君と僕の最後の手紙

あとのせ

第1話:彼女と僕の秘密のやりとり

外は晴れ渡り、天気は快晴だ。


窓を開き、張り積めた様な空気を思いっきり吸い込んだ。


年をとると寒さが身体に堪えてくる。


開けた窓をゆっくりと閉めて机にに向かった。


今日は何をして過ごそうかと物思いにふける。


定年退職してから10年以上たった。以前のように忙しく動き回ることなくなったため、ぽっかりと穴が空いたようにすることがなくなった。


若いうちに趣味を持っておいた方が良いなんてよく聞くがまさしく正論である。


私は特段と何かに没頭することはなかった。しかし、日課とまでは行かないが毎日手紙を書いている。きっと届くことはないと分かっているがどうしても書かずにいることは出来なかった。


右から二段目の引き出しの中から便箋を1枚とってゆっくりと今日の出来事を書いた。ホントにささいな事を書いていく。


とんとんとんとゆっくりとドアが開く音がした。


「おじいちゃん。もうすぐ夕御飯だよー」


「あれー、また、書いてるの?」


私の孫だ。今年で10歳になる。まだ幼さが残る顔立ちで、何事にも興味をもつ年頃だ。


「ああそうだよ。どうしても癖でね。」一度孫の顔を見てまた鉛筆を持ち、書き始める。


「おじいちゃん毎日お手紙を書いてるのに出したとこ見たこと一回も見たことないね。」


「確かに優花ちゃんの言う通りだね。実はまだ一度もお手紙を出したことはないね。」


 引き出しの奥にたくさん書き綴られた手紙が眠っている。届くことのない相手への手紙だ。だからずっと引き出しの奥にしまいっぱなしでいる。


「おじいちゃんもお手紙書いたなら出したらいいじゃん。たくさん引き出しに入っているの私知ってるの。」


 最近おしゃまになってきた女の子は私の机の引き出しをこっそり覗いたらしい。鍵をかけてあったのに鍵の場所がばれていたのか。別に怒るつもりもないが、少しお返しにいたずらしてみよう。


「おじいちゃんの机は触らないようにって言ってあったけど、引き出しを開けた女の子は誰かな。」


 言いつけを守らないと叱られるとでも思っているのか口をつ噤んで困った顔をした。しかし、すぐに反論をしてきた。


「引き出しを開けて見ただけでお手紙の中身は見てないもん。」


 中身を見ていないから大丈夫でしょと言いたげにこちらを見てくる。


「確かに。けど、優花ちゃんにもお母さんやお父さんに見られたくないものはあるだろう。」


「………あるけど。」


「じゃあ、おじいちゃんの秘密をみるのは悪いことじゃないのかい。」


 口を貝のように閉じて話を聞いていた優花はゆっくりと口を開いた。


「ごめんなさい。けど、毎日机で書いているから気になったの。おじいちゃんが誰に書いているのか知りたくて。こっそりおじいちゃんの事をみて鍵の場所を見つけたの。この前机の引き出しを開けてみて手紙をみたら宛名が全部に書いてないから。誰なんだろうなって気になって。」


 自分が悪いことを自覚しているからばつ悪そうにしている。いじめるのはもうもうやめてあげようと優しく話かけた。


「そうだね。別にみられても困るものではないからいいんだよ。ただ、おじいちゃんの若いころの物を入っているから少し恥ずかしくてね。」


「分かった!!女の人の写真でしょ!!お手紙と一緒に入ってるの見たの。」間髪入れずに食いついてくる。


目をキラキラさせて楽しそうにこちらを見てくる。さあさあ教えて下さいと言わんばかりだ。


「あと、古いお手紙も入ってたね。お手紙を開いてないのもあったよね!」


「ああ若い頃にもらった大切な物でね。どうしても開けてみることができないんだ。」


「どうして?」


「そうだね。何が書いてあるのか知りたくなくてね。おじいちゃんは弱虫なんだよ。」


「大切な人ってあの写真の人?」


 そうだ。昔に君からもらった最後の手紙だ。どうしても開けてみることは出来なかった。結局手紙の封を切らずにこの年になってしまった。ありきたりな事が書いてだけかも知れないと思えば。いいのに今まで自身に言い訳をし続けてしまった。


「写真に写っている人から貰った手紙なんだ。その人はは若い時に亡くなっていてね。」


「もしかしておじいちゃんの好きな人!!。おばあちゃんがいるのに。いけないんだ~。」


 私を咎めるように話しかけてくる。けど、さしてこれは問題のないことだ。


「この人はね。おばあちゃんに逢う前に出会った人なんだよ。昔によく手紙のやり取りをしていたんだよ。」


「ふーん。じゃあおじいちゃんの初恋の人?。」


「初恋か。そうだね。そうかも知れないね。初恋の人だ。」


「おばあちゃんよりも大切な人なの?もしそうだったらおばあちゃんに言っちゃおうかなー」


 この小さい女の子は恋にも興味深々年頃なのか。内心困ってしまうが、もう時効であろう。自分の昔の話に興味を持ってくれている少女に昔の話をしたくなった。


「じゃあおじいちゃんがこれから話すことは優花ちゃんとおじいちゃんの秘密にしてくれるかい。」


「うん!!絶対に皆に言わないよ!!」


「じゃあご飯まで少しお話しようか。」


 優花と近くのソファまで行き、並んで座った。


 わくわくしていこの子が満足するかは知らないが、これから話す事は今から50年ほど前のことだ。


私はゆっくりと自分自身の引き出しをゆっくりと引き出す。


これは君と僕のお話だ。


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