10. 不運

「はぁ、はぁ……危機一髪だったな」


「た、助かったわ。あんたの機転がなかったらどうなってたことか」


「いや、それはいい。そんなことよりもだ。ありゃ一体どうなってるんだ?」


 ナノの放った魔法はかなり広範囲かつ、相手が目の前にいた俺たちを見失うほどに濃度が高かったはずだ。


 長時間その場にとどまり続けることはないとしても、しばらく霧は残り続けるはずだ。

 それがどうして、こんなにすぐに晴れる?


「きっと、部分的にあそこだけ強風が吹ているのよ……」


「はぁ? そんなこっちにとって都合の悪いことが」


「起こるのよ! 私には……それが起こるのよ……」


 その後、彼女は無言のままギルドのカードを取り出すと、メニュー画面を出したまま俺にカードを差し出してきた。きっと、この中に彼女の言わんとする秘密があるのだろう。


 彼女の方からカードを差し出したのだから、プライバシーの侵害とかで訴えられるわけでもないし、特に気にすることなく画面を見れる。


「――これは」


 注目すべきは彼女のステータスの欄だ。

 魔法使い系のなかで最高位に位置するウィザードのステータスは、どれを他者に見せても恥ずかしくないほど、高水準の数値をたたき出していた。


 俺のと見比べると、自分がどれだけしょぼかったのかが思い知らされる。

 しかしその中で、唯一。俺よりも数値の低いステータスが存在した。


「――『幸運値:9』」


 他の彼女のステータスと見比べてみると、その数字がとてもみすぼらしく思えてしまう。


 そして、これこそが彼女が俺に対して隠していた秘密の正体なのだろう。


「これでわかったでしょ。フレイムバーナーを撃った時に風に煽られたのも、サンダーボールが明後日の方向に飛んでったのも、ミストアウトがすぐに消えたのも、全部この幸運値が低いからなよ……」


 この度重なる不運な偶然は、全て彼女の幸運値が低すぎるが故に起きた必然なのだという。


 それこそ、最初にゴブリンが出てきたときに魔法が当たったのは、本当にラッキーなことだったのだろう。魔法が当たった時の彼女が、かなり喜んでいたのが良い証拠だ。


「なんでそれでウィザードになれたんだ……」


「私がウィザードになれたのは、ギルドにたまに流れてくる簡単なお手伝いクエストとかを地道にやってたからなの。それでもこの不運のせいで効率はかなり悪かったし、ここまで来るのに五年はかかったわ」


 なるほど。幸運にあまり左右されないクエストを地道にこなし続けていたわけか。しかも五年も。


 俺が何もせず、全てのチャンスを逃してきたその年月以上に、彼女は自身の不運にめげずに立ち向かい続け、そのチャンスをものにしたのだ。そして今も、必死に自分の運命に抗っている。


 何が同じボッチだ、全然違うじゃないか。同族だと思っていた自分に反吐が出る。


「今回のクエストだって、もとはといえば私の持っていた杖が壊れて、新しく杖を作るのに必要な素材をゲットするために受けたの。でもいつの間にか二人でしか行けなくなってるし、他の人には私の不運のことバレてるから、みんな一緒に行こうとしないし……」


 彼女の中で何かが決壊したのだろうか。

 体育座りで、今まで内に秘めていた不幸話を独り言のようにぶつぶつと言い出した。それも、全てここ最近の出来事のようだ。


 言われてみればだったが、本来ウィザードは、魔力を精密に操るための杖を常備しているはずだ。

 それ無しにあれだけの魔法を発動できたのは、彼女自身の努力があったからのだろう。


「でも、もうあきらめるわ。あんたには悪いことしたわね。すぐに戻って、クエスト失敗の通達をしなくっちや……」


 よろけながら立ち上がる彼女の眼はどこか虚ろで、焦点もずっと下の方を向いていた。


 きっと彼女は俺が迷惑がっていると思い込んでいる。実際その不運は迷惑だし、仲間になんて絶対にしたくない代物ではあるが。


「一つ聞かせてくれ。俺がこのクエストを受ける条件として、俺は一切手を出さないと言っただろ。その時、なんでこの条件を了承した?」


「――なんでって」


 彼女は振り返ると、俺の目に無理矢理焦点を合わせながら


「――私がお願いしてるんだから、私が文句を言える立場じゃないでしょ」


 さもそれが当たり前かのようにそう言い放った。

 俺がわがままで通した無理強いを、彼女は全て了承したのだ。


 彼女が俺の行動に文句ひとつ言ってこなかったのは、彼女が人一倍責任感が強いことを証明し、彼女が俺の条件をあっさり飲んだのは、彼女の周りに彼女自身と取り合ってくれる人間がいないことを表していた。


「――ふざけんじゃねえ」


 気づけばその一言が口から漏れていた。いつの間にか拳が固く握られ、怒りか憐みか、その手を小刻みに震わせてしまっている。


 どうやら自分でもビックリするほど、今は感情的になっているようだ。


「俺は、今まで努力を全くしてこなかった人間だ。親の脛を貪って、忍耐や苦労なんてものとは無縁の生活を送ってきてた」


 前世でも今世でも、常に部屋にこもりゲームやアニメ三昧。


 親やメイドが準備してくれた食べ物が、毎日自分の部屋に運ばれてきて、自分では料理どころか家事すら一切しない。


 何か具体的な目標がある訳でも、仮にあったとして、それに向かって努力もせず。明日が保証された生活の中、無限に思える日々の中、時間だけは有り余っているくせに全てを明日や明後日の自分に任せ、今だけを必死に引き延ばすことを毎日繰り返してきた。


 もはや怠惰という言葉ですら割り切れない。


「そんなどうしようもない俺でも、真っ直ぐに努力できる人間は、ちゃんとその努力が報われてもいいはずだと思う……いや、そうじゃなきゃダメなんだ……」


 ――努力が必ず報われるなんて、そんな都合のいい話がないことくらい俺でもわかる。

 むしろ世の中じゃ、報われない努力の方が多いのだろう。


 だがそれでも、彼女のそれはあまりにも不憫すぎる。


 努力した人間が。何かを成し遂げようとした人間が。何もしてこなかった奴の手を借りに来る。その現状に、どうしても納得がいかなかった。


 俺は見ず知らずの人間を助けてやれるほど善人じゃないが、目の前で困っている奴をほっとけるほど悪人でもない。


 だからこそ、今目の前にいる彼女を普通に助けたいと思ってしまっている。

 向こうから手を借りに来るのではなく、俺が勝手に手を貸す口実が欲しいのだ。


「――あともう一歩で手が届きそうなら、俺がその後押しをする。だからちょっと待ってろ、今いいアイデアがないか考えるから」


「あんた……なんでそこまで」


 彼女に背を向け座り込む。

 ナノの方は、俺がどうしてそこまでするのか不思議そうだったが、今そんなことに答えるよりも、目の前の問題に解を出す方が先だ。


 まだ手に持っている彼女のカードと、これまでの出来事を確認しながら、頭の中で情報を整理していく。


「ウィザード……ゴブリンキング……不運……」


 一応俺のステータスをもう一度確認しておこうと思い、カードの画面を出した時だった。


「――これは」

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