第11話 ボルゲと魔創国

 魔剣王ボルゲはいよいよ魔創国に到着した。

 しかし、少しのあいだ国としての巨大さにただ呑まれてしまい、呆然とするしかなかった。


 以前魔炎王や魔氷王と共に来訪した時はあったが、ここまでの規模には至っていなかったはずだ。見渡す限りに広さを増した領土と、塔のような高さの建築物の数々。荒廃しきっていたはずの大地は大きく息を吹き返し、自然と文化が調和しているようだった。


「素晴らしい……素晴らしいぞ。これが我が城」


 ボルゲは竜車から飛び降りると、歓喜の雄叫びを上げたい衝動に駆られる。まずは事の説明と、自身が代理と称して乗っ取る画策を始めなくてはならない。俺ならば上手くやれる。赤黒い魔剣を所持する男はそう信じて疑わなかった。


 ◇


 魔創城はとある湖の上に建てられていた。色とりどりの輝きを持つ巨大な城内の最深部。謁見の間に到着したボルゲは、護衛の兵士達とその中心にいる人物に、気さくに手を挙げて笑いかける。


「ご来訪いただき恐れ入ります。私はゼルトザーム様の右腕、ミア・イキシアと申します」

「魔剣王ボルゲだ。既に使いから話は聞いておろう。ゼルトザームより、代理の国王に任命された者だ」


 ミアと名乗る元ゼルトザームの部下は、まだまだ年若いエルフといった風貌だった。年齢にすれば十代中盤程度にしか見えない。白く長い髪は後ろで束ねられ、瞳はサファイアのように青く光っているよう。黒いローブに包まれて顔以外の全体的なルックスはぼかされているが、魅入ってしまう男は少なくないのだろうとボルゲは値踏みした。


「……私達がお迎えに上がった際には、既にゼル様はいらっしゃいませんでした。詳しい経緯をお聞かせ下さい」

「詳細な説明は手紙で済ませているはずだが。まあ良い。今後のことも踏まえ、話をしてやろうではないか」


 鈴の音を思わせる声色には、警戒心と疑念が乗せられていたが、魔剣王は特別意にかけなかった。そうした心情には疎い男であり、気にする必要すら感じていない。


 ボルゲは自分にとって都合の良い内容に改変しつつ話を続ける。ここ二年間、人間達との戦いにおいて一切の行動がなかったこと。成果を挙げていないことに言及すると怒りを露わにし、他魔王に噛み付いてきたこと。もはや増長が止まらず、致し方なく追放宣言をすると、投げやりに自分に王位を押し付けて去っていったと。


 事実とは大きく異なる点を盛り込みつつ、自らが国を支配する正当性を説き続ける。しかしその話には、既に胡散臭い臭いが多分に漏れてしまっていた。誠実に話をしているつもりだったが、視線はミアの細身の体を舐めるように動いている。彼女が不快感に目を逸らしたことにも気がつかない。


「以上だ。しかしあれだな。ここまで豪華な玉座に座っておったのか、あやつは」


 玉座に乱暴に腰を下ろしたボルゲは、満足げに天井を見上げていた。この景色は素晴らしい。彼は本当は魔族ではない。元々は人間だった自分が、野心一つでここまで成り上がったのだと喜びが隠せずにいる。


「というわけで、これからは俺にしっかりと仕えるようにな。ミアよ」

「……承知しました。幹部会議がありますので、ここで失礼します」


 黒いローブが風に靡くように揺れ、いつの間にか姿が消えている。ボルゲはどんな贅沢な時間を過ごすか、それだけを考えている。玉座の側に置いた魔剣が怪しく鈍い光を発していた。


 ◇


「グゥ! グゥはいますか?」


 ミアは謁見の間を出た後、城の中庭である魔物を呼び寄せていた。ガーゴイルの中でもとりわけ腕が立つ、彼女がよく偵察や情報収集を頼んでいた魔物だ。同じく飛行系の魔物達を従えている幹部でもある。


