10

 001は視線を上に向ける。

「だけど僅かでもその可能性がある場合、任務を全うするため回避する必要がある」

 目の光が赤から青に変わった。

「そうプログラムされている。……だから、今回は従わざるを得ない」

 そう言い、ふてくされたような目で001はテラを見上げた。

 ぱっとテラの表情が明るくなる。

「良かった……ちゃんと自分の身も守れるように作られていたんですね」

「任務を全うするためだから」

 横たわる001を持ち上げようとしてテラは重さでよろめいた。一度001を地面に置いて腕を組み、どうしたものかと考え込む。

「でも、それだけじゃ回避モードなんて付けません。最初から戦闘モードになって戦えばいいはずです」

 テラに言われ、001は音が鳴るほど思考を急速に回転させる。

「……予想される回答が存在しません」

「怪我したら嫌だからですよ」

 役目上なるべくではありますが、と付け加える。


 001は不服そうにその回答を繰り返した。

「つまり、ご主人様は私を大切にしてるってこと……?」

「記念すべき一体目ですよ、大切にしないはずがありません」

 まだ赤い目を手でこすりながらテラはプルの方を見た。

「プルさん、電気魔法が使えたりとかは……」

「すいません、俺は魔法使えないっす」

 プルは手を横に振った。001が手先をぎこちなく動かす。

「膝の裏に非常用電源があるから、それ使って」

 指さした先、横たわる001の膝の裏にはよく見れば蓋が付いていた。

 遠目に見ていたプルが不安げに声を上げる。

「あ、あの姉さん、それ電源入れたら裏切るってことは」

「一度した契約を破棄することは出来ないから、安心して」

 充電切れのせいか抑揚のない声で返事をする001。プルは数歩下がりつつも頷く。


 テラは001の膝の蓋をナイフでこじ開けた。

「にしても……テラちゃんだっけ、肉体年齢と精神年齢に差がありすぎて不自然」

 蓋の中の非常用電源ボタンを押すと、001の声は急激に人間の女性らしい声になった。001は黒メイド服のスカートのほこりを払い、立ち上がる。

「……実はご主人様の奥さんと同じで、アンデットなんじゃ」

「ちっ、違います! 私生きてます!」

「今のは冗談機能だよ。高性能でしょ」

 腕を人間の形に戻す。冗談を言った割には無表情の001。

「けど、テラちゃんからそう思えるくらいの強い魔力反応がある」

 片腕の壊れた腕を組み半目でテラを観察する。えっと声を上げ、テラは自分の手の平を見た。

「で、でも私、魔法は……」

「お二人ともそろそろ行くっすよ! 早くしないと移動されるかもっす!」

 上げた手を振りプルが声を張った。テラは頷き、こっちっす、と走り出したプルの後を追う。その後を更に001が追っていく。

 民家の屋根に積もった雪が昇った朝日の光に一層白く輝いた。







 椅子に座り、セルは目の前の壁の天井付近にある小さな窓を見つめていた。

 僅かに差し込んだ朝日が掃除した後の濡れた床を光らせる。

 薄い切り傷の入った手の平に視線を移し、その手で血の垂れる頬を触った。もう血は乾いていたらしくセルの手には何もつかない。


 再び窓を見たセルは、ふと視線を下げて声を漏らた。

 窓の下の扉が静かに小さく開いていく。

「…………せ、セルさん……?」

 テラが開いた隙間から顔を覗かせた。椅子に座るセルと目が合うと、後ろを向いてテラは頷いた。扉が開き、テラとプル、そして成人姿の001が部屋の中に入る。

 何も言わずに椅子に座り続けているセルの手をテラが引っ張った。

「え、テラ……その手」

 セルが口を開いた。切り傷だらけのテラの手を見る。

「……この程度平気です。後で一緒に回復してもらいましょう、さ」

 テラは強く手を引くも、セルは椅子に座ったまま動かない。

 不思議そうにセルを眺めてプルはああ、と軽く手を叩いた。

「もしかして腰抜けたんすか? それなら俺が背負うっすよ」

「そ、そうじゃなくて…………ごめん」

 セルは俯き、首を横に振った。

「僕はここに残る。……だから、二人だけで、001を連れて帰って」

 細く差し込んだ朝日に照らされる中、電球が付いたままの薄暗い部屋の中はその瞬間静寂に包まれた。

 茫然と動きを止め、二人は俯くセルを見た。


「……え、せ、セルさん何言ってるんですか、帰りましょう」

 テラは思い切り強くセルの手を引っ張った。だが膝の上に置かれたセルの手は微塵も動かない。

「あ、兄貴……まさか誰かに洗脳されたとか」

 プルは手をセルの額にかざしてみる。セルから魔力は感じられなかった。

「二人とも……ごめんなさい」

「謝らなくていいです、だから行きましょう……っ」

 そこで一度力を抜き、テラは息をついて再びセルの手を引いた。

「ぜ、001も手伝うっす!」

 プルは反対の手を引いた。

 無表情で立っていた001は片手を両刃の剣に変形させて、瞬く間に木の椅子を真っ二つに割ってセルを床に落とした。驚いてセルは001を見上げる。

「あれ? 椅子に仕掛けがあるのかと思ったんだけど……まあいいや」

 そのまま腕を戻して肩にセルをホールドして担ぎ上げる。

「拒むなら強制的に連れて……あれれ」

 固く閉じていた001の腕を安々と外し、セルは飛びのいて床に立った。

 001は腕を空中で振ってその無事を確認する。

「僕はもう帰らない、だからケシィにもそう伝えておいて」

 強く手を握り俯いたままでセルは言った。

「何でそんなこと言うんですか。セルさん」

 歩み寄りテラは手を伸ばすも、セルは掴まれそうになった腕を後ろに引っ込めた。

「あ、兄貴が帰らなかったら、ケシィ姉さん凄く悲しむっすよ……?」

 プルに言われてセルは顔を上げた。


 が、手を強く握りしめ地面を向く。

「助けに来てくれてありがとう。でも、僕は平気だから」

 声が震える。

 テラは引っ込められたセルの手を握って強く引いた。

「どこが平気ですかっ、セルさん明らかにおかしいです」

「心配しないで。帰って!」

 荒んだセルの声が薄暗い部屋の中に響く。

 少しの間手を止める。


「……ぜ、絶対一緒に帰りますっ」

 テラは更に強くセルの手を引いた。

「早く帰ってっ!」

 声を張り上げセルはテラの手を振り払った。その反動でテラは壁目掛けて砲弾の如く飛ばされる。だが001が瞬時に回り込みテラを受け止めた。

 踏ん張った001の足元から煙が上がる。


「……え」

 テラは001に抱えられ、放心したままセルを見た。

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