第6話 冷めない熱


 いつもより早い時間に起きた私は梅雨の晴れ間の空を見ながら学校とは別の場所に走っている。


「ほっほっ……よっと!」


 ホップステップジャンプを決めてしまうほど私のテンションは高い。今ならあの雲に届きそうだと手を伸ばしながら、通い慣れた参道を駆け上がる。


「お猫様〜いる〜?」


 いつもなら階段を登った先にいるのだけど生憎今日はいないみたい。


「そりゃそうだよね。いつもは放課後に来るし」


 昨日の出来事をいち早く知らせたくて早朝を選んだのは間違いだったかな?


「う〜ん。どうしよっかな……」


 手持ち無沙汰な私は境内けいだいをぐるりと散策する事に。


「あっ、神主さんおはようございます」


「おや、これはこれは水玉みずたまさん。おはようございます」


 この神社の神主さんが掃除をしていた。ここの神社に来るようになって私も長いけれど朝に会うのは初めてかもしれない。


「この時間ってお猫様いないですよね?」

「お猫様……みーちゃんの事ですね。そうですねぇ、あの子はいつも夕方頃にふらっと現れますから。朝は見た事がないですねぇ」


 以前、神主さんにもお猫様が喋る事を話した。神職の方はおおらかな性格の人が多いらしく「それはそれは、良き話相手に巡り会いましたね」と言ってくれた。


「夕方頃にまた来ますね!」

「はい、いってらっしゃい」

「いってきます!」


 神社を後にすると私はまたしてもホップステップジャンプで学校へと走り出す。


「まぁ……昨日のアレからをあんまり覚えてないけどね」


 れいくんが私の頬へラブアタックしてくれたお陰で昨日は眠れなかった。私のファーストなんちゃらは頬だったけど、いつか、まうすとぅまうすでやってみたいな。



 なんなら今するか?

 えっ? ここって教室じゃ。

 見せつけてやろーぜ?

 待って、私は海の見える公園が……



「ぐふふふっ……ぬふっ……夕焼けが綺麗だね鴒くん」


「ゴホンッエホンッ……あ〜。水玉さん」


「はえっ?」


 我に返る私。


「はて、夕焼けが綺麗なのかね? まだ1時間目が始まったばかりだが? それに今の時間は数学なのだがねぇ?」


「…………ごめんなさい」


「素直な事はよろしい。だがもうすぐ中間試験もあります。気を抜かないように」


「はい」


 またしてもクラスの視線を集めてしまった。私は羞恥心を隠すように教科書で顔を覆う。その時チラリと目を走らせると1番前の席の鴒くんと目が合った。


 ――ボッ


 顔に灯った炎が更に熱を持つ。

 心なしか彼の顔も赤いような気がした。


 ――――――


「……私には聞こえてたけどさぁ……”あんっやめて鴒くん”って……あははははっ」

「もうっ! そこまで言ってないしそんな声出してないってば!」


 昼食の時間はハナちゃんから盛大にからかわれてしまう。


「んで、愛しの彼が妄想に出てくるって事は昨日何かあったんでしょ?」

「…………なにも」


 外を眺めて素っ気なく返す。


「はいウソ! 嘘嘘うそー! そんな分かりやすい顔で言われてもねぇ」

「べ、別になんもないもんっ」

「何があったか、このハナ様に言いたまえ〜。このこの〜」

「や、やめれ〜。ハナちゃんママ〜」


 うりうりとスキンシップ多めで攻められながらなんとか昨日の秘密は死守した。

 また顔が熱くなる。



 キーンコーンカーンコーンッ



 放課後になるまでの間、私は授業に集中する事ができずずっと鴒くんの事を見ていた。真剣にノートを取る姿、体育で走っている姿、昼食時は男子達と楽しそうな姿。


 ダメだ、考えれば考えるほど頬が熱い。


「はぁ……飲み物買って帰え……ろ……あれっ?」


 校舎内にある自動販売機でジュースを買おうとした時……私の視界が歪んだ。


 あっ、これはまずいヤツだ。


 咄嗟に手をつこうとするけど体が言う事を効かない。このままじゃ……


 重力に従い目が天井を向いて膝がガクッと折れてしまう。


「あっ……」


 刹那の中に彼の顔がぎってしまう。


 ――鴒くん


 私は瞳を閉じて来たるべき衝撃に備えて体をギュッと構える。


 ギュッ


 あれ? 痛くない……なんで?


 その答えは目を開けた先に広がっていた。


「……水玉さん。大丈夫?」


 え? なんで彼がここに?


「……鴒……くん?」


 昨日から続く熱はまだ冷めることを知らない。



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