【カクヨムコン9特別審査員賞受賞】鉄道英雄伝説 カクヨム版

葉山 宗次郎

第一部 ルテティア王国鉄道

第一章 召喚

第1話 召喚

「ここは何処だ?」


 平凡な高校生、玉川昭弥(たまがわてるや)はベッドの上で目が覚めると、自問した。

 自宅では布団では無くベッドで眠る派なのだが、いやだからこそ自分のベッドでは無い事に、すぐ気が付いた。

 寝心地が良すぎる。

 バネではなく綿のみで詰められたふかふかなベッドだ。

 それ以上に、覚めた瞬間に天蓋が目に入れば嫌でも気が付く。

 何故寝ているのかわからない。

 外出中、家への帰宅時に光に包まれたところまでは覚えているが、それ以降の記憶が無い。

 道ばたに倒れたため、通りすがりのお金持ちに助けられ、屋敷に入れられたのだろうか。


「気が付きましたか?」


 尋ねてきたのは亜麻色の髪のメイドだった。

 動きやすいように後ろで三つ編みにしているが、顔の整った綺麗な女性だった。


「どうして?」


 アキバにメイドホテルなんて出来たか? そもそも高校生が泊まれるのだろうか?


「姫様。お目覚めになりました」


 呼ばれてやってきたのは、白を基調にしたドレスを身に纏った金髪のお嬢様だった。

 身長は昭弥より少し小さい程度。

 白磁のような白い肌に晴れ渡った空のような碧眼。

 何よりふわふわの透き通るような輝く金髪が揺らめき幻想的な雰囲気を作り出している。

 まさしく姫様と呼ぶに相応しい少女だった。


「良かったわ」


 姫様と呼ばれた少女は昭弥を見て安堵の溜息を付いた。


「起き上がれますか?」


「え、ええ」


 反射的に昭弥は答えて起き上がってしまった。

 昭弥の通う高校でも、これほどの美人はいない。

 そんな絶世の美人に声を掛けられると思わず従ってしまうのは、男子の性と言うものか。


「あの、あなたは」


「ああ、自己紹介がまだでしたね」


 躊躇いがちに昭弥は尋ねると少女は礼儀正しく答えた。


「私はリグニア帝国内にあるルテティア王国女王ユリア・ルテティウスと言います。お見知りおきを。後ろに控えているのは私付のメイド、エリザベス・ラザフォード」


「エリザベスです。お見知りおきを」


「玉川昭弥です。どうぞ宜しく」


 美人二人に自己紹介されて昭弥は答えた。

 壁の近くにもう一人銀髪の女性がいるが無口で何も言わなかった。


「あの、ところでここは何処なんでしょうか? リグニア帝国もルテティア王国も聞いたことが無いのですが」


「そうでしょう。ここはあなたにとって異世界なのですから」


「え?」


 思わぬ女王の言葉に昭弥は絶句した。


「……あの……何かの冗談でしょうか?」


「大変申し訳なく思いますが、事実です」


「な……なんでそんな事に」


 顔を引きつらせながら昭弥が尋ねると、女王は顔を伏せがちに答えた。


「話は首席王国宮廷魔術師のジャネットの実験から始まります」


「はあ」


「このルテティア王国を発展させるため、長距離移動魔術の研究を行っていました。遠くとゲートを繋ぎ一瞬で移動出来るようにするのが目的です。ですが、その実験の途中に魔方陣が暴走を起こしてしまいました。そのため、座標はズレて異世界と接続されてしまい。その先にいたあなたを……召喚してしまったのです」


「はあ」


 魔術とか魔方陣とか呼ばれて戸惑った。昭弥は、特殊な趣味以外はノーマルな普通の高校生であり、魔術とかファンタジーとか中二病と呼ばれる連中の話にはついて行けない。クラスメイトから同類と思われていることを甚だ遺憾に思っているのだが。

