エルフ、キュアノ・エイデス

「ホルストだ。キミが、エルフの里から来たという」

「私が留守中に、里をオークロードから救ってくれたと聞いた。感謝する」


 キュアノさんがお礼を言うと、ホルストが後ろにいたボクを親指で指す。


「オークロードをやったのはコイツだ。オレは里を守るので精一杯だった」


 キュアノさんと、ボクの目が合った。


「サミュエル・ヴォン・ブランケンハイムです。はじめまして」


 女性エルフ執事のキュアノさんに、ボクは頭を下げる。


「ブランケンハイム……この村と同じ名前」


 不思議そうな顔をして、キュアノさんは虚空を見上げた。


「ああ、領主サマとかじゃないです。ブランケンハイムは村の名前ってだけで、厳密にはボクの名字じゃなくてですね」


~からヴォン」と付けているのは、「ブランケンハイム村から来たよー」という意味なのだ。

 この国のそこそこな実力者は、「〇〇・ヴォン・ブランケンハイム」姓を名乗っている。


「サヴと呼んでください、キュアノさん」

「敬語じゃなくていい。呼び捨てで構わない。私はあなたの配下」

「じゃあ、ボクも配下じゃなくていいよ。友だちになろう。よろしくねキュアノ」


 会釈ではなく、握手であいさつをした。


「メイド服じゃないんだね?」

「ヒラヒラして動きにくい」


 だよね。ボクもイヤだったよ。特に貴族の視線とか。やたら短いスカートを履かされたっけ。


「里を救ってくれて感謝する」

「いえ。ボクは魔物を、やっつけられなかったよ」


 和解はできたけれど。あれよ、「河原で殴り合っていたら、意気投合した」ってカンジの。


「モンスターと和解できること自体、イレギュラーなこと。あなたは誇っていい」


 そうなのかなぁ。


「あなたがいなければ、里の女たちはオークの苗床にされていた」

「ええ……」


 リアリティのある話に、少しゾッとした。オークロードは紳士だったが、ほかはヒャッハー系だったからね。


「ほんとにボクは、大したことはしていないよ。礼を言うなら、ホルストに」

「サヴ、いいんだ」


 ボクらが問答をしていると、トタトタと小走りに廊下を走ってくる音が。


「あら、ぼっちゃま。よくお帰りで」


 キッチンの方から、おしとやかな三〇代ほどのメイドさんが現れる。しかし、見た目だけだ。実際はどれくらいの年齢なのかは知らない。こちらは、女ドワーフである。

 やはりホルストは、この家を強い種族に守らせているらしい。


「さあさあホルスト様、今すぐお茶を」

「ただいま、ヘルマ。すまんが、オレはギルドの手続きで忙しい。仲間にも、サヴが抜けた事情を伝えないと」


 ヘルマと呼ばれたメイドさんは、ホルストの言葉にガッカリした。


「えらい急ですね」

「その代わり、こいつをもてなしてやってくれ。知っているだろ、サヴだ」


 ボクの顔を見て、ヘルマさんが笑顔を見せた。  


「はじめまして。サミュエル・ヴォン・ブランケンハイムです」

「ヘルマです。うちの娘が世話になりましたねぇ。ワタシがもう少し若かったら、お仲間になりましたのに」

「は、はい」


 聞くと、家のパーティに娘がいるらしい。


「カミラのママさんですか?」


 仲間の女ドワーフといえば、おそらくカミラだな。

 そう思って尋ねたら、「そうなの!」とヘルマさんは答えた。



 後衛の【プリースト】なのに、モーニングスターで殴りに行くから大変である。


 彼女を止める役割も、ボクが担っていた。


「で、この子がキュアノちゃんです。かわいいでしょ? キュアノちゃん、自己紹介はなさったんですね?」

「すでに終えている」


 ヘルマさんが聞くと、キュアノはうなずく。


「ならよかったわ。サヴちゃん、キュアノちゃんと仲良くなさってくださいね」

「はい」


 ここで、ホルストが「手はず通り頼む」とヘルマさんに伝える。


「心得ております」


 どうしたの? 急にヘルマさんがワッルーい顔になったけれど?


「あらためて、サヴ。お前にはここで暮らしてもらう。必ずいい男になって、魔王を倒して迎えに行くからな」


「魔王を倒してくる」だけでいいのに。


 ホルストの告げた動機が動機だけに、ボクは返す言葉が見つからない。ただ見送ることにする。


「ではヘルマ、よろしく頼む」と、ホルストが屋敷を出た。


 あっけないお別れだなぁ。 

 でも、それが慌ただしいボクたちらしいのかもしれない。


「さーてとっ、お腹すきましたよね? お夕飯にしましょう」


 ヘルマさんが、エプロンを結び直す。


「あの、キュアノは手伝わないの?」


 キュアノを見ると、彼女は何も用意する気配はない。


「もう手伝ってくれました。お買い物と、狩りを」


 狩りって。ワイルドだなぁ。


「今日は、キュアノちゃんが獲ってきたイノシシを調理しますよ」


 材料調達の担当なんだね、キュアノは。


「この子は狩りとお茶くみは得意なんですけど、お料理は……」

「料理なら、ボクに任せて」


 ボクは腕をまくる。


「そんな。帰ってきたばかりの英雄様にお料理をさせるなんて。ワタシも腕によりをかけますよ?」

「体を動かさないと、どうにかなっちゃいそうなんだ」


 食器類の準備、パンを焼く担当などをヘルマさんにはお願いして、ボクは肉料理と、スープを作る。


「あっ忘れていました!」


 急に、ヘルマさんが手を叩く。


「なにをです?」


「エプロンをご用意いたします」


 いいって、そんなの!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る