第37話 転校生の栞音さん


 六月初めの最初の日。

 教室の中が、どこか落ち着きのない雰囲気になっていた。

 転校生がやってきたからだ。


 その転校生というのは、何を隠そう詩織だった。


「では、栞音さんは、後ろの空いている席。隠川くんの隣の席に座ってね」


「分かりました」


 転校生の栞音さんが、先生に返事をして、こっちへと歩いてくる。


「隠川くん、よろしくお願いしますね」


「ど、どもっ」


「ふふっ」と照れくさそうに笑った詩織が、俺の左隣の席へと座った。


 ……ひとまずホッとできた。詩織と同じクラスになることができた。しかも、隣の席だ。


 今朝は、一緒に登校してきたし、職員室まで付き添って、詩織のクラスを聞いた瞬間、思わず俺は大声で喜んでしまいそうだった。

 それぐらい、嬉しかったのだ。


 しかし……話を聞いてみたところ、詩織は事前に知っていたとのことだった。


『もおくんの喜ぶ顔が見たかったの!』


 と、いたずらを成功したように、笑みを浮かべながら教えてくれた詩織。


 ……そうだったのか。

 俺は不安で不安でしょうがなかった…‥。


 それでも、詩織と一緒のクラスになることができた。

 これから先の俺は、多分、もう高校を休むことはないと思う。



 そして、あっという間に昼休みになった。


「「「一緒にご飯、たーべよ!」」」


 クラスの女子たちが集まってきて、詩織と一緒にお昼を食べたいと言っている。

 すでに、人気者だ。


「ねえ、栞音さん。こんな時期に転校って珍しいね!」


「うちもそれ思った!」


「あ、うんっ。実は私、今まで留学してたの」


「「「へ〜〜〜〜!」」」


 ……さらっと嘘ついてるぞ!


「田んぼと畑に囲まれたところに、留学をしておりました」


「田舎じゃん!」


「栞音さん、面白い……!」


「てへへ……っ」


 照れたように笑う詩織。


「だから、高校のこと、あんまり知らないの……。そんな私だけど、一年間、仲良くしてくれると嬉しいです」


「「「するする! 私ももっと話したい!」」」


 それからは、詩織を中心として女子トークが始まっていた。


 詩織は元々明るくて、友達も多い子だ。

 だから、この光景は小学生の頃からよく見た光景だ。

 女子たちの会話が盛り上がるたびに、教室内が明るい雰囲気に包まれて、転校生に話しかけようか迷っていた様子の他の女子たちも、詩織の元へと集まっていた。



「……すごい人気ですね」


 と、そう言ったのは、俺の右隣の席の少女。栗本さんだった。


「あの、隠川くん。隠川くんは転校生の栞音さんとお知り合いだったのですか?」


「あ、うん、実はそうで……」


「なるほど。どおりで、授業中も仲良さそうに目くばせをし合っていたのですね」


 栗本さんが「ふーん」と言ったふうに、俺の顔を見ている。


「そ、そんなに目せしてたかな……?」


「あっ、いえ、目立つほどではありませんでした。でも、私、席が隣だから、わかっただけで……」


 栗本さんが、胸の前で小さく手を振りながら、少しだけ慌てたようにそう言った。

 そして、その後、何事もなかったように話が終わり、それから俺たちは特に話さなかったものの、栗本さんが何かを言いたそうにこっちを見ている気がした。





「…………でも、そうでしたか。隠川くんが最近になって学校に来るようになったのは、彼女がいたからでしたか……。………。……私、なんでこんな気持ちになってるんでしょう……」



 * * *



 そして、放課後。

 俺は出席日数不足のため、補習があるから、春風さんと一緒に今日も補習をすることになるのだが……。


「か、かかか、かくれぎゃわくん……っ。きょ、今日も、ぎゃんばろうね!?」


「は、春風さん……」


 ソワソワとした春風さんが俺の顔を見てビクッとすると、サッと距離を取って、どこか距離を感じた。


 その距離感は先週の気まずい時の距離感で、色々戻っていたのだった……。


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