13 目覚めない朝

 日曜日。起きるとママが朝ごはんのウインナー&目玉焼めだまやどんを作っている。これ、好きなんだよね。


「ママだいじょうぶ? 元気になったの?」

「うん、平気だよ」

「良かった。パパは?」


「トラブルがつづいていて帰れないって、昨日の夜メールが入ってた。今日も帰って来れないかもって」

 しかしママは、朝ご飯を食べるとまたねむいと言い出して大きなあくびをした。


「やだ、どうしちゃったのかしら。昨日あんなにたのに」

 言いながらまたあくびをして、リビングのカーペットでまるくなってしまう。

「ママないでよ! 起きて!」


 大きな声でんでも体をゆすっても起きない。これちょっとおかしくない?

 ママに苦しそうな様子はなくて、安心した顔ですやすやているだけ。けれどきゅうこわくなる。


「どうしよう…! ええと、パパの携帯けいたいに電話とメールしなきゃ…」

 ふるえる手でボタンを押したけれど、コール音がつづくだけだった。


 そうだ、今日はさくらと野良のらネコの調査ちょうさをする約束をしてるんだ。ちょっと早いけど行ってみよう。さくらのお父さんお母さんならたすけてくれるかもしれないし。


 あせって着がえて外に出ると、おかしいのはママだけじゃないと気がついた。

 車が一台も通らないんだ。それにしずかすぎる。

 日曜日の朝なのに、庭の手入れをしたり洗車せんしゃしたり出かけていく家族の姿すがたが一つも見えないなんて…


「どういうこと!?」

 イヤな予感よかんがする。そしてさくらの家のインターフォンをして、その予感が的中てきちゅうしてしまった。

「さくらぁ! おねがい、出てきてよぉ!」

 しかし何十回押しても返事はなかった。


 一人ぼっちで帰る途中とちゅう、家の前を通り過ぎるとロシアンブルーの方へ向かって坂を上っていく。


 朝だから店は開いてない。玄関げんかん横のまどから中をのぞくけど、暗くてよく見えない。

「お猫様ねこさま~いるんでしょ~」

 ガラスをトントンしても、中で何かが動く気配はなかった。


 すると、アーチじょうの玄関ポーチの内側うちがわにインターフォンがあるのに気付く。カフェは三階建さんかいだての家で、もしかするとクロツキは上の階に住んでいるのかもしれない。

 まよいながらしてみる。けれど返事へんじはない。もう一回。


「いないのかな…、今日もル・ブランで修行しゅぎょうなのかな」

「なんの用だ」


 いきなり後ろから声がして、ネコみたいにぴょーんと飛び上がりそうになる。り返ると、黒いジャージ姿すがた灰色はいいろネコだった。

「どっ、どっか行ってきたの?」

「走ってきた」


「こんな朝から? そういえばうちのシナモンちゃんも、早朝そうちょう階段往復かいだんおうふくダッシュで一人運動会してたもんね」

「早朝に走るのはネコの習性しゅうせいだからな。それにどんな仕事でも体力は一番大切だ」


「あのね、うちのママがてばっかりで、何しても全然ぜんぜん起きないの。それに車が通らないしだれも外に出ていないし、おかしいよね?」

「おれもヘンだと思った。毎朝すれちがうおじさんが今日は走ってなかったし、まち全体がしずかすぎる」


「パパとも連絡れんらくが取れなくて、どうしよう」

「連絡が取れない? 昨日は会社から帰ってこなかったのか?」


「何かトラブルがあったみたいだけど…。携帯けいたいにも出てくれないしメールも既読きどくにならないし。パパだいじょうぶなのかな。一体どうなっちゃうのかな?」


 ぶわっと急に不安が大きくなって、なみだ一粒ひとつぶこぼれてしまい、あわててぬぐう。見られちゃたかな?


