第33話 長かったけど、やっと願いが叶ったよ。

 10月に入り気候も良くなった。いよいよフォトウェディングである。

 ナオさんが日野部長と総務の大阪部長から言質を取った特別休暇を使い、平日の朝から堂々とホテル春山荘東京にいる。朝は少し肌寒いが、天気は快晴で、良い写真が撮れそうだ。

 俺の両親はフォトウェディングに立ち会わないが、ナオさんのご両親や妹さんはナオさんの晴れ姿を見に来ないのか聞いてみると「来ない」そうだ。親や妹にあれやこれやと現場で口出しをされたり、度々携帯でも写真を撮られるのが鬱陶しいらしく、「写真は後で見せるから、わざわざ来なくて良い」と断ったらしい。ナオさんらしい。

 

 俺とナオさんはホテルに到着するとすぐにコスチュームサロンへ行き、メイクや着替えである。ナオさんの方が色々と準備に時間がかかるので、湯木さんはナオさんに付きっきりでメイクやヘアセット、ドレスの着付けをしているようだ。当然、ナオさんのウェディングドレス姿は直前まで見せてもらえない。俺は別のスタッフさんに早々にタキシード姿に仕上げてもらい、ナオさんを待っている間、ブライダルサロンの藪さんと段取り確認をしていた。まずはウェディングドレスでチャペルをメインに写真を撮り、チャペルへの移動を兼ねて庭園やホテル館内でも数枚押さえる。次にカラードレスにお色直しをして、庭園で主に撮影し、ホテル館内も時間と枚数に余裕があれば撮るとのことだ。


 俺と藪さんは打合せを終えて世間話をしているところだった。

 「新婦様のご準備が整いましたー。…新郎様、覚悟は良いですか。私のここ数年で最高の自信作です。」と湯木さんがアナウンスする。サロンの一角を囲っていたカーテンが開き、ウェディングドレス姿のナオさんが出てくる。純白のドレスに花冠、手には白のグローブを着けてウェディングブーケを持っている。ドレスで足元が隠れているが普段よりも高いヒールを履いているのだろう、いつもより背が高く足が長く見える。メイクはわざとらしいチークを塗らず、普段とあまり変わらないが、リップに普段より鮮やかな色を使っていた。一言で言うと、見惚れるほど美しかった。

 「新郎さーん、大丈夫ですか?呼吸してますかぁ。」と湯木さんに揶揄われ我に返る。

 「へへへ、どうかな?…何か言ってよ。」と照れくさそうなナオさん。

 「綺麗です。とても。」

 「ユウジ君もかっこいいよ。」その場にいたみんなが笑顔になった。

 俺もナオさんも普段履きなれない高さの履物なので歩きにくい。特にナオさんは「スカートの裾を前に蹴る様にして歩いてください」と言われていて、練習も兼ねてホテル内を移動し、大理石の階段のポイントで写真撮影が始まる。濃い色の大理石の床や階段と白いドレスのコントラストが美しい。カメラマンの多摩さんは年配の男性で、「美男美女で腕がなる」と意気込みを語っていた。


 チャペル。ナオさんは「仏教徒だけどチャペルでのウェディングドレスに憧れる」と、この洋装プランを選んだ。ここがハイライトである。下見の時にも感じたが、綺麗で明るい。大きな窓から日の光が入り、ガラス越しに庭の緑や滝の流れが見える。やや女子受けを狙いすぎではないかと思わないでもないが、女性の理想や希望を具現化したような施設である。

 俺達は結婚式をせずに写真を残すことにしたが、このチャペルで指輪交換だけはしようと予め相談していた。伊予丹で購入した結婚指輪、ティファニークラシックバンドリングも既に準備できている。一緒に付いて来てくれている湯木さん達に断りを入れて、ここでささやかな指輪交換をさせてもらった。カメラマンの多摩さんは、特に力を入れて写真を撮ってくれる。日の光を考慮に入れた立ち位置や、二人のポーズや目線等のアドバイスをもらいながら、俺がナオさんの左手薬指に指輪を着ける瞬間を綺麗に写真に残してくれた。もちろん、着けているところで一旦動きを停止するように言われ、その間、多摩さんが色んな角度や距離でパシャパシャ写真を撮ってくれたおかげである。指輪を着けた二人の手のアップ写真も忘れていない。

 指輪交換の撮影の後、

 「ありがとう。…長かったけど、やっと願いが叶ったよ。」ナオさんの目には涙が浮かんでいる。30年以上この瞬間、ウェディングドレス姿で夫になる男性から指輪を着けてもらう瞬間を夢見てきたのだ。

 「こちらこそ、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。」

 「うん。」ナオさんが笑うと頬に一筋の涙が流れる。

 「湯木さん、ごめんなさい。涙でメイクが崩れちゃった。」

 「大丈夫よ。うれし涙のメイク直しなんて、美容師にとって最高の仕事よ。何度でも綺麗に戻してあげるから、気にしないで。」湯木さんも少しもらい泣きをしている。

 「ありがとうございます。へへへ。」


 この後、ウェディングドレスのまま庭園でも数枚写真を撮り、一旦サロンへ戻ってお色直しである。ブルーを基調にほんのりグリーンがかった色のカラードレス。ナオさんと湯木さん、俺も意見を聞いてもらって選んだドレスだ。ナオさんは意識的か無意識か、青や紺系統の衣服を身に着けていることが多い。シャツやブラウス、スカートやパンツ、下着もだ。ドレスとヘアアレンジを変えた他は、メイクも大きく変わらず、ブーケも同じものだ。

