第二章 男の娘ニンジャと、はじまりの村

凍てる空の君

 翌朝から、ボクは女性らしい生活を強いられた。


「やだぁ。実の娘よりキレイですわぁ」


 上等な櫛でボクの髪をブラッシングしながら、ヘルマさんが言う。


 ボクはまさに、ヘルマさんの人形と化している。


「髪もサラサラでキレイ。カミラなんて髪をいじらせてもくれなかったんですよ。ひどいです」


 カミラは、父親に似て脳筋マッチョの化身として育ってしまった。そのため、ヘルマさんは「女の子らしければ、男でも一向に構わん!」という思考になってしまったみたいだね。


「あのー、ヘルマさん、ボクはもっと、男らしい服装がいいです。まさか、これで出歩けとか言いませんよね?」

「いいんじゃないですか? むしろ自然かと思いますよ。誰も咎めません」


 ボクの認識って、村ではそんな感じなの?


「せめてズボンを履かせてもらえませんか?」


 聞いてみて渡されたのが、かぼちゃ型のボトムスだった。これだと余計に女性らしさを強調しそうだけれど。

 うーん、背に腹は代えられないか。


「なにか仕事してきます。魔物くらいは出るでしょ?」

「そうですねえ。多少は」


 村の作物を狙って、ゴブリンやコボルトくらいなら出る。あまりに数が少なすぎて、ギルドも素通りしてしまう。ほとんど、初級冒険者任せだ。


「お気をつけて。あ、脱走なんて考えちゃダメですよ」

「はあい」


 ボクは返事をする。


「キュアノちゃん、見張っててくださいね」

「承知した」


 うわ、キュアノの装甲の本気度がすごい。白を基調とした配色に、緑や黄色の縁が走る全身ヨロイである。手には、鞘に収まった物々しいサーベルが握られていた。どこへ戦争へ行くだろう、ってくらいである。


「では、お気をつけて」


 ヘルマさんは、二人分のお弁当をくれた。


「ついでにキュアノちゃん、お夕飯の買い出しもお願いします」

「わかった」


 ボクたち二人は、外へ出る。


「うわ、何も変わっていない」


 名物である巨大風車も、川のせせらぎも、小麦をひく水車も。昔のままだ。パン屋さんが代替わりしたくらいかな。


 みんな、ボクのことをみているなぁ。小さい村だから、そんなに視線は気にならないけれど。


「おかえりなさい、サヴ」と、知り合いのおばさんが声をかけてきた。


「ただいま」

「可愛らしい格好ね」

「う、うん、ありがと」


 あまりうれしい褒め言葉じゃないけれど、苦笑いで返答する。


「もしよかったら、ずっとここにいてね」

「はあい」


 まあ、脱出ルートくらいは確認するけれど。

 あんなところにいたら、身も心も女の子にされちゃう。

 今のヘルマさんなら、ボクの大事なところまでちょん切ってしまいそうな勢いだ。


 村の役所へ行く。この村には、各種ギルドはない。けれど、村役場でなんでもまかなう。それだけ、ここは小さいのだ。


「こんにちはぁ」


 冒険者課の窓口へ。


「あら、可愛らしいお客さんっと思ったら、サヴさんでしたか」


 受付嬢のお姉さんが、おじぎをした。


「そちらは、キュアノさまでしたね」

「うむ。キュアノ・エイデス」

「エルフ伝説の剣士、『凍てる空の君』がこちらにおいでくださるとは」


 なんだか、物騒な二つ名が出てきたけれど?


「えっと、凍てる?」

「ご存じないですか? 凍てる空の君は、勇者と並び称されるエルフの英雄ですよ」


 里を襲撃した魔王の配下を、一人で撃退したらしい。

 そんなにすごい人なの、キュアノって?


「本来なら、こんなところにいる人じゃないんですけれど」


 ますます、脱走しづらくなったぞ。


「聞きましたよ。パーティ契約を解除されたとか」


 まあ、一方的だけれど。


「もう村じゅうに、ウワサは広まっているみたいですね?」

「そりゃあもう。村一帯、ホルストさんへの殺意が高めですよ。ともかく、ホルストさんなりの優しさなんでしょうけれど。魔王退治は、危ないですから」


 村でも、そこしか評価していないらしい。


「みんなサヴさんがお好きなので、どうしてもホルストさんには嫉妬してしまうようでして」

「嫉妬?」

「サヴさんは自分が嫁にしたいと……」


 怖いな。聞くんじゃなかったかも。


「ボクができそうな仕事は、ありますか?」

「コボルト退治、ゴブリン退治、薬草採取に至るまで、初級の冒険者が担当していますね」


 掲示板の依頼書も、ほとんどが契約済だった。



「へえ。魔物の数が、増えている?」

「そうですね。最近できたダンジョンの影響ではないかと」


 ここから南へ進んだ先に、ダンジョンが新設されたらしい。


「ホントだっ。確かに、調査依頼は来てますね」


 強い魔物の気配がするので、誰か見に行ってくれないかとのことだ。初級の冒険者では危険で、中級は部下の育成で手が離せないという。


「ボクが見てきましょうか?」

「では洞窟探索と、そこにいるであろう魔物退治をお願いします」

「はあい」


 依頼書にサインをして、契約完了っと。ギルドカードに依頼書を当てる。魔力による通信で、依頼達成できたかどうかが自動的に通知される。


「例のごとく、イレギュラーの野良モンスターも退治したなら、ご報告ください」

「はぁい、行ってきます」

「あ、そうそう! ギルマスに会われますか?」

「お構いなく!」


 ボクはダッシュで逃げ出した。

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