廃病院にて

 廃病院の門は固く施錠されていた。息を切らせてがっくりとうなだれるが、ここで終わる俺ではない。二メートルほどの門など軽々と乗り越えて敷地内へ。セキュリティとかどうなってんだろ。


「何をしているの」


 建物の入口を捜している俺にかかった女の声。正直びびった。その声が妙に聞き覚えのあるものでなかったら一目散に逃走していただろう。

 恐る恐る、振り返る。


「脅かすなよ」


 深い安堵の溜息。

 声の主は築山だった。こいつがここにいるということは俺の努力は報われたらしい。


「驚いたのはこっち。こんな所に用があるとは思えないけど」


 闇の中から現れた相変わらず制服姿の少女はまったく驚いてなさそうに怪訝な視線を向けてきた。


「ちょっと気になることがあってな」


 先程の奇妙な出来事について話す。すると築山は神妙な顔つきでふむと一息して額をこつこつと指で叩いた。


「これってどういうことなんだ?」


「見当もつかないわね。〝ミグ〟の力か、あるいはまた別の力か。どちらにしろ未だ解明されていないことが多い分野だから。何が起こっても不思議ではないわ」


 そりゃそうだろうけど。


「築山こそ、どうしてここに?」


「調査よ」


 築山は建物の壁の前に立つ。


「あなたが見た映像の通り、抜け殻はここにある」


 金属の塊を木の棒で叩いたような小気味いい音が鳴ったかと思うと、同時に壁に人一人通れるくらいの大穴が空いていた。分厚いコンクリートが鋭利な刃物で斬られたかのような断面を露わにしている。


「……どうやった?」


「来て。面白いものが見られるわ」


 築山は俺の呟きには返答せず歩き出す。何が起こっても不思議ではない、か。まったくその通りだ。

 大穴をくぐってから四〇四号室までの道中は終始無言だった。築山は周囲に気を配っているようで話しかけていいような雰囲気ではなかった。こいつの言うように俺の見た映像の通りなら、ここには俺の体だけではなく例の魔女っ娘もいるはず。それを警戒してのことだろうか。こころなしか空気がピリピリと痛い。


 やがて部屋の前にたどり着く。


「誰もいないわね」


「解るのか? そんなこと」


「ええ。でも、近くにはいる」


 魔女っ娘のことだろう。

 扉を開くと、部屋から光が漏れる。この光はあの映像で俺の体を包んでいたものと同じだ。築山に続いて部屋に入る。そこにあったのはやはり男の《俺》。眩しげな光に包まれて宙に浮く本来の体であった。


「同じだ」


 思わず言葉が漏れた。あの映像と一致する光景。


「〝マスレス〟。私も実物を目にするのは初めてよ」


 二人して《俺》を見上げる。

 光の中に浮く自分の姿はなんとも神秘的、いやどちらかと言えば怪奇的か。これが女の子なら映えたのだろうが、制服姿の男ではなんとも名状しがたい。

 そのまま唖然と見上げていると、


「来たわ」


 唱子が呟いた途端、背後で金属が擦れ合うような耳障りな音が鳴った。

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