第6話 魔王様の家探し
ビックリしたー。ロデオの奴、いきなり腰を抜かすとは予想外だった。
どうやらミアや魔物達が脅したことが、相当なトラウマに繋がってしまったらしい。可哀想に。とはいえなんとか話は纏まり、俺は彼に家を紹介してもらうことになった。
初めに見たのは、城からわりと近くにある縦長の家だ。家全体が白っぽく塗装されていて、部屋の中に入っても同じく白を基調とした清潔感溢れる内装をしている。
「こちらは馬車場も近くにあるので、交通の便も良いんですよ。ちなみに子爵家クラスの貴族の方も沢山お住まいになっていたりします。人脈も広がるかもしれませんね」
「なかなか素晴らしい環境だな。ただ俺、アクセスも人脈も特に求めてないんだ。まあいい、候補に入れておこう。一旦次に行こう」
続いて訪れたのは大教会の近くにある集合住宅だ。聖職者が沢山住んでいるらしく、入り口付近に女神像まで置かれている。もしかしてシエナもここに住んでいるのだろうか。
部屋の中は一軒家ばりに広いので、くつろげそうな感じはする。
「プリーストや神父様もいらっしゃいますから、急な怪我や病気になってしまっても安心ですよ」
「お! 良い環境じゃないか。……だけど言い難いのだが、あいにく俺は聖なるものとは相性が悪いんだ。次の所お願いしてもいいかな」
なかなか条件が合わない。魔創国を立ち上げるまでは野宿同然の暮らしをしていた俺にとって、初めてちゃんとした家探しをしてるのかもしれん。
しかし、これだけ同行を余儀なくされているのに、ロデオは嫌な顔一つしないあたり流石だと思う。あの時住んでいる所聞いておいて良かった。それと関係ないけど、ちょっと顔がオークに似てる。
「ここは……ちょっとダメもとな感じなんですけどね。あはは」
苦笑いと一緒に紹介してきたのは、王都の外れにある一軒家。少し古くなってはいるようだが、中に入ると十分な広さがあり日当たりも良い。
「ロデオ! この家はかなり過ごしやすそうじゃないか。どうしてここがダメ元なんだ?」
俺はとりあえず室内を歩き回り、風呂からトイレから調べてみたが、別段悪いところはない。魔王時代の部屋と比べてしまうとどうしても見劣りするが、致し方ない。何もかもが大きくて広くて高級で……魔王時代はそういう部屋に住んでいたが、あれは落ち着かなかった(右腕の意向で派手な感じにしなければいけなかった)
だからこそ、こういう家にはかなり好感が持てる。是非住みたい。でも、ロデオは後頭部を掻きながら苦笑いをしている。
「実はですねえ。この家、出るんですよ」
「何が?」
「あの……幽霊が」
「そうか。じゃあここで決めよう」
「はい。じゃあ次の家……え!? 今なんと?」
「ここで決める。幽霊が出るのがネックなんだろ。大丈夫だ、問題ない」
俺の返答に泡を喰ったようになっているロデオの顔が、なんだか不思議だった。
「いえいえ! 実はですね。この家に最初に住んでいた女の人、夫に捨てられて自殺しちゃったらしいんですよ。それからというもの、夜な夜な赤い服を着た女が、家の中に現れてしまうという噂です。もう五人ほど住まわれてますが、一週間もしないうちに引っ越して行きました」
この世に未練を断ち切れず、幽霊として彷徨っているわけか。
「大丈夫だ。ゴーストとかアンデット系なら、俺の軍にもいたはずだし。あ、くれぐれも俺の素性は秘密にしてほしい。ここではただの一般人でいたいんだから」
「え……ええー。いいんですか、本当に」
どうやら彼は、かなり気が引けている様子だ。まあ、できれば酷い物件は紹介したくないんだろう。安心させようと、俺は笑って頷いた。
「ああ! 後で文句を言ったりなんかしないよ。さあ、契約を結ぼう!」
「わかり、ました。でも、もし無理になったら早めに言ってくださいね。取り消しも一週間以内なら引き受けます」
「親切だな。ところで、ここの家賃はいくらになる?」
「ここは売り家ですので、一括購入かローン払いになります。えーと、ちょっとお待ちください」
ロデオは羊皮紙の束から調べ物を始めた。この家の価格を調べているんだろう。実は希少な宝石の類を沢山持ってきているから、今後お金の問題はほぼないはずなんだ。でも、こういう時って妙に緊張してしまうのはどうしてだろう。
大体の場合、購入ってなったら30,000,000Gくらいからじゃないかなー。
「100,000Gになります」
「……え! なんか間違ってない?」