 だが、いつまでも聞いているわけにはいかない。


「それで戻れるのでしょうか?」


 昭弥にとって重要なのはそこだ。


「来たのですから戻せるはず、と言うのがジャネット様の弟子ジェイナスの言葉です」


 エリザベスが女王に代わって答えた。


「はず?」


「ええ、それには研究が必要です」


「え? どういうことですか?」


「はい、責任者であるジャネットは現在、今回の事故の責任をとって魔術学院の塔に幽閉しております」


「出して貰うわけにはいかないのでしょうか?」


 もちろん昭弥は人道目的で尋ねたのでは無い。

 自分をこんな目に遭わせたのなら、それ相応の罰を受けるべきだと思っている。

 だが、自分を元の世界に戻してくれる可能性が有るのなら、解放して欲しい。


「無理です」


「そこを何とか」


「動ける状態ではありませんから」


「え?」


「ジャネット様は実験の暴走に巻き込まれ大けがしています。三ヶ月は絶対安静が必要です」


「そんな」


 一瞬、顔が暗くなったが明るく考えることにした。

 三月もすれば戻れる可能性が出てくるのだと。


「それに回復したとしても魔方陣を再発動させるのは難しいでしょう」


「何でです」


 だが昭弥の希望を打ち破るような事実をエリザベスは伝えた。


「ジャネット様は、今回の魔方陣に膨大な魔力を使用されたので回復するまでに更に半年くらい掛かるでしょう。また、魔方陣は半年以上かけて作成された物でしたが、今回の事故で大崩壊し、整地自体からやり直す必要があります。さらに魔方陣の組み替えも必要とのことですから、再設計に一年ほどかかるとか。よって帰還するには最低でも三年以上かかるということです」


