第4話 驚きの波紋


 みんなからのありがたい後押しのお陰でれいくんの家に突撃しようと思ったのだけど……


 ビュォォォォォォッ

 ピカッ……バリバリッ

 バシャバシャバシャバシャ


「……こんなの聞いてない」


 学校を出る時はまだマシだった。

 それからだんだん雲行きが怪しくなったかと思うとあっという間にこんな天候になってしまった。


「……うぅっ寒い……けどあと少しなんだよね」


 こんな台風並みの風では私の愛用の傘も役にたたない。そして横殴りの雨なので私はびしょびしょになっていた。


「ふぇっくちっ……で、でもこれを届けなくちゃ」


 頼まれた事は極力断らないようにしている。ハナちゃんから言わせれば都合のいい女扱いされるよ? と言われたけど、角が立たないようにするのが大人の女性なのだ……と言い聞かせる。


「えっと……ここのコンビニから入った所にあるお家っと」


 もらったメモをスマホで写真を撮り眺めている。幸い私のスマホはお風呂でも使えるように防水仕様にしてるので問題無い。


「あっ……ここかも」


 大通りに面したコンビニからおよそ100m程の所に何軒か一軒家が建っていた。その内の1つひ想良羽そらばねの表札。


「いきなりお父さんが出てきたらどうしよう」


 そんな時はアレだね!

 れ、鴒くんとお付き合いしている水玉みずたまひなです! 今日は学校を休んでるって聞いたので心配になってお見舞いに来ました。


「……なんちゃって」


 いつもの1人劇場を繰り広げているとなんだか視線を感じて前を見る。


「あらあらまぁまぁ! 鴒ちゃんの彼女さんなの? あら〜。そうなの! あの子ったらそういう浮ついた話全く無かったから心配してたのよ」

「…………」


 アレ? これはもしかして。


「わざわざ来てくれたのね。それよりびしょ濡れじゃない。早くうちに入りなさいな……さぁさぁ」


 言うが早いか想良羽家の玄関から出てきたお母様らしき人は私を強引に家の中に引っばり込む。


「あ、あの……えっと……」

「ん? あぁ、ごめんなさいね。私は鴒の母のこころって言うの。お嬢さんのお名前聞いていいかしら」

「わ、私はその……れ、鴒くんと同じクラスの水玉雛って言います……でもっ」


 想像の中では”鴒くん”なんて言ってるけど、現実では”想良羽くん”としか言ってない。しかも初めて呼ぶ人がお母様だなんて。

 それより何より、私はさっきの1人妄想劇場を音声付でロードショーしてたの? そのタイミングでお母様が召喚されてショータイムしてたの?

 ……どうしまショー。


「あらあら雛ちゃんって言うのね〜。将来の私の娘かぁ〜。可愛いな〜」


 ひくっ。

 落ち着くのよ水玉雛。ピンチはチャンスって言うじゃない。これはアレよ。外堀から埋めていくスタイルよ。幸いクラスメイトは手中に収めたわ。ならここでお母様がこのまま勘違いしてくれてた方が都合がいい。


「…………」


「あのっ! 鴒くんのお母様っ」

「ん? どうしての雛ちゃん」


 おっとりぽわぽわした雰囲気のタレ目のお母様は私の髪をタオルで拭きながらキョトンとしている。


「実は……私は鴒くんの彼女じゃありません」

「えっ?」


 都合のいい女は私だけでいいや。


「さっきのは私の妄想というかですね……なんというか……あのっえっと」


 好きな人のお母様だから素直な自分で接したい。


「妄想って事はあの子の彼女になりたいって事よね?」

「あうっ……そうです。はい」


 雨で濡れた冷たい頬に温もりが触れる。


「うふふ……素直ないい子ね雛ちゃんは」

「ごめんなさい」

「謝る必要ないのよ。私も早とちりしちゃったし……ごめんなさいね」

「お母様が謝る必要も……」

「うふふ。これでおあいこね」


 コツンと額に触れたおでこがなんだかとても懐かしく感じた。


「タオルじゃ埒が明かないわね。お風呂沸かすから入っちゃいなさい」

「えっ? でも……迷惑なんじゃ。それに風邪引いてる想良羽くんに悪いんじゃ」

「あら。私も想良羽よ?」


 意地悪な笑みを浮かべる女性は大人の貫禄を見せつける。


「あうあう……その鴒くんが」


 なんとか言えた彼の名前に私の頬が限界を迎える。


「雛ちゃん可愛いわね。益々娘に欲しくなっちゃう」


 お母様……もとい心さんは私の手を引いて浴室まで案内してくれた。


「先にシャワー浴びちゃいなさい。溜まったらゆっくり入る事。着替えは私の貸してあげるから。その間に乾燥機入れておくわね」


 トントン拍子に話が進んでいく。おっとりしているのは見た目だけで結構世話好きなのかもしれない。


「あ、あの……れ、鴒くんは?」


 1番聞きたかった事がやっと聞けた。そして返ってきた言葉は意外なものだった。


「……あの子、仮病で休んだのよ」

「えっ? 仮病?」


 学校では真面目な印象の鴒くん。それは周りからの評判も物語っていた。10人に鴒くんについて聞いてみると9人はこう言うだろう「真面目でいい人」

 そして最後の1人はこう言うだろう「大好き」と。


 ――私だった。


 それはさておき衝撃の言葉だった。あの鴒くんが……や、やんきーになってしまったなんて。

 しかしそれはそれで見てみたいかも。


「まぁ、仮病っていうかね……私が体調崩しちゃったから代わりにお店に出てくれたのよ」

「えっ? はい? えっ?」


 色々わからない事が多い。

 彼の事が好きと言ったけれど、まだまだ私は彼の事を何も知らない。


「ここから少し離れた所にある和菓子屋さん。私の実家なんだけど、そこで手伝いしてるのよ。もう少しで帰ってくると思うわ」

「……ほわぁ〜」


 鴒くんが私の為にどら焼きを作ってくれる姿を想像して更に顔が赤くなる。


「だから今のウチに入っちゃいなさい。雛ちゃんが来てるって知ったあの子の顔が見てみたいわ」

「……?」


 後半の方は小さくてよく聞こえなかったけれど心さんの言うとおりお風呂を借りて体を温める事に。




「……不思議な感覚」


 湯船の中の自分の顔を見て思う。

 好きな人のお宅訪問で、初対面のお母様から可愛がられ、まさかのお風呂を借りる。


 ポチャッ


 髪から落ちた雫が波紋のように広がっていく。


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