メチャクチャ安い! 安すぎて不安になるくらい安いのだが。
「事故物件ですので。このくらいの値段になっちゃうんです。では、購入ということで宜しいですか?」
「買う! 今すぐ買う!」
なんてラッキーな日だ。俺は人前だから自重したが、スキップでもしたいくらいに喜びが胸に溢れてる。ロデオは青い顔になっちゃってるけど、何も心配はない。
「し、しかし……ここには女性の幽霊が」
「大丈夫だ。それより、契約書はあるのか」
「ええ。ここに」
女の幽霊か。でもあれだなぁ、確かに霊圧のような感覚はあるが、これは……。俺は周囲を見渡して、霊圧の元を探してみる。
「確かにいるな。でも、君がいうような類の霊じゃない」
「え!? 分かるんですか。といいますか、今ここに」
ロデオは傍目でわかるくらい怯えた顔になってきた。契約書にサインをして渡した時、指が震えていた程だ。もう契約は結んだので、この霊がいなくなっても値段は上がらない。俺は一枚の魔創カードを取り出して、無造作に部屋の中央に投げる。
回りながら光の粒子となって消えていくそのカードは、薄い青色の三角形の模様が刻まれていた。
「俺は魔力だったり霊力だったりを感じることができるんだが、奴はかなり古くさい。恐らくはただこの家に流れ着いた悪霊の類だ」
カードが消え去り、薄い光が部屋一面に広がっていく。
「なので出ていってもらう。簡単な結界を張ることにする」
「あ! あわあああ!?」
ロデオは叫びながら腰を抜かしてしまった。
それもそのはず、悪霊が実体化したかと思うと赤い服の女で、顔をドロドロにしながら家から猛烈な速さで消え去っていったんだから。
今貼った結界には、悪霊が嫌う除霊の力が多少含まれていた。奴としては相当に居心地の悪い場所になってしまったんだ。青い光は消えたものの、結界はしばらくは機能し続ける。効果が切れたら新しいのを貼ればいいだけだ。
「結界を張ったから、もうあいつはいなくなったよ」
「ええ!? もう解決しちゃったんですか」
ロデオは驚きで目が丸くなり、元部下のオーク部隊隊長そっくりな顔になっていた。まあ、本人が嫌がると思うから口にはしなかったが。
「流石は魔王様。あ、いや。元魔王様でしたか。では僕はこれで! 何かお困りのことがあったらご連絡ください!」
オークっぽい風貌の男は去って行った。その後は宝石屋に行って全ての宝石を現金化し、生活用品を買い回っているうちに夜になっていた。カーテンもベッドもテーブルもソファも本棚も家に搬入し、俺は自らの夢が現実になりつつあることに感極まってきてもう泣きそうである。
「やったあああ。これでニートライフが堪能できるぞ。俺はとうとう、働かなくていい毎日を手に入れたんだ」
ベッドに仰向けになり、開放感に浸る。もうこのまま寝ようかと思っていたが、一つやり忘れていたことに気がついた。
俺はベッドから降りてテーブルに向かうと、有事の為の準備を始めることにした。具体的には魔創カードの作成だ。
掌に魔力を集中させ、カードの形を念じる。すると新しいカードが何枚も姿を現して、空中でゆらゆらと浮かんでいる。続いてカードに、あらゆる魔法を内包させていく。
魔法っていうのは、基本的には発動させるために詠唱を行う必要性がある。上級者になると詠唱なしでやれたりするんだが、そういうことをする為には、実は詠唱を全部覚えなくちゃいけない。長いんだこれが。
まずその魔法を使えるかの適性があって、更には詠唱を丸暗記していないと、一瞬で発動はできないっていう問題がある。
でもその点、この魔創カードは発動させれば無制限に、何も考えず使用できることが利点だった。俺は魔法の類ならほとんど使用することができる。というか詠唱を作成して、魔法を作ることができる。でも、光魔法や聖魔法とは相性が悪いから、作れないものや使えないものも存在するけど。
空気中に作り出した光の詠唱文。それらが模様へと様変わりし、やがて浮遊しているカードに入り込んでいく。五分くらいで新しいカードを二十枚作ることができた。このくらいあれば有事の時にも大丈夫だろう。
でも、この村……じゃなかった。王都は平和みたいだから、使う必要はなさそうだ。
その日は満ち足りた気持ちで眠りについた。もう、面倒なことなんか何も起こらない。……ハズだった。
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