 エリザベスの言葉に昭弥は今度こそ絶句した。




「こうなったのは王国の責任。私の名において昭弥様をできる限り誠心誠意、帰る日までお世話させていただきます」


 とユリアは言ってくれたが、昭弥には何の慰めにもなら無かった。

 知っている人間も無く、見ず知らずの場所、いや異世界で暮らさなくてはならないのか。

 これは悪い夢だ、と思って再びベッドで一晩眠り、起き上がってもそこは見知った自分の部屋では無く、相変わらずファンタジーな部屋だった。

 昭弥は、ベットの横に置いてあった靴を履いて、ベランダに出るガラス戸を開いた。

 外には白い尖塔が立ち並んでいる。

 今昭弥が居るのは白い尖塔が建ち並ぶ、高い城壁に囲まれた城だった。更に外側には、中世のヨーロッパのような町並みが広がる。

 町並みは城壁で再び途切れており、その外は田園地帯と海と見間違う程の大河だった。

 じっくり見ると対岸が見えるし、少し流れがある。

 女王と名乗っていたが、まさしく女王に相応しい城だ。


「これだけ見ると何処かヨーロッパの知らない国にいるみたいだ」


 異世界という現実離れした話などまだ信じられなかった。


 キシャアアアアアッ


 その時、一頭の龍が目の前を通り過ぎた。映画に出てくるような緑の鱗にコウモリの羽を付けた龍だ。

 この世界の移動手段なのだろうか、背中に人間が乗っていた。


「うん、ここは異世界だ」


 自分が異世界にいることを確認して昭弥は更に絶望した。


「失礼します」


 ハスキーな声が昭弥の後ろから響いた。


「昭弥様付の執事を命じられましたセバスチャン・ベルティエです。宜しくお願いいたします。あのどうか為されましたか?」


「いや、異世界にいるんだなと再認識したんだ」


「ご不安なことでしょうが、誠心誠意、安心出来るようお仕えさせて貰います」


 けなげに黒髪の少年は頭を下げた。

 年は昭弥より少し下といったところか。


「どうしました?」


「いや、メイドじゃなくて執事かと思って」


 中二病では無いが、やはり男子の性か、女の子とお近づきになりたいと思ってしまう。

 こういう場面では同い年のメイドさんにお世話して貰うというのがライトノベルなどではお約束なのだそうだが。


「あのー、身の回りの世話をするの女の子の方が良いんですか。その、着替えや洗濯とか」


「やっぱ恥ずかしいな。執事の方が良い」


 だが、同い年の女の子に自分の下着や着替えを見られるのは凄く恥ずかしい。

 同性愛の気は無いが、男子同士の方が良い。


「エリザベス様に手を出さないでくださいね。私が領主様に殺されてしまいます」


「領主様ってユリア女王の事?」


「違います。ラザフォード伯爵領領主ジャック・ラザフォード様です」


「エリザベスさんって貴族なの?」


「はい、貴族では成人前に修行として高位の貴族の家で執事やメイドとして仕えるのが習わしです」


「貴族って使用人を使う側だと思っていた」


「そういう人が多いですね。古い考えだと考える方もいます。ですが高位の貴族との接点が出来ますし人脈が広がります。そのため苦労以上に有益と領主様は考えています」


「じゃあ、セバスチャンも貴族なのかい?」


「まさか。私はラザフォード領の地主出身です。家が領主様とご縁があってそこに使用人として入れていただいたのですが、エリザベス様が王家に仕えることになったので一緒に王城に」


「エリザベスさんに仕えなくて良いの?」


「エリザベス様の命令ですから問題ありません。それに他にも使用人はいますし」


「ほーっ」


 異世界なのだから違うのは当たり前なのだろうが、こうも違うと戸惑う。


「あ、セバスチャンさん。一寸良いかな」


「呼び捨てで構いませんよ。何でしょう?」


「君とエリザベスさんと女王様は、同じ民族? 氏族なの?」


「? 何故そのような事を?」


「いや、思い違いかもしれないけど、名前の付けた方、呼び方がバラバラだったから。僕の世界だと、どれも違う国の名前だから。違うんじゃ無いのかな、と思ったんだ」


 ユリアというのは、現実世界、昭弥のいた世界ではイタリアかギリシャあたりの名前であり、エリザベスはイギリス、セバスチャンはフランスだ。


「いいえ、間違ってはいません。私もエリザベス様も女王様も先祖の地は違いますから」


「どういうこと?」


「この国のことについてはご存じでしょうか?」


「いいや」


 突然連れてこられたので、全く解らない。


「こちらにどうぞ」


 セバスチャンは部屋に飾られていた地図の前に立った。

 地図の中央に三つの陸地が繋がった大陸が描かれており、上の大きな半島の中間部分に中心線が引かれていて南岸に都市の絵が描かれていた。


「これがこの世界の地図です」


「じゃあ、この真ん中にある都市がこの城のある町?」


「違います。リグニア帝国帝都リグニアです」


「? どういうことだい?」


 普通、世界地図を描くときは自分の国を中心に、その首都を中心にして描く。

 だが、この地図は他国の首都を中心にしていた。


「この国はリグニアの中にある王国なんです」


「帝国と王国は同格じゃ無いのかい?」


「歴史の話からよろしいでしょうか?」


「いいよ」


「まず、リグニアは元はこのレパント海、大リグニア半島と大陸に囲まれた海の一都市国家として繁栄しました。海上の覇権を確立し、レパント海周辺を統一すると、帝政へ移行。大リグニア半島の征服を開始し成功しました。その過程で私の祖先の地ガリアとエリザベス様の祖先の地ブリタニアも征服されました」


「なるほど」


 昭弥は頷いた。

 リグニアは歴史で習った古代ローマ帝国のような国だな、と昭弥は思った。


「ガリアとか、ブリタニアはリグニアに支配されているの?」


「ある意味では。ですが同化政策が行われ文明、文化が伝わり数百年掛けて一体化しました。階級はありますが、登用は公平で支配された都市からも貴族が出ています。エリザベス様のラザフォード家もその一つです」


「ルテティアは?」


「ルテティアはこちらになります」


 セバスチャンは、リグニア帝国の右端、山脈らしき模様の先にある川に囲まれた部分を差した。


「四百年ほど前です。大リグニア半島を征服した帝国は、このアルプス山脈を越えて征服する事を決定し、時の皇族ユリウス・ルテティウス様を司令官とする軍勢は山脈を越えてこの土地を征服しました。ユリウス様は、その功績によりこの地に王国を築くことを許され、ルテティアと名付けました」


「そんな事が許されるの?」


「はい、帝国は広大なのでどうしても遠隔地は統治が難しくなります。そこで貴族や王族を辺境貴族として、その土地に封じ大きな裁量権を与えて統治しています」


「それだと反乱したり独立されるんじゃ」


「それを防ぐために、都市国家から続くリグニア貴族が選ばれます。特に王国は、皇族の中から初代国王が選ばれることになっています。また皇族との婚姻を繰り返しています。ユリア様の母君コルネリア様は先々代のリグニア帝国皇帝の娘です」


