イタコと犬 七

「お前たちが私をここに案内したという事は、サイガワはアバターを買ったんだな? それもえらく品の良い物を」

「おお! その通りだぞ! なんのアバターだと思う?」

「犬じゃないか?」

「大当たりだぜ! すごいな!」

「凄くも何ともないさ。不味い、これは不味いぞ。サイガワは体を交換したのではなく、体をやったのだ。体を持たない誰かに」


 おそらく亡くなった人の霊だろう、とシタは思う。

「体がいらなくなったのか?」

「そうなんだろうな。しかし体が無ければユリさんが……」

 彼女の悲しむ顔を想像したシタは「とにかく」とポ助に言う。


「どんな状態でもいい、大急ぎで猫たちと一緒にサイガワの体を探すんだ。給料はたっぷりの猫缶だと伝えてくれ。私は山の中を探す」

「おぅ! 俺の給料は?」

「腹いっぱいスイカを食わしてやる」

「よっしゃ! 行ってくる!」


 ポ助は車を降り、トテトテと猫たちと合流した。白い狸が百近い猫たちを野に放つ様は圧巻だ。どこにこれだけ居たのかと不思議に思う。

 そしてシタは慌てる頭を落ち着かせ、バイト先の寺院のある山に向けて車を走らせる。


 初めに山で馬鹿にしてきた犬も、サイガワの自宅前にいた犬もおそらくサイガワ本人だろう。方法は分からないが、サイガワは犬のアバターに何日も入っているのだ。

 自分で改造したのか、店で違法アバターを買ったのかは後で調べれば分かる事だ。


「本人の魂も後だ。まずは体を保護しなければ」

 シタはブツブツと呟きながら車を麓に駐め、山に分け入っていく。


 初めにこの山で大きな黒い犬に馬鹿にされた。おそらくアバターに入っている本人はこの山で暮らしているのだろう。

 体をもらい受けた誰かがその体を捨てたのでなければ、おそらく本人に会おうとするはずだ。


 そう思って山に探しに来たシタだが、すぐに異変に気が付いた。誰かがこちらを見張っているのだ。四、五人はいるだろうか。

 シタは欠片の入っているカバンをギュッと抱えた。

 けれどいつまで経っても、どこまで行っても襲って来ない。いっそ気にしない事にして体の捜索を続けるシタだったが、スパッとナイフで切ったような崖の端に妙な跡を見つける。


 そこだけ細い草木がバキバキと踏まれたように折られていて、見つけてくれと言わんばかりに上着が枝に結ばれている。

 シタがゆっくりと底を覗くと、そこには血を流すサイガワの体があった。

 途中にある木々の枝も折れており、落下した事は間違いなかった。


「これは……」

 もう助からないなと愕然としている暇もなく、シタは鞄から集霊器を取り出す。まだ近くに体を使っていた霊がいるかもしれない。


 けれど、途端にこちらの様子を窺っていた奴らが襲い掛かってきた。奴らは迷いなくシタの持つ集霊器に手を伸ばす。

 そして肩にかけた鞄を掴まれると、シタは背中から崖下に落ちていく。


 昨日からよく落ちるな、などとシタは呑気に思った。そんなシタの体が落下の途中で何かに突き飛ばされ、張り出している太い幹に引っかかる。

 これなら助かるかもしれないと思っていると、頭上の崖の上で犬が吠えている。


 それはよく響く、スピーカーから大音量で流したような声だった。

 シタはそれを聞きながら、ゆっくりと底に降りていく。

 底から見上げた時、すでに集霊器を追って来ていたらしい奴らはいなくなっていた。

 そこへヒョイヒョイと身軽に降りて来る犬のアバター。

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