奇物サーカス 四
「こちらは準備室です。一般のお客様のご入室はお断りします」
入るなりキッパリと冷たい声が掛けられた。
天井が高く、支柱が何本も牢の格子のように刺さっている。
声を掛けた男はしっかりとした木のカウンターの所に立っており、その奥には風呂屋で見る鍵付きのロッカーが並んでいた。
カーテンで仕切られたこちら側にあるのはそれくらいのもので、準備室というわりにホテルの受付のような雰囲気だ。
シタはカウンターにグイっと身を乗り出し、できるだけ目をぎょろぎょろとさせて言う。
「こちらに我が教団の元祖たる器が出品されると聞きまして。これを手に入れなければ信者の名折れというものでしょう?」
「そうですか……」
男はあからさまに迷惑そうな顔をしてから三人をギロギロと見た。
「そちらの白狸は?」
「俺は成功者だぞ!」
ポ助が答えると、男はシタに視線を向ける。
「彼は私の先輩信者でしてね。先日、ついに解放の栄光を得たのですよ。今はこの狸の器を使う事が多いのですがね、同じ信者としては誇らしい限りですよ。こうして成功例が増えていけばいずれ教祖様の再降臨もなされましょう」
男はもう一度三人を見ると「なるほど」と言って頭を下げた。
「ではお荷物をこちらに」
シタとウナの鞄を受け取った男が、今度はポ助のリュックに手を伸ばす。
「触るんじゃねぇよ。こいつは俺が解放された記念の骨だ。誰にも触らせねぇぞ」
男は牙を剥くポ助にウッと息を詰まらせ、それから「いいでしょう」と言った。
そして「ではカーテンより奥へ。三番目の階段を上って右手の席におつきください」とウナを見ながら言う。
三人はそそくさと歩き始めた。シタは身体検査をされなくて良かったと、内心で胸を撫で下ろす。
実はシタはタバコとライターを、ウナはケータイを、ポ助の鞄にはもう一つ、最終巻が一冊入っているのだ。
荷物検査を乗り切った三人は何食わぬ顔で鉄の足場のような階段をカンカンと上る。
指定された席に着くと、そこは水槽の中のようになっていた。左右のガラスにはクッション性のある黒い物が貼られ、視界と他の水槽の音を奪っている。
顔を見られては困る者ばかりなのだろうな、とシタは嘲笑した。見えるのは中央のステージのみだ。席にはヘッドホンが用意されており、おそらくこれで競りを聞くのだろう。
席は縦に横に幾つもあった。簡単な防音とはいえ、他の席のひそひそ声は全く聞こえない。
シタはウナに聞いた。
「大丈夫か?」
「う、うん。シタって信者じゃないよね?」
「私がそんな面倒なところに入ると思うか?」
「だよね」
ウナは軽口で流しながらも肩で息をしている。
ここまでの会話ややり取りで、何かトラウマに触れるような事があったのだろう。しかし本人にそれが分からないのだから厄介だ。
すると、ウナを心配したポ助が彼女の膝に乗った。
「どうしたんだ? 大丈夫かよ?」
「うん……大丈夫だよ」
そう答えたウナがポ助のリュックに触れた時、中で何かがブワっと光を放った。
それはすぐに消えたが、三人の意識はズルズルと微睡に引きずられていく。まるでトイの本を読んだ時のように。
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