第34話 あの時の二人の女の子。


「隠川くん、やっぱり怒ってる……。さっきから目を逸らすし、そっけない返事だし……やっぱり一年前のことのせいで、怒ってるんだ……」


「あ、いや、ち、ちがっーー」


 ……でも、これは俺が悪かった。


 泣きそうな顔で、俺の顔を見ている春風さん。

 唇を噛み、瞳を潤ませて、涙目をこっちに向けている。


 ……思い当たることは、多分、ある。

 俺も、そうならないようには気をつけていたけど、やっぱりどこか気になる部分があったようだった。


「今日のお昼は安良岡さんと楽しそうにお話ししてたのに、放課後私と自習室にいた時は、ずっと険しい顔してた……」


「ち、ちがっーー、あれは……」


「あと……授業の合間とかは、隣の席の栗本さんと楽しそうに言葉を交わしてたのに、私と言葉を交わす時はずっとよそよそしくなってて……。やっぱり怒ってる……」


「あ、いや、怒ってないーー」


「嘘だ! 絶対、怒ってるもん……!」


 ……春風さんの瞳から悲しい気配が伝わってきた。


 ……でも、春風さんが言っていることは多分、全部本当のことだ。

 休み時間、隣の席という縁もあって、栗本さんとは一言二言言葉を交わしたりしている。

 栗本さんとも一年前には色々あったけど、今はほどほどの言葉を交わせるようにはなっていた。


 そして……一年前に色々あった春風さん……。

 彼女と言葉を交わすときは、俺は無意識のうちに目を逸らしてしまっていた。


「お、怒ってるから、目を逸らすんだ……!」


「ち、ちがっーー、ただ、それは、緊張しているだけで……」


「で、でもぉ……」


 春風さんが俺の手を握り、うるうるとした瞳を向けてくる。

 俺はその瞳を見ながら、そっと目を逸らしてしまう……。


「ほらぁ……!」


「ごっ、ごめん……」


「あ、ちがっ、こっちこそーー」


「あ、ううん」


「「〜〜〜〜っ」」


 ……く、くそっ。やっぱり……ダメだっ。


 同時に微妙な雰囲気になってしまう俺たち。


 ……なんというか、やっぱりあの時のことを意識してしまうのだ……。

 だから、春風さんと喋る時は、目が自然とそっぽを向いてしまう。そして多分、春風さんと喋る時の俺は不自然になっていると思う。


 普通にしよう、春風さんとも普通に話そう……そう思う度に、どこかよそよそしくなってしまっていると思う。

 そして彼女は彼女で、結構こっちに気を使ってくれて、よく話しかけてくれているみたいでもある。


 今朝もそうだった。放課後の今だってそうだ。

 春風さんも、あの時のことを気にしてくれて、気まずくならないようにと、話しかけてくれているのだ。


「べっ、別に私はそんなんじゃないもん……。私は、ただ、隠川くんとお喋りしたいだけで…………」


 俺の顔を見て、赤い顔になる春風さん。

 ごにょごにょと口を動かしていて、その耳も赤くなっている。


「でも、違うよ。怒ってないよ」


「……ほんと? 隠川くん……怒ってない?」


「うん。怒ってない」


「……っ」


 ぎゅっと、彼女の手に力が入る。


「……よかった」


 その手を自分の胸の前で握り、どこか安心したように春風さんが表情を緩める。


 そうして夕焼けの中、向かい合う俺たち。

 握られている彼女の手は熱を持っていた。両手で包み込むように、しっかりと握られていた。


 目が合う。

 彼女の頬が、じんわりと染まって見えた。

 瞳がうるりと一度揺れ動き、彼女がもう一度口を開こうとしていた。


 ……その時だった。


「「……あ」」


 突如、横から聞こえてきた声。

 見てみると、そこには女子高生がいた。

 制服を着ていて、その手には買い物袋を下げている。


 スーパーから出てきたらしい彼女たちは、俺と春風さんの姿を見ると、その買い物袋をボトリと地面に落としてしまっていた。


「「か、隠川くんと春風さんだ……」」


 ……確か、彼女たちは……。


 そして、


「「あ、あの時は、す、すす、すみませんでした……」」


「「あ、いや」」


 二人は慌てて俺と春風さんのそばまでくると、同時に頭を下げてきた。


 ……見覚えのある二人だった。しかしあまり会話をしたことはない子達だった。

 そんな子達が俺と春風さんに対し、頭を下げている。


 俺は焦った。

 いきなり謝られたからだ。しかし、なんとなく、予想はついた。


「確か、二人は、去年同じクラスだった……」