「なるほど。でもどうして、君たちは離れた土地から来たんだい? 従軍したの?」


「はい、ラザフォード家はユリウス陛下に従ってこの地に来て領地を賜ったと聞いています。しかし、軍勢だけではこの広大な土地を開拓出来ません」


「入植者を募ったのか?」


「はい、帝国は更に領土を拡大するためにもルテティア王国を橋頭堡にして周辺国への侵攻を行っていますから、根拠地となるルテティアの開発は急務でした」


 侵略、拡大という言葉に昭弥は少し抵抗を覚えたが、それが彼らの感覚、思考なのだと言い聞かせて話を聞いた。


「入植者は帝国全土から募集されました。そして応募した人々が次々に入って来ました」


「帝国各地の人間が入って来たため、名字が違う人が多いのか」


「はい、私の先祖も農民で先祖の地で暮らしにくくなり、移民したと聞いています」


 アメリカ合衆国みたいな物か。昭弥は一人納得した。

 初期のアメリカは、イギリスの植民地としてイギリス人が入植したり、奪ったりして拡大。建国後は主にヨーロッパから移民を募り、西部に拡大していった。


「元から住んでいる人たちはどうしたの?」


「抵抗した部族は攻め滅ぼし、帰順した部族は貴族に列しました。マイヤー隊長も列せられた貴族の家系です」


「マイヤー?」


「女王様の親衛隊長です。銀髪の綺麗な方です」


「ああ、後ろに控えていたな」


 無口だったので、一瞬解らなかった。


「じゃあ、ルテティアは敵国に囲まれているの?」


「はい、北にエフタル、東に周、南にマラーター、南西にアクスム。今のところ和平を結んで平穏ですが、度々戦争をしていたのでいつまた開戦してもおかしくはありません」


 こちらから仕掛ける可能性が高いんじゃないかな、と昭弥は思った。

 これまでの話からすると帝国は征服国家なのだ。

 新たな土地を得て拡大する。人々に得た土地を与えて帝国への忠誠を買う。人々は帝国から土地を賜るために帝国を支持し仕える。帝国はそれに応えるために更に征服する。

 拡大を前提に国が作られている。

 古代ローマやロシア帝国、大英帝国、ナチス帝国、日本も豊臣政権がそうだった。

 これらの国は、拡大が鈍化すると衰亡し滅んでいった。

 それを防ぐには拡大を鈍化させてはならない。こちらから攻めなくてはならず、いつ戦争になってもおかしくない。

 異世界への門を開くには大規模な魔術や施設が必要なようだ。恐らく膨大な予算と労力が必要になる。

 もし、戦争になればそれらは戦争に使われることになり、昭弥の帰還はさらに先になるだろう。


「大丈夫です。ルテティア王国の軍隊は精鋭揃いです。例え何処の国と戦争になっても必ず勝ちます。いざとなればリグニア帝国本国軍も後詰めとして参戦することになっています」


 不安そうに顔を曇らせる昭弥を見て、リグニアが滅ぼされると恐れていると早合点したセバスチャンが答える。


「そうか、どんな敵が来てもこの国は大丈夫なんだね」


「はい。外国が相手なら……」


「どうしたんだい?」


「いいえ、なんでも。あと、言い忘れていましたが召喚されたことは内密にお願いします」


「? どういうことだい?」


「他に知られると新たな魔術兵器を製造したのでは無いか、と疑われて王国が不利になるからです」


「僕は人間だよ……」


 と言ったところで気が付いた。

 この世界に召喚される際に何か変な能力が備わってしまったのでは無いか。あるいは自分の身体におかしな物が付いているのでは無いかと

 昭弥は自分の身体を見てみた。


「大丈夫です。検査の結果、昭弥様は私たちと同じ人間であると確認されています」


 昭弥の仕草を見たセバスチャンが言った。


「本当かい?」


「はい」


 昭弥は安心したが、一寸残念に思った。

 自分だけチートで大活躍というシチュエーションを少し期待していたのだ。


「どうかしましたか?」


「いや、何でも無い。そういえば言葉が理解出来るけど」


「次席宮廷魔術師のジェイナス様に翻訳魔法を掛けて貰っているので、通じるのです」


「そうなのか。で、召還されたことは内密なんだね。でも、どうやって隠す? もし知らない人に尋ねられたらどうすれば良い?」


「東の果てに扶桑という国があります。丁度、昭弥様のように黄色い肌に黒目黒髪の人たちだそうです。そこの出身で、女王様に気に入られ客人として滞在している、と言うことにして下さい」


