奇物サーカス 十一
「ここはずっと昔から失せ物探し屋だ。彼女はもちろんお客さんだった。探し物は流れてしまった子供」
彼女は疲れ切って泣きはらした顔で、流産した子供を探しに塔へ来た。
「胎児の命一つに値する何かを差し出さなきゃならん。そんな事はダメだ」
ワッカ爺さんはそう言って断ったと言うが、彼女は諦めなかった。
結局、釣り合う代償を差し出せなくて契約は成功しないだろうと踏んだワッカは彼女を本の中に入れた。
けれど彼女は、自分の『恐怖心といくらかの寿命』を差し出して契約をしてしまった。
ウナ自身が、母が本から持ち帰った失くし物だったのだ。
「愛おしそうにお腹を撫でていた彼女をよく覚えているよ」
「うそ! だってさっき見た記憶じゃ酷い女だったのに!」
激昂するウナを諭すように、柔らかい声でトイは言う。
「そうだろうね。恐怖心がないという事はそういう事だろうから。傷付けてしまう怖さも、死んでしまうかもしれない怖さも彼女には無かったんだ。その事に君が気付いたのは十歳の時だったよ」
母の心を返せと怒って乗り込んで来たのだと、トイは言う。
「サーカスで見た記憶の中に、それらしい物があった」
「そう。本からウナの記憶があふれ出たんだね」
それからトイは、ウナが母親の日記を読んでしまったらしいと話す。
「ワッカは知らない振りをするつもりだったんだよ。でもウナは契約で生まれた石の娘だからね。塔が彼女を勝手に本の中に招いてしまったんだ」
そこでウナは自分の『好奇心』を代償に母親の恐怖心を取り返した。
そこからの話は残酷だった。
十年も恐怖を感じないで生きてきた母親が、急に恐怖を与えられたのだ。
自分がしている事、娘にしてきた事、人に自殺を勧めた事もあった。たった今までは本心から言っていた事だったし、みんなで幸せになろうと思って活動していたのだ。
それが急に戻ってきた恐怖心によって、ぐちゃぐちゃに崩れてしまった。
母への好意からそれを成した娘は、意気揚々と家に帰って地獄を見た。
「母は捕まり、父は蒸発し、君は施設で育った。そして高校卒業と同時にワッカと塔で暮らし始めたんだ。その時ワッカが君に新しい名前を付けたそうだよ」
ワッカを恨んでいなかったのだろうかと聞きたくても、それはもう誰にも分からない。
けれどワッカ爺さんがウナを拾ったのは、罪悪感のためだろうか? シタは、それだけではないような気がしている。
「本当に愛おしそうに、ウナの頭を撫でていた」
思わずシタが呟くと、長い沈黙が訪れた。
それを破ったのは、黒鳥の倒れる音だった。
「まぁ、ワッカの死後に塔がウナを主に決めたのはそういう理由だよ。他に聞きたい事はないかい?」
トイが何かを誤魔化すように慌てて話を切り上げたのには気付いたが、聞けばウナが傷ついてしまうような気がしてシタはなにも聞けなかった。
そして「光水から作られた結晶から黒い獣が現れたのはなぜだ?」と聞いた。
本当は、ウナの記憶が本の中にあった理由を聞きたい。記憶の中でウナがワッカの膝で泣いていた理由を知っているのではないかと問い詰めたい。
そう聞いてしまえばどうなるだろうか?
シタはそんな事を考え、言葉を飲み込む。
「彗星石は太古の契約を記憶しているんだろうね。光水だって彗星石の灰からできているんだから、結晶になった事で契約を遂行する力を得たんだろう」
だから光水核は、太鼓の契約にのっとって人々の暗く重たい気持ちを吸っているのだと、トイは言う。
なるほど、ならばあの場に黒い獣が大量に発生したのも頷ける、とシタは思った。
「さぁ、寒いだろう。そろそろ戻るといい。僕ももう時間だから」
そう言うと、トイはゆっくりと倒れていった。
シタとウナは彼を抱え、せめてもと上着を掛けて手を合わせる。
そして様々な事を知り、解決しない疑問を抱えた二人は帰りの鈴を鳴らせずにいる。
結局のところ彗星石とは何なのだろうか?
意思があるという事は、人のように誰かを妬みもするのだろうか?
何を想い人と契約し、代償を欲するのだろうか?
そんな答えの出ない事を、人間は何千年も前から考え続けている。
けれど、とシタは思う。
もしその問いに関する答えがあるとするのなら、書塔以外にはありえないだろう。
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