不遇職『ニート』にバグが見つかりました 〜前世でニートだった俺が転生した今世でもニートで実家も追い出されたのに、バグでチート職業になったからって魔王退治に行かせるのは無茶だと思いませんか?〜

六月 快晴

プロローグ ニート死す

 名字の珍しさが俺の唯一の取り柄だった。


 齢三十九。あと一ヶ月もすれば四十代に突入。

 年齢的に妻や子供がいてもおかしくない俺、百々平次どどへいじには、妻子どころか職すら無かった。


 何をしても長く続かない。『アメリカではキャリアアップだから』とか言うご都合解釈を日本で並べながら職を転々としているうちに、いつのまにかどこも俺を採用してくれなくなっていた。

 色々とリーチがかかった俺が唯一取れる行動といえば。


「死ぬしかないじゃない」


 この一点に限っていた。

 小学生の頃に神童と呼ばれたわけでもなく、中学生の頃に部活に励んだわけでもなく、高校生の頃に受験勉強を頑張ったわけでもなく、推薦で行った大学も偏差値が高いかと言われれば平均より少し下くらいだった。


 大学生時代の有り余った時間を何に割いたかと問われれば、俺は正直に『アニメとゲーム』だと答えるだろう。


「はぁ。このアニメ。鬱すぎだろ」


 今現在も、自分の部屋でアニメを見ながら人生の夏休みを謳歌している真っ最中だ。

 しかし、アニメのチョイスをミスり、ただでさえ暗い部屋のせいで陰っていた心に、さらに影を刺してしまう。次はほのぼの系のアニメでも見て心を癒すとしよう。


 そう思いながら、いつも自分の隣にある相棒のポテチの袋に手を伸ばす。

 しかし、さっき開けたはずの袋の中身が自分の手の中に収まることはなく、それは確認しなくとも中身が空になっていたことを示していた。


「もう無くなったか。溜めてた分も……切れてる……」


 貯蔵していた分も今手元にあった分も無くなり、片手が手持ち無沙汰になってしまう。

 もう片方の手にはお気に入りのジュースが入ったペットボトルが握られているが、その真価は、相棒のポテチと一緒に食べることで発揮されると言うもの。


「仕方ない。ジュースも切れそうだし、買いに行くか」


 正直、外に行く意欲などこれっぽっちも湧かなかったが、ポテチとジュースを飲みながらアニメ鑑賞をするのが自分の唯一の生き甲斐だったため、仕方なく部屋着から外に行くための服へ着替えて部屋をでる。


「あら? あんたどこに行くの?」


「――ちょっと……コンビニに」


 今年で六十になる母親の顔は、特に何を言うでもない、いつも通りの顔だった。


 俺ならどうにかなると思っているのか、それとももう既に呆れているのか。

 子供の頃よりも明らかに老けた親の顔を見ると、どうしてか焦燥感が心の内に湧いてくる。


「そうなの。いってらっしゃい」


「あ、ああ……いってきます」


 そんな心情から逃げるように、そそくさと家から出て行く。


「もうこんな時間だったのか」


 外に出ると、あたりはかなり暗くなっていた。

 ずっと部屋にいて、太陽の日が差さないように日光を遮断するカーテンを使っているため、時間の感覚が狂ってしまったのだろう。時計も見ずに出てきてしまった。


「今日のハンバーグ、美味しかったな……はぁ」


 夕食もいつのまにか自室の前に置かれていることがほとんどで、もう何週間も母や父とは一緒に食事をとっていない。


 幸いにも、遺伝的にかなり太りにくい体質をしているため、お腹が出るなんてことはなかった。

 それでも、この歳でこんな食生活をしているのだ。

 おそらく体にはかなりのガタが来ていることだろう。


「一体どこで間違えたんだろ、俺の人生」


 今にして思えば、転換期と呼べるチャンスはどこにだって転がってた。

 そしてそれをみすみす逃したのも自分。誰に話したって自業自得と返ってくるだろう。


「家、帰りたくねーなぁ」


 近くのコンビニへ向かう最中でも、『おかえり』と言われるのが億劫に感じる。

 そうだ、少し遠回りをしよう。

 なんなら日頃の運動不足を解消するためにジョギングでもしてみるか?


「いや、やっぱやめよう。俺らしくもない」


 この年齢になって仕事もしてない俺が自分らしさなんて語っていいのかわからなかった。

 幸い、この深夜帯に人がいる気配は全くないため、独り言を聞かれて恥ずかしい思いをする必要もないだろうが。


 頭の中で自問自答をし続け、注意力が散漫になっていたからだろうか。いや、注意力があれば人生どっかでやり直しができたはずではあったが。


 そんなことを頭の中で思考する時には、もう既に自分の体は宙に浮いていた。

 確かに発せられていた急ブレーキ音。しかし、自問自答に集中していた彼の耳には、全く届かなかった。


「あれ、浮いてる」


 周りが、空間が、そして自分自身の体感的な動きが全てスローに感じる。

 手の感覚、足の感覚が無い。いや、正確には伝達が遅い。


 瞬間、頭の中に膨大な量の過去の記憶が流れ込んでくる。幼少期から思い返すというよりは、昨日から幼少期まで遡るように、印象的な場面がピックアップされながら脳を伝っていく。


 これが俗に言う走馬灯という奴だろうか? いや、じゃあなんで事故った後で流れてんだよ。とは思うが、そんな事すでに後の祭りである。


(い、痛え。痛すぎる。何にぶつかった? 何が当たった?)


 数秒ののちに、勢いよくドアの閉まる音が聞こえる。

 直後に聞こえたのは、一番最悪のパターンを知らせる車の急発進音。


 せめて車のナンバーでも見てやろうと思ったが、車の速度が明らかに法定速度をオーバーした動きをしており、なおかつ死期が近いのか自分の視界が霞んでいたため、ナンバープレートを白黒の板という認識でしか見ることができなかった。


 痛みと共に滲む暖かさ。自分の体はこんなにも暖かかったのかと驚くが、それ以上に声も上げられないくらいに全身が痛い。

 視界に映る範囲で、どんどん血があふれ出ていく。自分の温もりが、どんどん冷めていく。


「ああ……クソッたれが……ふざけんじゃねぇ。こんな、こんな最後が迎えられるかよ」


 ――いや、違う。

 そもそも自分は、自分の死期を選べる立場の人間か?


「生きたい……生きたい」


 ――いや違う

 そもそも自分は、生きる価値のある人間なのか?


「こんなところで死んだら……何も残せない……何も返せない……何もチャンスをつかめない」


 ――いや、違う。

 そもそも自分は、そのチャンスとやらを何度逃してきた?


「俺は……俺は……」


 こんな時でも自問自答し、心の中の自分に論破されてしまう。

 その心とやらが考える妄想にも、限界が近づいてきていた。


 視界が、頭が、思考が霞む。

 体も頭も何もかも全てが限界を迎え、自身の言い訳と葛藤しながら誰にも看取られず、寒空の中で一人虚しく目を閉じた。

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