「そんな異国人で大丈夫?」


「このルテティアは東方諸国との貿易拠点でもあるので他国の人がよく入ります。珍しくはありますが不思議ではありません」


「それは好都合だね」


「あと、本当の事を知っているのは、私の他、女王様、エリザベス様、次席宮廷魔術師のジェイナス様、親衛隊長のマイヤー様、宰相のアントニウス様だけです。ですが、当事者だけの時もなるべく話さないで下さい」


「わかった」


「それと朝食のご用意が出来ております。お召し上がりますか?」


「是非」


 昨日から何も食べていない昭弥は難民の如く、用意された食事に齧り付いた。


「美味しいですか?」


「うん」


 尋ねられるまでの十数分、昭弥は黙って食べまくった。


「ところでこの料理はなんて言うの?」


「はい、豚の腸詰めを焼いた物、牛のベーコンと卵焼き、キャベツの酢漬け、カボチャのパイ、シチューはタマネギ、人参、ジャガイモの入った物です。パンは小麦を使った白パンです。あと消化に良いようにトウモロコシの粥を。飲み物は白ワインの水割り。デザートはラムレーズンとドライフルーツのプディングです。お口に合うでしょうか」


「満足!」


 空腹と言うこともあったがそれを差し引いても非常に美味しかった。

 思わず大声で断言するほどだった。

 昭弥は更に食事を続け、出された料理を全て平らげ、動けなくなりベットの上に倒れた。


「ふうーっ」


 結構、油や塩、香辛料がたっぷりの料理が多く生野菜や新鮮な果物が欲しいところだが、贅沢は言えない。このままでも十分美味しいし。


「昭弥様」


 食事を片付けたセバスチャンが顔を引きつらせながら入って来た。食べ方があまりにもケモノじみていたためドン引きされたのか。


「女王ユリア様が午後のお茶の時間にお会いしたいそうです。よろしいでしょうか?」


 丁寧に尋ねてきたが、これは事実上の命令だろう。城の主の言葉をはね除けるなど無礼に当たるだろう。


「光栄だ。是非ともお会いしたい」


 昭弥が言うとセバスチャンはホッとした表情となった。昭弥の推測は間違っていなかったようで、断られたらどうしようかと悩んでいたようだ。


「では、午後にお迎えに上がります」


 その時昭弥は、ふと疑問に思ったことを尋ねた。


「ねえ、ユリア様はこの国の女王様だよね?」


「はい、そうですが」


「エリザベスさんは姫様と呼んでいたけど」


「二人は幼馴染みなんです。幼少の頃、即位前の王女殿下の頃から仕えているので、その時は姫様と呼んでいたので公式の場以外では、時折姫様と呼ぶんです。他の即位前からの方々も時折姫様と呼びます」