「とりあえず入れ」

 カギを開けて、クロツキはカフェに入れてくれた。

 お猫様ねこさまはやっぱりたなの上でてる。どこからかナナちゃんがやって来て、わたしの足にスリっとしてゆかにごろんとした。


「みゃあん」

「元気づけてくれるの? ありがとナナちゃん」

 ナナちゃんのおなかをなでる。やわらかくてすべすべしたナナちゃんの体をさわっていると、不安でいっぱいだった心が少しなごむ。


 クロツキはお湯をかしながらネコ二匹にひき分の朝ごはんをうつわに入れ、お猫様ねこさまにはたなの上に置いてあげている。

 それから透明とうめいなポットに茶葉を入れ、わたしの目の前でお湯をそそいだ。茶葉がくるくる上がったり下がったりするのを見ていると、何も考えずにいられるからふしぎ。


 温めた牛乳ぎゅうにゅうとお砂糖さとうをマグカップに入れて、それからお茶を一気に注ぐと、きれいなミルクティー色になる。

 流れるようなクロツキの動きはまるで音楽をかなでているみたいだ。


「分からない事だらけだが、きっと大丈夫だいじょうぶだ。これ飲んで落ちついたら考えよう」

「ありがとう…」

 きっとだいじょうぶ。そうだよね、そう信じよう。


 不安と朝の冷たい空気に心まで冷やされていたけれど、クロツキのミルクティーはあたたかくほぐしてくれるようだった。

「この間自分でもミルクティーを作ってみたけど、全然ぜんぜんおいしくなかったんだよね。クロツキは特別とくべつなことはしてなさそうなのに、何がちがうんだろう?」


「特別なことをしてないように見せるのは演出えんしゅつだ。本当は一瞬いっしゅんたりとも気がけないんだぞ。一杯いっぱいのミルクティーをいれるのに、気をつけなきゃいけないポイントは山ほどあるんだからな」

「あ、そっか…」


 だからあんな真剣しんけんな横顔でいれてるんだ。

 ふいに思い出してしまい、急に心臓しんぞうのドキドキが加速かそくして体が熱くなる。 

 するとクロツキは灰色はいいろ肉球にくきゅうをわたしに向けた。


「本当は400円だが、350円に負けてやる」

「え、お金取るの? わたし注文ちゅうもんしてないんだけど!」

「これは試作品しさくひんじゃないし、店の手伝てつだいもしてないんだから、タダのわけがないだろう」


「ずるいー! 先に言ってくれれば飲まなかったのに!」

冗談じょうだんだ」

「もーっ!」


 するとナナちゃんが音もなくふわっとカウンターの上に乗ってきた。

「みゃあぁん」

 これまで聞いたことないようなあまえた声で鳴いて、クロツキの手に頭をすりつける。ふ~ん、大好きなんだな。


 クロツキは頭をなでてやると、おさらにバラのマークの高級こうきゅうミルクをそそいだ。

「ナナちゃんて、クロツキの彼女カノジョなの?」

「え?」


 ナナちゃんは「あたしのこと?」という顔でこっちを見たけど、すぐにミルクを飲み始めた。

「だって、前に見た白ネコちゃんはコタツの彼女でしょ?」


「おれはい主だ。ナナはよその家の飼いネコだったが、飼い主は仕事がいそがしくて全然ぜんぜんかまってやらなかったらしい。朝早くに家を出て帰ってくるのは毎日夜遅よるおそくだし、休日も遊んでくれず、ブラッシングもツメ切りもしてもらえてなくて、ある時おこって家出してきたんだ」


「え~っ! それじゃってる意味ないじゃん」

「人にはそれぞれいろんな事情じじょうがあるのは人間になってみて分かったけど、家ネコにとっては飼い主が世界の全てなんだから責任せきにんもってほしいよな」


「じゃ、今はお猫様ねこさまとナナちゃんの二人分をクロツキが面倒めんどう見てあげてるの? ツメ切りとかブラッシングとかも?」

「ああ」

 ネコがネコのトイレ掃除そうじしたりご飯をあげたり、なんだかすっかり見慣みなれちゃったな。


「うちのシナモンちゃんはブラッシング大好きで、わたしがブラシを持つといつもおなかを見せてくれたんだぁ。クロツキはする方としてもらう方どっちがいい?」


「………おれはしてもらったことはない」


「え…、そうなんだ」

 小さな声だったけど、すべてをさえぎるような雰囲気ふんいきに、わたしはそれ以上聞けなかった。


 わたしとナナちゃんをのこして、クロツキは【private】のドアに消えた。しばらくすると、上からドスンッ! バッターン! ウニャオーゥ! シャーッ! と、にぎやかな音がする。


 ふたたびクロツキがあらわれると、後ろにははなさえたコタツがいた。きっと高速こうそくネコパンチされたんだろう。


「なにすんだよ…オレが朝は弱いの知ってるくせに」

「街がおかしなことになってるんだよ。一緒いっしょに来い」

「来いってどこにだよ?」


 クロツキはわたしを見た。

凛花りんかのパパを探しに行くぞ。マンクス製薬せいやくビルだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る