兎と婚約指輪 五

 けれどすでに形の無い事が分かり切っている物や、感情や思い出などの初めから形のない物でも探す事が出来るのが、この失せ物探し屋だ。


 そういう時には、箱は塔の中の一冊の本を示す。

 その本を読めば物語の中に読者の意識が入り込むのだが、その本のどこかに探している物がある。


 それを見つけ、自分の持っている同等の物と引き換えにすれば消えたはずのそれが手に入るという事だ。

 指輪なら別の指輪を、ノートなら別のノートを彼に、というよりは本の中の彗星石に代償として差し出す。


 こればっかりは自分で試してみない事には理解ができないだろう。なにせ、燃やされたはずの手帳が木の根元に落ちていたりするのだから。

 現代に生きる者には信じられない事だが、彗星石は意思を持っているというのだ。

 だからこそ人間たちの取引に応じる。


「彼女と同じ本の中に、私も入る」

 シタは言った。そうしてゴロンとソファーに横になり、すっかり眠る態勢だ。

「それはいいですけど、彼女はなんなんですか?」

 カカが聞くので、シタは「行方不明事件の関係者」とだけ伝える。


「そんな事を言われたら文句が言えないじゃないですか……。とにかく、いつもと同じですけど説明だけはしますからね」

 そう言ってからカカは横になっているシタの目の前に一枚の紙を差し出す。



「これは、今回は関係ないのですが一応。名前と住所欄には嘘を書かない事。又貸しはしない事。こっちはしっかり聞いて下さいね。本の中に入ったらトイの言う事を聞く事。帰りたい時はトイの持っている土鈴を鳴らす事。本体の事があるので、本の中には八時間以上はいない事。これを過ぎると本体の健康を保証できません。最後に、本の中からはあなたの失くした物以外は持ち帰れません。いいですか?」



「分かっている」

 シタが答えると、カカはその手に本を渡した。

 サラサラと流すようにして読んでいたシタだったが、すぐに眠気に襲われ吸い込まれるように眠りに落ちていく。



 次に目を開けた時、そこには快晴の空が広がっていた。

「やぁ、久しぶりだね。不器用な探偵くん」


 シタが体を起こすと、そこには三十八歳の白髪の男がいた。三十八歳というのは本人の言う事だが、それよりは少し若く見えるキレイな印象の男だ。

 目の前には黒い石の柱の無造作に立ち並ぶ草原が広がっており、シタと白髪の男、トイはレンガ造りの集落のそばの小高い丘の上にいた。石は彗星石だ。


 そこからは塀ですっかり囲われた都市も見え、風が吹いてとても夢や本の中の世界とは思えない。


「私は一週間前にも来たじゃないか」

「そうかい。僕にとっては三年ぶりだよ。今日の僕は五十歳の時に訪れた獣兵国にいるんだからね。前回シタは四十七歳の僕の書いた本に入っただろう?」

「あぁ、そうだったかな。本当に面倒な事だな」


 このトイという男が何なのかはよく分からない。

 ただ塔にある全ての本の作者で(本人は記述者と言うが)前文明の滅亡する様を旅しながらひたすらに書き続けた人だ。


 亡くなってからは何故か本の中に現れては、入ってくる者たちの案内をしている。

 可笑しな事ならまだある。

 トイの書いた本は十五歳の時から亡くなる八十一歳、最後の人間が亡くなるその日まであるのだが、本の中にいるトイは全て三十八歳の姿なのだ。


 それについて聞くと「そういう約束になっているから」といつもトイは答える。

 さらに面倒なのは、記憶が共有されていないという事だ。完全に共有されていない訳ではなく、時系列でしか共有されていないのだ。


 つまり七十歳の本の中で起きた事や聞いた話は、四十歳の本の中の彼は知らないという事だ。


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