「ミア様。新しい魔王様との謁見はどうでしたか?」

「……彼は嘘ばかりついています。私が知りたかった情報は何一つありません」


 肩を落とすミアに、グゥは何かしら励ましの言葉を探したが、見つけ出すことができずにオロオロしていた。


「あ……ごめんなさい。私がこんな様子では、いけませんよね。あなたとあなたの部隊にお願いしたいことがあります」

「がってんだ。何でも仰って下せえ!」

「ゼル様を探し出して下さい。今回の失踪はあまりにも唐突で、そして上手く行き過ぎています。考えたくありませんが、きっと以前から計画されていたのでしょう。でも、どこかに行方を知る手がかりがあるはずです。一刻も早くお戻りいただく為に、どんな些細なことでも構いません。調査をお願いします」


 ガーゴイルは自らの胸をドンと叩き、にこやかに笑った。


「任しといてくだせえ! あっしにかかれば、どんな足跡でも見つけてましょう! では、早速行ってきますぜ」


 すぐに大きな黒い羽根を羽ばたかせ、空へと舞い上がる怪物は、主を探し出す熱意に溢れていた。すぐに部下である他の魔物達が後を追っていく。その姿を見送りながら、ミアは誰にも聞こえないほど小さな呟きを漏らした。


「ゼル様……どうして」


 ◇


 ボルゲに用意された寝室は、人間の王族が使用する部屋の四倍は面積があった。文字どおりキングサイズのベッドでいびきをかいていると、ドアを叩く音が鳴り響く。


「うん……なんだ……俺はまだ寝る」


 しかし、ドアを叩く音は止まない。更には無礼にも大きな音を立てて開かれ、のしのしと地鳴りとともに何かがやってくる。


「ボルゲ様! もう起きて下さいよ! 仕事が溜まってます」

「んん!? な、何だ貴様は」


 魔王といえば魔族の頂点。当然待遇も極上のものになるはずだ。朝、眠りを覚ましに現れるのは若き美女達だと楽しみにしていたのに、なぜこんな化け物がやってくるのか。

 トロルオーガと呼ばれる、トロル達の中でも特に強く大きな種族が、慌てた様子でベッド毎揺すってくる。


「ああ! 申し遅れました。今日からボルゲ様の付き人をさせてもらいやす。ポポンガーっていいます。早くしないと、大変っすよ!」

「何だと!? お前のような奴が俺に付き添うというのか! あの娘はどうした?」

「ミア様は忙しくて、とてもボルゲ様を起こしに行けないんですわ」

「なら、他に女はおらんのか? 国王の世話を、むさ苦しい野郎に任せるつもりか!?」

「城内には、ミア様以外には女性はおりませんぜ。以前からそうだったんでさあ。ささ、早くしないと、マジでヤバいんです! ちょっと失礼」

「ぬお! こ、これ! 貴様おおお!?」


 トロルオーガはどうしてもベッドから出ようとしないボルゲを、無理矢理抱き抱えて運び出した。実はゼルトザームが暮らしていた頃は、毎朝ミアが起こしに行き、そのまま朝食から会議まで進むことが日課となっていたのである。しかし、今回彼女はその役目を他者に任せることにした。


 あまりにも乱雑に扱われることに殺意すら覚えたボルゲだったが、いきなり粛清などといった行為を働けば、自分の立ち位置が危うくなりかねない。懐が深いふりをして、涼しげに流そうとしたのだが、予想を超える待遇が彼を待っていた。


 執務室のような部屋に案内され、なぜか鍵をかけられてしまう。中にいたのは、黒いローブに全身を包んだ魔法使い達だ。しかし、彼らは魔法を操るような真似はせず、書類の束をひたすらテーブルに乗せていく作業を繰り返している。


「ボルゲ様! 今日はこちらに目を通していただき、全てにサインをお願いします」

「……は? ちょっと待て。その山のようなものは……」

「会計書類、公共施設の設置や廃止、産業と雇用関係の書類です。全て目を通してからサインを!」


 ボルゲは絶句していた。どうしてこんなことを自分がしなくてはいけないのか。


「なあ、それは他の奴でも良いのではないか」

「いいえ! 王であるボルゲ様がしなくてはなりません。ゼルトザーム様の頃から決まっていたことです。さあ、ボルゲ様!」


 魔剣王は頭を抱えそうになった。しかし、このくらいのことはただ始まりに過ぎない。彼が本格的に追い詰められていくのは、むしろこれからだったのだ。

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