 「ふー、やっぱりこっちのドレスの方が楽だし、歩きやすいわ。」オヤツと水分補給をしながら、つかの間の休憩である。

 「ウェディングドレスはしんどかったんですか?」

 「うん、結構締め付けるし、高い履物で不安定だった。まあ、憧れのコスチュームを一度できたから満足だよ。これが最初で最後だし、良い記念になった。」

 

 庭園に出て撮影。地図と過去例を見せてもらって、予めポイントを選んでいたので、効率よく転々と場所を変えながら写真を撮ってもらう。カラードレスにしてからは少しカジュアルな感じで、面白おかしいポーズで撮ることもあった。快晴で空が高く、緑が映え、リラックスしたナオさんの笑顔も眩しい。ホテル館内のロビーや階段でも改めてカラードレスで写真を撮り、半日以上にも及ぶフォトウェディングが終わった。


 衣装を解いて、帰り支度をする。

 「あの、半田様、刈谷様。少し相談があるのですが。」改まった表情の藪さんに声をかけられる。「まさか今日撮った写真データが消えた?」と良からぬ想像をしたが、違った。

 「今回の撮影を拝見し、とても綺麗でいらっしゃったので、差し支えなければお二人のお写真を当ホテルやコスチュームサロンの販促用資料として使わせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」つまり、俺達が見た来客者説明用の庭園写真や過去例、衣装見本。場合によってはホームページや雑誌広告等に俺達の写真が使われるらしい。

 「私達ので良いのでしょうか?」とナオさんは口では遠慮しているが、満面の笑みである。

 「ユウジ君はどう思う?」

 「ナオさんが良いなら、俺は良いですけど。」

 「そう。…では藪さん、私達の写真を使っていただいて結構です。」

 「ありがとうございます。湯木も多摩も力が入っていて、とても綺麗なお写真に仕上がると思います。ホームページや雑誌に掲載する写真や衣装例は、女性のお客様に刺さると非常に効果が高くて、同じ写真を撮ってほしいとか、同じドレスを着たいとかリクエストがあるんですよ。」と藪さん

 「へへへ。なんか照れるな~。」

 「きっと、芸能人やモデルを使った写真よりもリアリティがあって、お客様に共感していただけるのだと思います。今後、半田様や刈谷様のお写真を見て、当ホテルのご利用を決めてくださるお客様も出てきますよ。」

 俺達は気分良くホテルを後にした。


 この日の夜は俺の方から超積極的にナオさんを抱いた。二人ともシャワーを浴び、テーブルでスマホをいじっているナオさんを後ろから抱いて誘う。ナオさんもその気だったのだろう、すぐに応じてくれてベッドに移った。

 「今日のナオすごく綺麗だったよ。」

 「あら、いつも褒めてくれてたのはお世辞だったの?」

 「違いますよ。今日は特に綺麗でした。」

 「ふふふ、冗談。ちょっとイジワルしただけ。」

 「ナオが綺麗だからホテルの人が俺達の写真を使いたいって言ったんですよ。ウェディングドレス姿のままエッチって出来ないんですかね?」

 「ははは、無理だろうね。…多分裾が長くてやりにくいし、上半身は結構締め付けてるから外して脱がせるの面倒くさいわよ。変な動画の見過ぎなんじゃない?」

 「そうなんですね。」少し残念だ。

 「って言うか、私が目の前にいながらエッチな動画を見たり、他の女で変な想像してないでしょうね。」

 「見てませんよ。それにナオさんと見つめ合いながらほぼ毎日エッチしているでしょ。」

 「うん、そうだね。…ねえ、ユウジ君。「ナオ」って呼び捨てでもいいよ。さん付けだったり、時々呼び捨てだったり、なんか大変そう。」

 「ああ、スイマセン。基本的にはさん付けで呼ぶつもりなんですが、“好き”度が盛り上がり過ぎると、つい「ナオ」って言っちゃいます。」

 「何よそれ、変なの。良く分からないよ。ふふふ。」

 ナオさんは俺の愛撫を受けて時々艶っぽい声を出しながら、楽しそうで気持ちよさそうだ。ふたりで会話しながらエッチをするのが最高の時間だ。


 後日、ホテル春山荘のホームページを見ると、本当に俺達の写真が掲載されていた。もちろん俺達だけではなく、何組か同じように実際に式をしたり、写真を撮った新婚さんの写真が掲載されていて、そのなかの1組として俺達の写真がある。

 「最近ジムをサボってるからなぁ。本当ならもうちょっとウエスト絞れたのに。」パソコンでホームページを見ていた俺の背にナオさんが抱き着いてくる。

 「十分綺麗ですよ。」

 「ありがとう。自分たちやせいぜい親兄弟が見るくらいだと思ってたのに、たくさんの人に見られることになったね。」

 「いいじゃないですか、人前式みたいで。みんなが俺達の結婚の立会人って感じですね。」

 「ふふふ。面白い考え方ね。…そろそろ買い物に行くわよ。準備して。」

 新婚旅行を前に、プラグやパスポートケースなど細々とした買い物だ。そして防寒着も。パリの冬は寒い。

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