第3話 なんで急にスイッチ入っちゃったのよ。

 次の日10時頃、つまりプレゼン3日前、遅い朝食を某コーヒーチェーン店でとっていると、企画提案の公募元である役所からナオさんの社用携帯に電話があった。内容は、一言でいうと公募企画の仕様変更。通話の途中何度も、ナオさんは「急に困ります。」、「そんなのおかしいです。」と抗議をしていた。1,000万円で収まるはずだったスペックを大幅にアップデードさせる仕様を求めてきたにも関わらず、委託金額はそのままと言うわけだ。役所が求める仕様を全部満たそうと思うと、俺の概算で3,000万円は必要だと思う。

 ナオさんは、埒が明かないと思ったのか役所との電話を切り、すぐに社の企画・設計部長へ電話をかけた。俺達の上司だ。電話をかけながら、ナオさんは店の外に出ていく。俺も一緒に出ようかと思ったが、ナオさんは手で制止した。10分くらいで戻って来たナオさんによると、「この仕事は受託できなくても構わない。」、「ただ、うち営業の顔を立てる必要があるし、社のメンツもあるからソコソコのプレゼンはしてきてくれ。」という指示だったらしい。つまり、うちの評判が落ちない程度のプレゼンをして、そんな仕事を蹴って来いということだ。


 「落としても良いらしいから気は楽になったけど、この話取って来たの誰だっけ?」

 「営業のカイト先輩だったと思いますよ。」

 「ああ、あのチャラ男かぁ。「ぜひチャレンジさせてください」とか調子のいいこと言って話取って来たんでしょう。まったく。」ご立腹のナオさんは、全然似ていないカイトさんのもの真似を交えながら言った。

 「カイト先輩、彼女が出来てから、仕事のテンションがさらに上がってるらしいですよ。」

 「ただでさえ暑苦しい奴なのに、鬱陶しい。あんた夏にカイトと山遊びに行くんでしょ、嫌味の一つでも言っといてよ。」

 

 俺たちはプレゼンのための資料修正を始めた。元々作っていた資料を、仕様変更に合わせて直していくのだが、これが結構難しい。予算的に実現不可能な仕様を求められているのと、時間が足りないのだ。プレゼンは金曜日の11時。結局、急ピッチの作業をすることになった。

 ナオさんはというと、次の日には怒りも収まったのか、カツカツとヒールを踏みしめるような歩き方をすることもなく、通常モードに戻っていた。ソコソコのプレゼン資料も、ナオさん主導で数字合わせというか誤魔化しも何とかできて、水曜には着地点が見えてきた。後はナオさんの指示に基づいてパソコン相手に手を動かすだけで、それぞれのホテルの部屋で自分の作業ができる余裕の工程になった。


 金曜日、当日の朝、ナオさんが泊っているホテルに迎えに行く。各自朝食を済ませた後、10時にナオさんのホテルのロビーで待ち合わせだ。俺は少し前にホテルに着いて、ロビーでニュースサイトを見ていると、程なくエレベーターからパソコンや資料の入った小さ目のキャリーを引きながらナオさんが下りてきた。薄いグレーの上下で今日はパンツスタイルだ。「おはよ。」「おはようございます。」言葉を交わし、キャリーを俺が引き取り、タクシー乗り場へ向かう。俺もナオさんも上下スーツ姿で、持ち物は俺のブリーフケースとナオさんの小さいキャリーだけだ。ナオさんの少し後ろを歩くが、今日は勝負香水の香りはしない。

 予定の時刻から少し待たされたが、ナオさんはプレゼンを始め、30分間、少し高音の透き通る声で、時々手ぶりを交えながら理路整然と説明していった。ただ、6月も終わりだというのに役所は冷房も点けずに蒸し暑い。プレゼンの部屋もエアコンが点いていなかった。俺達が会場に着いた時に同業者と思われる人達が部屋から出て行ったし、俺達がプレゼンを終えて出ていく時も多分同業者が廊下で待っていた。他社はどのくらい本気で取りに来ているのだろう。

 仕事を終え、タクシーでナオさんのホテルへ戻る。帰りもキャリーを引くのは俺の役目だ。

 

 「あーっちぃー」ナオさんはホテルの自分の部屋に入るとまず、パンプスを脱いだ。ボールを蹴るみたいに足を振ると、ポーンとパンプスが飛んでいく。右足のはベッドの手前まで飛んでいき、左足のは30㎝先に転がっただけだった。

 「もー先輩、行儀悪いですよ。」俺もナオさんの部屋に入り、クローゼット近くにキャリーと自分のブリーフケースを置き、パンプスを拾いに行く。その間ナオさんはジャケットとパンツ、ブラウスをどんどん脱いでハンガーに掛けていく。両方のヒールを拾い、クローゼットの床に揃えて置いた時には、ナオさんは、シャツのボタンを外し終えてハンガーに掛けているところだった。

 ナオさんは髪をお団子に纏めながら、スリッパも履かずに部屋の奥に入り、冷蔵庫の水を飲みだした。俺も上着とネクタイをハンガーに掛け、机と椅子の方へ向かいエアコンの設定温度を少し下げる。


 「飲む?」と右手でペットボトルをこちらに向け、左手で口から少しこぼれた水を拭いながらナオさんが言ってくれた。

 「いただきます。」ボトルを受け取り、飲むと良く冷えていて美味しかった。

 「汗かいたぁ。何でエアコン点けないかなぁ。あんなの仕事に集中できなくて逆に作業効率落ちるわよね。」椅子に腰かけたナオさんは、後ろに手をまわしキャミソールの背中側をパタパタと摘み上げ空気を入れている。