「ああ、なるほど」




 午前中は満腹のため動けず、ベットの上で書物を読んでいた。幸い、翻訳魔法のお陰でおおよその意味は読み取れるし、文字も英語のアルファベットと同じだった。

 本をあらかた読んで解ったのは、魔法や魔物などを除いて元の世界と同じ物理法則が働くこと、時間の長さなどがほぼ同じと言うことだ。

 大幅に違うと思っていたのだが、殆ど差異が無いのでこの世界でもやって行けそうだ。

 お昼になっても、朝食を食べ過ぎたためか腹は減らず結局抜いて、お茶の時間を迎えた。


「私の我が儘を聞いていただきありがとうございます昭弥様」


「女王様のお招きを断るわけにはまいりません」


 昭弥が午後のお茶に招待された場所は、城の庭にある東屋だった。

 四方に柱があり、それで屋根を支えるだけの簡単な建物だ。

 既に準備が整えてあり、スコーンやポットが置かれていた。


「どうぞ」


 そう言ってユリアは自らポットに手を取ってお茶を入れた。


「女王がやるんですか?」


「ええ、私のお茶会では私がお茶を入れます。これは誰にも邪魔はさせません。エリザベスにもさせません」


 隣にいたエリザベスが、少し不満そうに聞いていた。

 なるほど、ユリアの拘りというわけだ。

 昭弥は出されたお茶を受け取り、一口飲んだ。


「美味しい」


 あまり紅茶を飲んだことが無く、どういうお茶か解らないが、苦くも無く、甘くも無く香りが口の中全体に広がり、心を落ち着かせる。


「良かった」


 自分のお茶を褒められてユリアは笑った。


「失礼いたします」


 そこへ初老の男性が入って来た。いかにも貴族と言った、仕立ての良い上着に襟巻きを付けている。


「どうしましたアントニウス」


 少し不機嫌そうにユリアが尋ねた。だが、男性は落ち着いた態度で用件を話した。


「はい、各組合から嘆願状が届いております」


「またですか」


 ウンザリしたようにユリアが言う。


「あの件は出来ないと伝えたはずよ」


「ですが、状況は切迫しております。農民達も困窮しておりこのままでは、内乱の可能性も」


「ああああっ」


 女性らしからぬ溜息を吐いたので昭弥は驚いた。

 これまでずっと理想の女王様のように神々しかったユリアが、年頃の女子と同じような仕草を見せたからだ。

 一方のユリアは昭弥が見ていることに気が付き、慌てて姿勢を正した。


「済みません。昭弥様、みっともないところを見せてしまって」


「い、いいえ。お気になさらずに」


 と言ったが何処まで誤魔化せたか昭弥には解らなかった。


「あの忙しいようなら私は席を外しますが」


「いいえ、構いません。お茶の時間は誰にも邪魔させたくありませんし」


「はあ」


 不機嫌そうにユリアは話した。


「あの、よろしければ話して貰えませんか? 何の力にもなれないかもしれませんが、話すだけでも気が晴れるのでは」


「ありがとうございます昭弥様。ではお言葉に甘えて話させて貰います」


 先ほどの不作法を取り繕うようにユリアは話し始めた。


「実は、お恥ずかしいことにルテティア王国は危機に瀕しておりまして」


「危機って……」


 ファンタジーのお約束みたいな話だ。


「……まさか人を喰らう巨人が出ているのですか?」


「いえ、確かに居ましたけど、開拓が進むにつれて駆除が進み、生き残りは奴隷として労働力の一つとして使っています」


 人気漫画みたいな展開はなしか。


「はあ……では? ドラゴンが現れたんですか」


「確かに魔法を使われると厄介ですが、魔法使いが居れば何とかなりますし、今は銃による一斉射撃で、撃墜することも出来ます」


 銃が使えるのか。まあまあ技術の進んだ世界なのか。ドラゴンも銃には敵わないようだ。


「では、異世界から魔王が出てきたんですか?」


「戯言ほざいたので潰しました」


 姫というより、上流階級のお嬢様が言いそうに無い言葉が出てきたような気がしたんだが、身の危険を感じて黙ることにした。

 いくらお淑やかそうに見えてもユリアは征服国家ルテティアの女王。言葉の端々が好戦的だ。

 では、どうして危機なのだろうか。


「じゃあ別の脅威か魔物ですか」


「まあ、魔物と言えば魔物と言えます」


「それは何ですか?」


「帝国から伸びてくる鉄の道を走る鉄の馬、鉄道です」




「鉄道だって!」




 鉄道という言葉を聞いた瞬間昭弥は、目を大きく見開き身を乗り出して大きな声で叫んだ。


「へ?」


 それまで大人しかった昭弥が叫ぶのを見てユリアは目を丸くした。

 だが、昭弥はそんなユリアを気にせず身を乗り出して、彼女の両手を握りしめ機関銃のように言葉を浴びせる。


「鉄道があるんですか! 何処にあるんです! 一時間に何本! 電車ですか汽車ですか! 何両編成! 旅客ですか貨物ですか! 運営は王国それとも民間が」


 そこで昭弥の言葉と意識が途切れた。

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