11

 支柱は半分以上溶けた。残りの部分もかなり歪んでいる。

 溶けた木材は少女に当たらないよう水魔法を変形させて避けている。

 あとちょっとだ。支柱が燃えきったらすぐに少女の足に刺さっている木を抜いて回復魔法、それからすぐに病院まで運んで……


『姉さん、早く火を消して……っ! い、息ができ』

「えっ……?」

 突然聞き覚えのある声がしたような気がした。

 ……って、今の幻聴でつい魔法を止めて


「支柱が、溶け切った……」

 目の前の支柱はもう溶けていた。耳のとがったエルフの少女の背中は酷い火傷のが出来て、足には木が刺さって血が流れている。

「よ、良かった。すぐに木を抜いて」

木を手に掴んだとき違和感に気が付いた。少女のもう片方の足が

「っ……、回復魔法!」

 まだ魔力は残っていた。木を引き抜いてから彼女の全身に回復魔法をかけると、火傷も足の穴もふさがって、流れていた血は止まった。

 けれど、切断された少女の片足は無いままだった。回復魔法は足りないものを補えるほど万能じゃない。この様子だと片足は瓦礫の下に埋もれている。もう回収できる状態ではないはず。

 ど、動揺している場合じゃない。とにかく早くこの人を病院へ連れて行かないと。


 あれ、手が震えて、こんなに小さな体なのに抱き上げられない。

「怖い」

 急に何言ってるんだ私。一体何が怖いと言うのか。

 そんな臆病なことを言っている場合じゃない、今は彼女を助けることに専念して

「誰か助けて」

 無意識に言葉が口から出る。

 あ……足が動かない。体に力が入らない。魔力欠乏だ、このままだとここで倒れる。

 ゾンビもどきのような敵が傍でうめき声をあげている。死霊騎士は今二人と猫が相手取っているから……じゃあここには誰もいないんだ。私一人だ。


 平衡感覚が消えてきた。

 助けて、怖い。

 きっとあの人を見て思い出してしまったんだ。死ぬことが急に怖くなったんだ。

 魔王討伐メンバーに選ばれるなんて死刑宣告みたいなものなのに、何をいまさらとずっと思っていたから分からなかった。怖かったんだ。私は想像をはるかに凌駕する臆病者だったんだ。いや、誰だってそうだ。普通の心を持っていれば誰だって怖いよ。


「や、やだ……ここではまだ、倒れたくな」

 靴の裏が地面についている感覚が急に無くなった。


 私死ぬんだ。ここで倒れて、何もできないまま魔物に殺されるんだ。

 結局あのエルフの人も助けられずに、魔王も倒せずに、野垂れ死ぬんだ。

 そういえば野垂れ死ぬってどういう意味なんだろう。野垂れって何? あれ何で私は今まさに死ぬぞ、という時にまたこんな変なことを考え出したんだ。

「野に垂れ、つまり倒れて誰にも介抱されず死ぬという意味ですよ」

 あ、なるほど。何だそんなことだったのか。これで安心して死ね……って何言っちゃってんの。そんな簡単に死ねるか。…………て、あれ? 

「その声……」

「魔女さんかなり混乱してますね。魔力回復薬貰ってきたので飲んでください」

 いや、混乱してたのは賢者の方だって。

「魔女ちゃん大丈夫かい!? さっき救助隊の人から女性が倒れてるって聞いてね」

 美女もいる。二人がここにいるって、死霊騎士は……

「死霊騎士は今、猫が相手しています。猫は案外戦闘力あるみたいです」

 ね、猫が……。確かに猫は仮にもボス級だしそこそこ強そうだけど何と言うか、あの見た目のせいでどうも任せるのが不安な気が……

「あ、あれ私の心の声さっきから洩れてない?」

「漏れてるねえ、ダダ漏れも良いとこだよ。とにかく早く飲んじゃって!」

「う……うん」

 もう今後は魔力欠乏の時に余計なこと考えるのやめよう。

 賢者から手渡された瓶には緑色の液体が入っていた。ラベルにちゃんと『魔力回復薬(仮)』と書かれていたから大丈夫だろう。仮ってネーミングの話だよね、まさか実は攻撃力上昇薬でしたとかそんな事じゃないよね。

「それ一気! 一気!」

「美女それお酒飲むときのやつ」

 美女って意外と大酒のみなのかもしれない。食費が不安だ。


 薬を飲み干したら急に視界が明瞭になった。体の感覚も戻ってきた。

「ありがとう……でもどうして二人ともここに?」

「倒れてたら助けに来るのは当然です。大抵の場合は」

「大抵の場合って賢者君さらっと怖いこと言うなあ。私は百二十パーセント来るよっ!」

 そっか、そうだ。怖いと思う必要なんてないんだ。

 二人はきっと倒れたって助けに来てくれる。私だって二人が倒れていたら駆けつけると思う。そんな状況全く想像は付かないけど。

 私が怖がるのなんて軍資金が底を尽きることくらいで十分なんだ。

「さっきのエルフの人は……」

「あの人なら救助隊が病院まで運んでいきました。あの薬もそこで貰ったんです」

 瓦礫の中に倒れていた少女はいつの間にかいなくなっていた。良かった、それならきっと助かるはず。

「魔女ちゃん戦える? そろそろ猫に加勢しに行くよ!」

「うん。二人ともありがとう」

「何回それを言うんですか」

 賢者……ブレないというかなんというか……。

「賢者君、お礼ってのは何度言われても良いものだと私思うよ? 我に感謝せよ!」

 そして美女も色々ストレートすぎるよ。


 あ、そうだ。終わったら猫にもお礼言わないと。

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