11 お猫様のひみつ

「やっと着いた…」

 今日はひんやり肌寒はだざむいくらいなのに、あせだくになってしまった。ハアハアしながらお屋敷やしきの大きな門に着くと、横の小さな通用門つうようもんが音もなく開く。


「ぃよしっ!」

 気合を入れて中に入ると、後ろで門は音もなくじた。ずっと力を入れつづけてきたうでもそろそろ限界げんかいで、プルプルきてる。もう、この庭広すぎるよ!


 ジャングルみたいにしげる木の下を通り、ようやく玄関げんかんにたどり着く。ガチャリ! と大げさな音を立ててドアが開いた。前と同じで、薄暗うすぐら玄関げんかんホールにはだれもいない。


「あのう! 約束やくそくどおりお店の三毛ネコをれて来ました」

「まっすぐつき当たりの部屋に入りな」

 ガラガラ声だけがして、わたしは手さげを引きずりながらおく部屋へやへ足をふみ入れる。


「うわ! 魔女まじょっぽい」

 だって壁紙かべがみとカーペットはむらさき色、カーテンも紫、家具かぐは黒で統一とういつされて、シャンデリアまで黒いんだもん。クモののオーナメントがかざられ、つくえの上にはガイコツの目が赤く光ってる。


「いいだろう? もうすぐハロウィンだからね。イッヒッヒッヒッ」

 モニターが三台置かれたパソコンデスクから、長ぁ~いしっぽをゆらゆらさせて魔女まじょネコが立ち上がる。そっか、ハロウィンか。つくえの上には白黒のカボチャのオブジェがならんでいる。


 今日の魔女まじょネコは銀色ぎんいろにギラギラ光るド派手はで洋服ようふくで、魔女っていうより宇宙人うちゅうじんだ。


「そこに出しな」

 楕円形だえんけいの黒いコーヒーテーブルを、ヒョウがらつめで指さす。きっとネイルアートしてるんだな。


 ふくろを開けると、おなかがいっぱいになったお猫様ねこさまは丸くなってていた。なんてのん気なんだろう…、ちょっとはこわがらないのかな。


「むあぁったく! 毎日っちゃ食っちゃ寝しかしないからそんなにデブるんだよ! 起ぉきなぁ! 陽子はるこ!」

 陽子? お猫様ねこさまの名前、陽子はるこっていうんだ。人間みたい。


 魔女ネコに怒鳴どなりつけられても、お猫様は知らん顔でねむつづけてる。両手りょうてでヒゲをムギュー! と引っられて、ようやくちょっとだけ目を開けた。


「みぃゃあ」

「ぬぅあんだい! 『こんなおばあちゃんと思わなかった』だってぇ!? 当たり前じゃないか、五十年ぶりなんだからね」


「五十年ぶり!? てことはお猫様、何歳なんさいなの!?」

 ネコの寿命じゅみょうは長くても二十年くらい。五十年以上生きるなんてこと、あるの?


「その前にそこの二人、コソコソかくれてないで上がって来な」

 魔女まじょネコが言うと遠慮えんりょがちにテラスのき出しまどが開き、むらさきのカーテンの向こうからクロツキとコタツが入ってきた。二人とも本気でケンカしてきたみたいで、服がやぶれている。


「ネコになって五十年も楽しんだんだ。陽子はるこ、いい加減かげん人間にもどったらどうだい?」


 ポッカーン。


 わたし、クロツキ、コタツは口を開けたまま顔を見合わせた。

 ネコになって五十年? つまりお猫様ねこさまは、本当は陽子はるこちゃんていう名前の人間だったってこと? 


「あたしゃねぇ、ずうっとアンタに文句もんくを言いたくてこの時を待ってたんだよ。ちぃとくらいは努力どりょくさせようと思ってこの家を追い出したのに、色んな家のいネコになって苦労くろうもせず生活してえまくってねぇ!」


