第40話 複雑な女心 **

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(私、性格悪い……)


 その日の授業中、春風あかねは手にシャープペンシルを持ちながら、自己嫌悪に陥っていた。

 転校生がやってきて二日目のことである。昨日の放課後、家に帰ったからずっと自分のことを責め続けていた。


(隠川くんの彼女があの転校生の子って分かってから、ずっと嫌な気持ちになる……」


 今も、教室の後ろの席を見れば、転校生の栞音さんと彼が隣同士の席で教科書を見ているはずだ。

 二人は隣の席なのだ。左隣の席が、栞音さん。そして左の席といえば、思い出すことがある。それは去年のことである。


 去年、まだ隠川くんが引きこもりになる前。

 同じクラスだった自分たちは、席も隣同士だった。

 それで、その時の彼の左隣の席が、自分の席だったのだ。


 つまり。


(……重なる)


 一年前のあの時の自分と、今の転校生の栞音さんの姿が重なってしまう。


 一年前のあそこは、私の席だったのに……。と、そう思ったものの、違うのだ。逆だ。離れていた栞音さんのポジションに、ただ自分がいただけなのだ。


 だから、今の状況はただあるべき姿に戻っただけ。


 そもそも、自分と隠川くんの間には何もないのだし、嫉妬するのは間違っている。


 嫉妬……、そう、自分は今、嫉妬してしまっているのだ。


 あの転校生の彼女に。


(羨ましい……)


 そう思うだけで、嫌いになりそうだった。自分のことが、だ。


 昨日から、まともに彼とも話すことができなくなっている。妙に意識してしまい、なんだか緊張して彼とうまく喋れない。


 彼は転校生のことがずっと前から好きなようだから、彼にはもう近づいてはいけないとすら思えてきた。


 ……これは、恋人持ちの相手に近づいてはいけないという、無意識のセーフティーが働いているのだ。

 春風あかねもクラスの人気者で明るい性格をしているのだが、その中身は普通よりもこういうことを気にする子だった。

 だからこそ、もう金輪際、隠川くんと喋ってはいけないとも思ってしまう気持ちになる。


(でも……そんなの無理だ。だって私も隠川くんのことが好きなのだから……)


 やっと正直になったこの気持ち。だけどその時にはすでに遅く、彼には親しい思い人がちゃんといたのだった。



 * * * * *



「はぁ……」


「おっ、春風さん、お悩みですか?」


「あっ、安良岡さん……」


 昼休みになり、お手洗いに行くと、同じクラスの女子が声をかけてくれた。

 安良岡みずさ。この子もよく隠川くんと距離が近い子であった。ちなみに彼氏持ちの子だ。自分よりも何ランクも上にいる子である。


「あ、ちょっと待って。今、春風さんが何に悩んでいるか当てるから、任せて」


「え、あっ」


 明るい表情でそんなことを言う安良岡さん。


「ズバリ、恋の悩みだね?」


「うっ”」


 正解だった。


「お相手は、隠川くんだね?」


「うっ”」


 バレバレだった。


「ど、どうして分かったの?」


「分かるよっ。だって分かりやすいもん」


 安良岡さんが笑みを見せながら言う。


 自分と彼女とは今年初めて同じクラスになった。去年は違うクラスだったし、同じクラスになってからもあんまり喋ったことがなかったから、話すとなると若干緊張してしまう。


「私、そんなに分かりやすいかな……」


「分かりやすいね。それに、多分、去年から春風さんは隠川くんのことが好きだったんじゃないかな? 私たちは別のクラスだったけど、廊下で春風さんたちの教室の横を通った時、二人が結構喋ってる姿見てたもん」


「う……」


「それで、多分、隠川くんも春風さんのことは、少なからず好きだったんじゃなかったのかな……? って思ったりとかしてた。周りでも噂になってたよ?」


「そ、そうなの!?」


「うんっ。だって春風さんも可愛いって有名だったもん」


 春風あかねはモテるのである。

 去年ということは、まだ彼が引きこもる前で、色白の細マッチョになる前のことだ。

 だからどこにでもいるパッとしないモブのような人物が、そんなモテる春風あかねと一緒にいて、よく彼女の方から話しかけられていたものだから、結構目立っていたのだ。


「でも、今の隠川くん、めっちゃかっこいいもんね。私、宝山院くんと付き合ってなかったら、絶対告白して付き合って、彼氏になってもらってたもん」


 自信満々に安良岡みずさがそんなことを言う。


(堂々としてる……)


 でも、こういうところが、さっぱりしていいと思った。


「……安良岡さんは今の彼氏に不満があるの?」


「あるある! めっちゃあるよ! まあ、でも、付き合ってるし、こっちのことだってきっと宝山院くんも不満に思ってることもあると思うし、そこは相手のことを思ったり、自分のわがままと通したり、色々考えないといけないね。だって付き合ってるんだもん」


 どこか、楽しそうに惚気話をする彼女。


 不満があれど、不服ではないと言った感じだ。


 青春っぽい気がした。


 そして、自分にこんな青春はできそうにない気がした。


 自分だったら絶対に好きになった人には幻想を抱くし、もし裏切ろうものなら即座に刺す自信がある。


(私、重いかも……)


 それが分かっているから、今まで恋愛ごとは無意識のうちに避けていたのかもしれない。


 そして、去年もそうだ。

 去年も隠川くんのことは気になりつつも、告白だったりはしなかった。

 それどころか、「栗本さんのことが好きなの?」と自分ではない他の人の話題を出して、好意を寄せていた彼に対し小学生みたいな話題を振ってしまった。


 改めて考えてみても、最低である。



 だけど……もしも。



 もしも、去年のあの日。



 あの色んな人原因となってしまった一年前の、昼休みの時。


 ちゃんと自分の気持ちを自覚して、それを伝えていたらどうだったのだろう……と考えてしまう。


 もしかしたら、付き合ったりできていたかもしれない。


 すでにそう思ってもどうにもできないのだけど、そんなことを考えてしまうぐらい、今は彼のことが好きになってしまっていた。



 * * * * *



 だけど、救いはまだ残されていた。


 それは放課後である。


 自分はこの一年学校を休みがちだったこともあり、放課後、隠川くんと二人で、空き教室で補習をすることになっているのだ。

 隠川くんもこの一年間、ずっと学校にきていなかった。その原因を作ったのは自分で、だから、心苦しくなるのだけど、彼との二人での時間を送れるのは、今の彼女にとって何よりも望んでいるものである。


(やっぱり私、最低だ……)


 そう思いつつも、放課後の自習室で彼がくるのを待っていた時だった。



「え〜、じゃあ今日から転校生の栞音詩織ちゃんも、放課後の補習に加わるから隠川くんと、詩織ちゃん、そして春風さんの3人で頑張ろうね」


(うわあああああああぁぁぁぁぁん!)


 担任の先生がそれだけ告げて、空き教室を後にすると。


 残されたのは、自分と隠川くんと転校生の彼の想い人の3人だけになり。


 恐らく両思いである二人と一緒の空間にいることになった春風あかねは、気まずい思いをしながら、心の中で泣くことになるのだった……。


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