「う、うん……」


「去年の昼休み、私たちが二人を茶化したせいで……」


「二人とも、微妙な感じになったから……」」


 ……やっぱり、あの時の二人だったんだ……。


 あの一年前の出来事。

 昼休みに、俺と春風さんが恋話をしていて、「隠川くんの好きな人教えてよ」と春風さんが俺にそう聞いていた時。


 からかうように、茶化した人たちがいた。それが、この子達だ。

「春風さんって、隠川くんのこと、好きなんでしょ〜」「だから隠川くんの好きな人が気になるんだ〜」と、話をややこしく、それでいて加速させる原因になった人たちだ。


「あの時、私たちが、二人の恋話を邪魔したから、二人は微妙な感じになって、だんだん疎遠になって……」


「あ、いや……」


「あの後から春風さん、隠川くんのことを見る度に顔を赤くして、ほのかな恋心を拗らせていってーー」


「うわわわああああああああ! ちょおおおっと、今はだめえええええ〜〜!!」


「「ぎゃ!」」


 真っ赤な顔で、慌てて、二人の口を塞ぐ春風さん。

 そして「……ちょ、ちょっと待っててっ」と言うと、二人の手を握り、ささっと少し離れてしまった。


「…………」


 一人、取り残される俺。


 でも……すみませんでした、か。

 ここでも謝られるなんて思っていなかった。一応、彼女たちについても、別に謝られることではないと思う。

 あれはそういうのでもないし、さっき謝られて、ようやく思い出したぐらいだ。


「ご、ごめん、隠川くん、待たせて」


「あ、ううん。それで……」


「あ、うん。二人が謝りたいって言って……」


 春風さんの後ろには彼女たちがいて、しゅんとした顔をしていた。

 そして改めて謝ってきた。


「あの時はごめんなさい……。私たちが二人の恋話に口を突っ込んでしまって……」


「ずっと謝りたかった……。本当にごめんなさいでした……」


「あ、ううん。気にしてくれてありがとう。でも、もう大丈夫だよ」


「「隠川くん……優しい」」


 ほんのりと頬を染める二人。


 そしてこうも言っていた。


「でも、良かった……。二人が一緒にいる姿を見て、ほっとできたかも……」


「うん……。やっぱり二人はお似合いだと思う。今も放課後一緒に帰ってるし……春風さんと隠川くん、付き合うことにしたんだね。私、応援してるから、がんばっ」


「ふ、二人とも! さっきも説明したけど、私と隠川くんはそういう感じじゃなくてーー」


「「分かってる分かってる! そうだよね、ごめん! 分かってるから、もう、口挟まない!」」


「……絶対分かってない!」


 春風さんが顔を赤くして、俺と目が合うと、慌てて目を逸らしたりもしていた。



 その後、二人はそそくさと、変な気を使ったように去っていった。

 その二人の後ろ姿に、「もうっ!」と春風さんが地団駄を踏みながら、唇を噛んでいた。


「わ、分かってる……。隠川くんが好きなのは私じゃないってことぐらい……。隠川くんが好きなのは、栗本さんだもん……」


「あ、いや、ちがっ……」


「あ、ううん、ごめんね。私も分かってる。分かってるから……もう聞かない。聞いたら……希望がなくなるから。だから……分かってる」


「……こっちも絶対分かってない……」


 どこかよそよそしい春風さんに、俺は肩の力が抜けてしまう。


 その後、俺たちはとりあえずスーパーにアイスを買いに向かって、外に出て食べた。そのアイスは、冷たかった。

 そして食べ終わると、この場で解散することになり、やや小走りで去っていく春風さんの後ろ姿を、俺は見送った。


 あの様子だと……多分、誤解されている。


 俺が……栗本さんのことが好きだ……と。



「……まったく、困ったものだ……」


 夕日が眩しい空の下。

 俺は髪の毛をいじりながら、手に持っていたアイスの袋をぐしゃっと握りつぶして、カッコつけてた風に言ってみた。……なんとなく、そんな気分だったのだ。


 そして……それがいけなかったのだろう。


「……も、もお君が、こんなところでカッコつけてる」


「し、詩織!?」


 そこにいたのは、幼馴染の詩織だった。


 どうやらちょうどスーパーに買い物に来た様子の詩織は、カッコつけていた俺のことを見てしまったらしく……微妙な顔をしながら、どこか引き攣った笑みを浮かべて、苦笑いをしていたのだった……。


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