「ねぇ、お猫様ねこさまが人間だって知ってた?」

 魔女まじょネコの話があまりに衝撃的しょうげきてきで、わたしはさっき引っかかれたこともわすれて、となりのクロツキのネコ耳に小声でささやいた。


「いや、初めて聞いた」

魔女まじょは元ネコでしょ。で、お猫様は元人間。つまりい主と飼いネコだったってこと?」

 どう、この推理すいり。また『戦国名探偵せんごくめいたんていレン』みたいにわたしはビシッ! と背景はいけい閃光せんこうとともにひらめいた。


「ちょっとて、なんで魔女様まじょさまが元ネコだと知ってるんだ?」

「だってネコの姿すがたしてるじゃん」

「そうなのか? おまえにはそう見えるのか? おれたちにはヒョウがらかみをしたおばあさんにしか見えないが」


「えっ、クロツキにはネコに見えてないの? じゃあコタツのことは? 黒ネコに見えないの?」

「ただの宅急便屋たっきゅうびんやのこれといって特徴とくちょうのない男だ」

わるいかよ! 普通ふつうが最高だろ」


「そこっ! ぅるっさいんだよ! 聞く気が無いんなら出ていきな!」

 魔女まじょネコに怒鳴どなられて、わたしたちは三人そろって下を向いた。


 それにしても、ネコの姿に見えているのがわたしだけだったなんて。このイチゴメガネすごいかも。だからって何の役にも立たないんだけどね。


魔女様まじょさま、おれは人間になってから、人間のらしのことをお猫様ねこさまから教わりました。とてもかしこいネコだと思っていましたが、それはお猫様が元人間だからいろんなことを知っていたということですか?」


 クロツキに聞かれて、魔女まじょネコはお猫様の丸い背中せなかをぽんとした。


「こいつは陽子はるこというネコが大好きな小学生だった。ちょうどそこの凛花りんかと同いどしのね。あたしは飼いネコで、陽子とは食べる時もる時もいつも一緒いっしょだった。他にもこの家には野良のらネコがたくさんやって来てね、陽子は毎日エサをやってかわいがっていたんだ。そんなある日、言ったのさ」


『わたしネコになりたいなぁ。ねえ、わたしと入れわらない?』


「ネコになりたいと強くねがい続けた陽子はるこは、ひだまりのビー玉が魔法まほうの力を持つとゆめで見て知って、野良のらネコたちから集めたんだ。あたしは陽子がよろこんでくれるならいいと思っていたが…、今思えば大きな間違まちがいだったねぇ」


「それじゃ二人は入れわって、ネコだった魔女様まじょさまが人間の陽子はることして生きてきたのですか?」


「そうさ。陽子の親をがっかりさせないよう必死ひっし勉強べんきょうして、アメリカに留学りゅうがくしたよ。けどアタシが努力どりょくしている間こいつは何をしてたかといえば、一日中ゴロゴロして気が向いた時だけちょっとあそんで、食べて、食べて、ひたすらる! あたしゃそんなくっだらない人生をおくらせるために陽子をネコにしちまったのかと後悔こうかいしたよ。このままじゃ本人のためにならない。そこで世間せけんきびしさを分からせるために、五十年前にこの家からい出したのさ」


 一日中ゴロゴロしてのんびりごすのは正しいネコの生活だと思うけど…。

 わたしにだって学校めんどくさい、行きたくないって思う日はある。一日中ゴロゴロして好きなだけ動画を見てられたら最高さいこうだよ。


 けれどネコになったらもうクラリネットをけないし、さくらともしゃべれないんだもん、それはいやだよ。

 でもお猫様ねこさまはそんな生活を五十年以上もやってることだよね。長すぎて想像そうぞうつかないや。


「ところがこいつはい出されてからも何の苦労くろうもせず、どこかの家に居座いすわってはってて出すだけ、究極きゅうきょくのナマケモノ人生ニャンせいさ。むあったく!」

 そう悪態あくたいつかれてもお猫様はどこく風。のんびりと大あくびしている。


「アンタのためにひだまりのビー玉を集めてある。今日は人間に戻るんだよ。いいね!」

「みゃあぁお」


「ゴロゴロしながらいろんな想像そうぞうしてねむくなるのが最高さいこうしあわせだって!? 五十年もって、むぁだきないのかい! ネコよりネコっぽいじゃないか!」


「さっすがお猫様ねこさま…。オレ五十年もそんなの絶対ぜったいムリだ」

「生き方もしあわせもネコそれぞれってことか。勉強になるな」

 そう言って、となりのネコ二人はお猫様に手を合わせておがんでるし。


「いいから始めるよ!」

「にゃおっ」

「ヤダじゃないよ! あきらめな!」

「なおぉぅ…」


 そのき方があんまり悲しそうだったから、思わずわたしは言ってしまった。

「イヤがってるのにかわいそうだよ」


「かわいそうだぁ? 言ったね、決めた、お前をネコにしてやろう」

 しまった! 余計よけいなこと言っちゃった!

