噂をすれば

 噂をすればなんとやら。

 店を出た俺達を出迎えたのは奇しくも御厨花ちゃんだった。俺は驚きを隠せない。


「こんばんは。玲於奈さん、みぃやさん」


 ピンクのキャミソールに水色のミニスカートという涼しげな装いで柔らかい笑みを浮かべている。空が暗くなって久しい。こんな時間に小学生が一人歩きしていては危険ではないだろうか。見舞いの帰りにしても遅すぎる。

 玲於奈が笑みを浮かべる。


「ああ、花ちゃん。どう? 暮太は」


「はい。おかげさまで、快方に向かっていますよ。お兄ちゃんも玲於奈さんがいて心強いと言っていました。それで……例の件なんですけど」


 玲於奈と花ちゃんはやり取りを聞く中で、愛がそっと耳打ちしてきた。


「ねね、あの子誰?」


「御厨の妹さんよ」


「御厨君の?」


 病がちなクラスメートではあるが、それ故に気にかけている者は多い。愛もその一人のようで、興味深そうに花ちゃんを眺めていた。

 ちなみに築山は会計中。今日もあいつの奢りだ。


「私、花ちゃん送って帰るわ。もう遅いし」


 玲於奈がそう言って、花ちゃんの手を取る。


「じゃあ、また月曜に。築山さんによろしく言っておいて」


「それでは、さようなら」


 花ちゃんは俺に会釈をすると、玲於奈と一緒に歩き去っていった。

 一体何をしにここに来たのだろう。偶然出会ったにしてもこんなところで会うなんて不自然じゃないか。


「玲於奈ばいばーい」


 無邪気に手を振る愛を尻目に俺は店から出てくる築山を捉えた。小さくなっていく玲於奈と花ちゃんの後ろ姿を見据え、


「急がないとね」


 その呟きの真意が解らぬまま、頭に冷たい感触。

 雨だ。瞬く間に激しさを増した夜雨が髪や方を濡らしていく。慌てて店の入り口にある屋根の下に避難した。


「降ってきちゃったか~。どうしよ、私傘持ってないよ」


 愛が悄然と言葉を溢す。実は俺も雨具の持ち合わせはない。


「築山、持ってるか?」


「あなたに貸したままよ」


 そうだった。彼女の黒い傘は俺ん家の玄関にある。

 降り注ぐ大粒の雨はやたらと凄まじい。梅雨の時期にしては珍しいことだ、暴れ梅雨っていうやつか? この中を傘もなしに帰るのはさすがに骨が折れる。

 愛がいなければ築山のテレポートでさくっと帰宅できそうだがこればかりは仕方ない。


「やんなっちゃうなぁもう」


 雨がアスファルトを打つ。こりゃあこの梅雨一番の豪雨だな。

 愛が俺の袖を掴んできた。


「名案があるんだけど」


「英語で言ってみ」


「あいはぶあぐっどあいであ」


「何?」


「うぃーしゅっどごーとぅーみぃやずはうす」


「確かに迷案だな」


 つまり俺の家に行こうという話だ。確かにここから最も近いのは俺の家だが、それでもそれなりの距離はある。走っても着くころには全身びしょ濡れだ。

 それに俺の家に行くとなると愛の家からますます遠のくことになるので、親に迎えに来てもらった方がいいのではないか。

 愛は携帯をいじっている。


「今日みぃやの家に泊まるって送った」


 こいつ何勝手なことを。非難の視線を浴びせてやる。


「ま、固いこと言いっこなしで」


「お前はもうちょっと固くなった方がいい」


 溜息。

 ふと気が付くと、築山の姿が忽然と消えていた。


「はれ? 唱子ちゃんは?」


「帰ったんじゃないか?」


「この雨の中?」


 愛が見ていない好きにテレポートしたんだろう。

 それしても一言くらい声かけてくれればいいのにな。相変わらず変わった奴だ。

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