく――失ったモノを取り戻したいだけだ」

「失った? 正化が失ったモノ?」

「生きている中で取りこぼしてしまった何か。誰もが持っているようなそんなものを」

「私や梗治のように?」

「だから、彼は何かを取り戻せば、自分が完成すると思っている。そのために、俺たちは邪魔なんだと思ったんだろう。この街の有様を、誰が造ったと思ってるんだかな」

「正化は……」


 紫苑は次の言葉が出なかった。

 同じ人間を善悪の二つに分けきることなど、出来やしない。

 彼の造った由紀子が一時でも彼をみたし、しかし、紫苑の腕を喰らったように。


 ただひとつ、善を説けるならば、生きることだけが善なのだ。生きるために、紫苑たちは走っている。生きるために、〈人間シュレッダー〉を壊してきた。


 オートメイドが、失ったモノを満たそうとする果てとして殺戮に走るのは、その者に生きている実感が失われたからなのだ。生きるために、人は絶えず何かを奪い、何かを守り、何かを愛する。だから生きていける。 


 それでも、染井が何かを求めて人殺しを続けるならば、折笠紫苑は戦うしかない。

 優しさや安らぎの裏に闘争があることを、今は認めなくてはならない。

 やがて、ただ強く、ただ優しく、いずれをも具えて、望むべき明日を迎える為に。


「私たちだって、生きてるんだから」


 五人は、本社ビルの真下に辿り着いた。染井本人を捕らえても、〈人間シュレッダー〉が活動を止めなければ、被害は増えるばかりだ。


「梗治、右腕の傷は治ったの?」


 紫苑は、彼の右腕に包帯が無いのに気付いた。


「あ、ああ。何か治ってた」

「やっぱあんた、宇宙人とかなんじゃ……」

「そうかもしれませんね」

「目からビーム出しても納得だわな」

「ちょっと! 私の梗治をなんだと思ってるの」

「私の?」

「……あ~っ! 少し黙ってよ!」

「沙耶、プランテッドがいる場所ってのは、どこなんだ?」


 アレクは、全く意に介してない様子だった。


「シネコン隣のマンションかな。あとは、プランテッドは少ないの」

「プランテッドの総数は?」

「三〇〇人くらい。あとは、保険契約者のオートメイドで、特別な人格者ではないわ」

「オートメイドは街全体で一万人。オートメイドの三パーセントのために、この騒ぎを起こした……? なら、もう一台は恐らく本社の上だ」

「どうして?」

「〈人間シュレッダー〉は、正化の私怨で動いている。なら、三〇〇のプランテッドよりもぶち殺したい奴がいるはずさ――」


 アレクは、少しふらついた。紫苑が急ぎ、彼を支えた。


「大丈夫。急ごう、君たちが後悔しないために」


 紫苑は、彼の臭いに違和感を覚えた。


「梗治が?」


 紫苑が問うと、彼は頷いた。


「行こ、紫苑。私たちは、ここに用はないから。仮に、私たちの肉体があったとしても」

「ありがとう。アレクも、一緒に行こう」

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