伝説の勇者じゃないのに王様に魔王倒せって言われた

伊藤 黒犬

第一部 選ばれし魔王討伐メンバー

01

 初めに言っておくと私は伝説の勇者様ではない。


 にもかかわらず

「魔王倒しに行けって……じょ、冗談ですよね王様?」

「ここにいる二人を連れて行くがよい」

「スルーですか王様」

 王様は無意味に長いひげを指でなぞっている。表情からして私の話を聞く気は微塵も無い。これはつまり永眠してこいということである。

 いやいや『である』じゃない。朝から新卒兵士に向かって何言ってるんだ王様。


 コウモリ駆除の初任務を終えた翌朝、まさかの王様から呼び出しを受けて何事かと思ったらこれだ。兵士の仕事がコウモリ駆除というのは確かに地味だと思ったよ。思ったけどそれを口外した覚えは無いしここまで派手な仕事がしたいわけじゃない。


「王様恐れながら私の実力ではその任務はあまりに」

「軍資金としてわずかだがこれを持っていくとよい」

 予想はしてたけどこの人私の意見なんぞ無視する気満々だ。ていうかその袋の中身、明らかに子供のお小遣いレベルの硬貨数枚しか入ってないよね。いやお小遣い以下だ。

 そんな傍若無人な、きっと連れて行くがよいと言われた二人も迷惑して……なさそう。玉座の横に並ぶ眼鏡の青年と金髪美女はむしろ楽しそうにしている。特に美女に至っては眠そうにあくびをしてる。なにこれ私が常識はずれなのか、二人が魔王も恐れぬ超人なのか……。

 横に立ってる総務さんも平静な顔して資料眺めてる場合じゃないってば、この暴君を止めるのが貴方の仕事だって兵隊長から聞いたんだけどあれはデマだったのかな。どうしよう、この国の幹部たちが揃いも揃って私を殺しにかかっているようにしか思えなくなってきた。


 こんなこと考えてる場合じゃない。逃げ出す方法を探さないと。

 私は勇者様でもなきゃ超人でもないんだから、魔王討伐になんて向かえば着く前に魔物もしくは野生動物の餌食だ。

「まずはこの近くの西の国の塔に……」

「王様! お……恐れ多いのですが急に眩暈が」

 仮病作戦。若干良心が痛むが命がかかってる時にそんなこと言ってられない。というより王様の方がよっぽど酷い。

「それはいかん。将来有望な兵士の体に何かあっては困るからの」

 お、何か急に王様が優しくなった。こうなるとどうも後ろめたいけど、これはいけるかもしれない。

「では私は一度引かせて頂きます」

「しかし残念だ、この二人を連れて魔王のもとまでたどり着けるのは主くらいだと踏んでおったのだがのう」

 もし本気でそう思ったのなら王様は大分疲れていると思う。

「弱ったぞ、代わりになるような兵はいないのか。おい総務」

 総務さんは資料を数枚めくると深刻な表情で顔を上げた。その資料って食堂の献立一覧表じゃなかったっけ。今ちらっとオムライスって書いてあるの見えたんだけど……。

「この城でそのような優れた者は、そこにいる魔女くらいしかおりません」

「やはりそうか。仕方がない、隣国まで人材を探しに誰か派遣してくれ」

「はい。ですが果たしてこのような類稀なる存在が二人といるかどうか」

「だがこの魔女に何かあっても困るからの、此度はそうするしか……」

 ふらふらと足元がおぼつかないふりをしながら玉座の間を出ようとしていた私は、ドアの前で立ち止まった。




 伝説の勇者じゃないのに王様に魔王倒せって言われた




 私の馬鹿。何であんなおだてに乗ってしまったんだ。


 頭を抱えて草原にうずくまるも今となっては後の祭り。どうにもできないことをクヨクヨなどしていられない。そう言って悔やまないからここまでの人生で幾度となくこの手に引っ掛かってきたわけだけど。

「逃げるか戦うかの二択……こんなもの逃げるしかないよね」

「無理だと思います。もう魔女さんが魔王討伐に行くことは各国に知れ渡ってるはず……」

 青年は手に持った魔導書をパラパラと眺めながら断言した。さっきは直感的に怖いと思ったけど、こうして話してみると案外普通の子かもしれない。ところで私は魔女さんなのか。

「まさか。そんなどうでもいいこと知れ渡らせる必要なんて無い無い」

「各国の家来に知らせることで逃がさないようにする。いかにも王様が考えそうなことです」

 あの人どこまでゲスい人間なんだ。絶望感の中受け取った袋を開くと予想通り数枚の貨幣が入っているだけだった。紙幣が一枚もない辺り王様のケチさがうかがえるけれどこれはその分税金が低いから仕方が無いのかもしれない。そう思いたいけどどこから集金したんだというようなあの豪勢な城内の装飾、そしてその想像以上の冷酷さとサディストな一面を見た後ではわざととしか思えない。


「じゃあつまり、魔王を倒すしかない……と」

「そうなりますね。まずは王の言っていた西の国の塔を目指しましょう」

「塔……いかにも強いのがうじゃうじゃいそうでヤダな…………」

「西の国ならまだそんなに強い魔物はいないはずです」

 何でこの子こんなに冷静でいられるんだろう。冷静というかやっぱり楽しそうに見える。もしや最強のパワーを持っている……とかそんな漫画みたいなことあるわけないか。今朝から続く意味が分からないの連続に私は大分混乱しているらしい。

 しかしこうなったのなら潔く諦めて、強くなるしかないかあ……。

 転移魔法使いを呼んで今すぐ魔王城に向かわされる、なんてことにならなかったのが不幸中の幸いというか……。


 一方金髪美女は道中にあるものを食べられるか食べられないかで分類している。よほど暇なのか空腹なのか。ぱっと見三人の中で唯一の武闘派に見えるからお腹壊されたら困るし面倒だし、ここは止めに入った方が

「あっそれ毒キノコ」

 青年が声を上げた。と同時に美女は手にしていたキノコを飲み込んだ。




【 第一部 選ばれし魔王討伐メンバー 】



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