 魔女まじょネコはニタァとキバを見せる。


「なんでそうなるの!? わたし、ちゃんと約束やくそく守ったのに!」

「ネコは気が変わりやすい生き物だからねぇ。ネコに約束なんか期待きたいしちゃいけないよ」

「ずるーい!」


「ぬぁに言ってんだい。人間なんか自分たちの都合つごうで平気で生き物をてたり、命をうばうじゃないか。人間こそ信用ならないさ。そうだろクロツキ?」

 ばれたクロツキは、ぞっとするような冷たい目でわたしを見た。


「人間は自分のことしか考えないし、うそばかりつく。ネコにして一生口をきけないようにしてはどうですか」


 なんで…? どうしてそんなこと言うの?

 その目はわたしを、人間を心のそこからきらっているとしか思えない。『人間なんて信じられるか!』と言った時と同じだ。


 悲しかった。体のん中に大きなあなを開けられたようで、もうわたしはクロツキの顔を見られなかった。


 でも、ネコになんてなりたくない。げなきゃ!

 部屋のドアに向かって走るけど、ガチャ!とカギがかかった音がする。ノブを動かしてもびくともしない。


 次はクロツキたちが入ってきたテラスまどだと思った時、ちょうど夕日が窓を照らす。金色のまぶしい光が差し込み、窓際まどぎわのテーブルに置かれたビンに当たると、虹色にじいろかがやき出す。

 ひだまりのビー玉がビンにいっぱい入ってるんだ。


「何色にしてやろうかね。いろんな色をごちゃぜにしてやろう。ドムドムラトルビサマントルトアズパーブア~~イィーーーーッヒッヒッヒッヒッヒ!」


 呪文じゅもんとともに虹色にじいろの光は丸くふわふわとかび、魔女まじょネコがわたしを指さすと、ドッジボールみたいに一直線いっちょくせんかってきた。

 どうしようけられないよ! わたしドッジボール超苦手ちょうにがてだし!


 その時、鏡餅かがみもちみたいな真ん丸な体が、ありえない素早すばやさでわたしの前にぴょーんとんできて、光を受け止めた。

「お猫様ねこさま!?」

「ほえっ?」


 魔女まじょネコの間抜まぬけな声が聞こえる。それから部屋中が虹色にじいろの光につつまれて、まぶしくて目を開けていられない。

 すると、だれかがわたしのそばでささやいた。


凛花りんかちゃんにおねがい。二人を助けてあげてね』

 

 魔女ネコじゃない。女の子の声だ。

「だれ…?」


 しかし返事へんじはない。思いきって目を開けるとだんだん光が小さくなり、ん丸なお猫様がネコの姿のまま、ドテッとバランスをくずしながら着地ちゃくちした。


 そっか、人間をネコにする魔法まほうだから、元々ネコのお猫様ねこさまには何も変わらないんだ。と思ったら、がらが変わってるぅ! 


 三毛ネコだったのが、何色と言っていいのか分からないまだら模様もようになっていた。お世辞せじにもきれいと言えない。わたし、あんなネコにされてたってこと?

 けれどお猫様ねこさまは一人のんきに顔を洗っている。


「わかりました、お猫様がそうおっしゃるなら…!」

 いきなりクロツキが手さげぶくろをがばっとかぶせて、お猫様を回収かいしゅうした。それからわたしの手をつかんで、テラスまどけ出す。


ぁちなぁ!」

魔女様まじょさま失礼しつれいしまーす!」

 コタツが魔女ネコをさえたすきに、クロツキはわたしとふくろかかえてジャンプし、雑草ざっそう放題ほうだいの庭に着地ちゃくちする。


「走るぞ!」

 手を引かれたまま、ネコダッシュのものすごいはやさで庭の景色けしきがビュンビュンんでいく。メガネがガクガクれて、クロツキの後姿うしろすがたがネコになったり人間になったりする。


 もうスピードで門の外に出たところで、スーツを着たおじさんとぶつかってしまった。メガネが完全かんぜんに下にずれる。

「ごめんなさい!」


 一応謝いちおうあやまったけれど、わたしもクロツキも相手の顔も見ずにダッシュで通りぎた。


 おじさんはお屋敷やしきをずっと見ている。そして、スーツのむねには見たことのあるマークがついていたんだ。

 パパも同じのをつけている。天狗てんぐのうちわみたいな、マンクス製薬せいやくの五角形のバッジだ。


 無我夢中むがむちゅうで走っていたから良く見えなかったけど、ズレたメガネをし上げながらすれちがった時、おじさんの後ろにしっぽがあったような気がした。

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