無理な話

水を飲んで一休みすると、リーネの表情も少し穏やかになった気がする。


するとまた、


『そう言えば、前世では娘の顔をこんな風に見たことなかったな……』


そんなことを考えてしまう。


そうだ。娘のことは、一切、女房に任せきりで、俺は仕事だけに打ち込んだ。だから俺は、娘の首がすわったことも、お座りできたことも、ハイハイを始めたことも、立ったことも、歩けた時も、何一つ見てこなかった。気が付いたらいつの間にか大きくなっていってたんだ。


『マジか……』


改めてそれに気付かされて、愕然とした。今までは考えないようにしてきたが、まるで余所の子のように、娘のことを何も知らない。


小さかった頃の写真を見ると、笑うくらい小さかった頃の俺にそっくりだったから、俺の子であることを疑ったりはしなかったものの、それすら、後で写真を見て気付いたくらいだからな。


そりゃ、娘にしたって『自分の父親だ』なんて実感はなかっただろう。まともに顔も合わせない、言葉も交わさない、じゃあな。


だから俺は、リーネの様子を見ることにした。彼女の様子を見ながら、彼女に合わせて移動することにした。


すると、子供なんだから当然なんだが、体に比べて頭が大きくて、いかにもバランスが悪く、体の動きがふらふらしてて危なっかしい。力がない所為もあるんだろう。とにかく頼りない。


なのに、大人の俺に合わさせようとするのは、本当に合理的なのか……?


そんなことを思ってしまう。別に、誰かを待たせているわけでも、誰かに追われているわけでもない。急ぐ必要もないんだ。なのに急がせる必要がどこにある?


『そうだな……ゆっくり歩く方が俺も楽だし……』


と考えて、リーネの様子を確かめるついでに周囲の様子も確認しながら移動すると、いろいろなものが目に入ってきた。


斜面を少し上ったところに、赤い実が成っている。野イチゴだ。こうして気持ちを落ち着かせて見なければ気付かなかっただろう。


「ちょっと待ってろ」


俺はリーネにそう声を掛けて、斜面を登った。


ああ、若い体って本当にいいな。こういうことが苦も無くこなせる。まあ、普段から両親に山菜や野草や木の実を採りに行かされてたから慣れてるってのもあるんだろうが、それでも、八十の老いぼれの体とは比べるのもバカらしいくらいに自由に動く。


そうだな。子供として生まれてくるのも、歳をとって体が衰えるのも、別に本人が望んだことじゃない。俺だって、一生、この二十歳の体でいられるならそうしたかった。だが、それは無理な話だ。


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