 「役所の人は融通が利かないからじゃないですか。」

 「君も脱いだら、暑いでしょ。」

 「いいんですか?」確かに俺とナオさんは、行為の間、灯りは消している事が多いとは言え、お互いの裸は見ている。特に俺の方はナオさんの身体で触れていない所は残っていないはずだ。

 「許す。」こちらも見ずにナオさんは言った。あちらはストッキングももう脱いでいる途中だ。

 「えー、襲われたらどうしよぉー。」ふざけて言ってみると、

 「キモイ!ばか。」と笑って、ボトルのキャップをこちらに投げてきた。

 「水、戻しますね。」

 「よろしく。」ナオさんの声を聴きながら、ペットボトルのキャップを閉め、冷蔵庫に戻した。


 俺もクローゼットの前でズボンとYシャツを脱ぎ、上着と同じハンガーに掛け、部屋の奥に戻ろうとすると、ナオさんはこちらに背を向け、ベットサイドのコンセントに携帯と充電器を繋ごうとしているところだった。紺色のショーツからスラリと伸びる白い足。白のキャミソールを着ているから分からないが、ブラ紐も紺色だから、上下セットの下着なんだろう。

 俺は急いで靴下、Tシャツ、トランクスも脱いだ。ブリーフケースからゴムを1つ取り出し右手に握りしめる。無防備な姿のナオさんに駆け寄り、後ろからお腹のあたりを軽く抱きしめた。


 「えっ、ちょっとマジ?どうしたの?」前屈みになってナオさんが言う。こちらがその気だと分かってもらうために、左手でナオさんの右胸にちょっかいを出す。

 「えー、なんで急にスイッチ入っちゃったのよ。」

 「そりゃ、下着姿で裸足の美人が、目の前ウロウロしてたら、そういう気になるでしょうよ。」

 「3日前だっけ?、したじゃん。」ナオさんは言いながら、前屈みのまま後ろに手を伸ばし、俺の太もも辺りに何かを探すように触れた後、俺の方に向き直り俺の下半身を確認しながら「もう履いてないじゃん。」と、笑いベッドに腰かけた。

 「あの時はあの時、今は今です。」立ったままの俺は応える。

 「ユウジ君のちんちんが、何もしてないのにピクピク上下に動いているー。」、「なんか絵的にマヌケー。」ナオさんの笑いのツボに入ったみたいだったが、右手に持っていたゴムをナオさんが腰かけているベッドのすぐ近くに軽く投げると、ナオさんは笑顔でこちらを見て、両手を勢いよくバンザイしてくれた。

 俺はキャミソールの脇のあたりを持って、スルリと持ち上げる。汗で少し引っかかったがすぐに脱げた。ナオさんは自分で後ろに手をまわしてフックを外し、ブラも脱いだ。俺に渡して「椅子のとこに置いといて。」と言い、俺が持っていくのを確認してから、ショーツも自分で脱いで、何故か布団の下にサッと隠した。時々訳が分からないことを言ったり、訳が分からない事をする人だ。


 「今は汗かいてるから、お互い舐めるのは無しだよ。」ナオさんは、ゴムを着けている俺に言いながら、ベッドの中央の方へ足を延ばして座り直した。

 装着した後、俺もベッドの縁に膝をついてナオさんに遠慮がちに体重をかけ、軽く一度キスをしてから、あてがい入れようとしたが、先っぽだけで止まってしまった。ナオさんはまだ濡れていなかった。もう一度唇を重ねると、ナオさんが俺の両頬に手を添え、口を重ねたまま下から舌が上に伸ばしてきた。俺の舌に絡めた後、少し俺の顔を離し、上唇、下唇を少し乱暴に舐めてくれる。真剣な目つきで鼻を膨らませ、めいいっぱい舌を伸ばしながら迫ってくる顔が妙にセクシーだ。ナオさんは両足も俺の腰に巻き付けてくれた。俺はナオさんの身体で一番好きなパーツ、胸を優しく揉んだ。二人の肩や胸の肌と肌が密着し、少し貼りつき、ベタつく。薄っすら汗の匂いや頭皮の匂いもした。

 しばらくすると、ナオさんは両手の力を抜き、ベッドにスッと手を下し、俺の腰に左足を巻き付けたまま、右足の踵で俺の尾てい骨辺りを軽く2回ノックした。何だろうとナオさんの顔を見ると、目を瞑り横を向いているが、口角が上がっている。意味を察した俺は上半身を起こして、下半身に力を入れる。案の定、全部入ることができた。興奮最高潮の俺は乱暴に腰を振ったが、ナオさんは「ハァん」と一度声が漏れた後は静かに俺を受け入れてくれた。

 「やばい、イキそうです。」いやらしい音と仄かに生臭い匂いがする中、そんなに時間もかかっていないのに恥ずかしい告白をする。

 「いいよ。気持ち良くなって。」ナオさんのこの言葉を聞き終わったおよそ20秒後には、俺は果てていた。全て出し切るまでナオさんの中にいさせてもらって、モノがピクつくのが終わるを確認してから身体を離した。

 「気持ちよかったですか?」ナオさんが髪をかき上げながら言う。

 「最高でした。」

 ナオさんから突然キスをもう一度された。最高と褒めたのを喜んでくれたのかと思ったが、キスの後、唾液をたっぷり含ませた舌で再度俺の唇を愛撫し、最後に俺の鼻を下から上に舐め上げた。


 ナオさんは「先にシャワー浴びるよ」と言い、布団の下に隠したショーツと椅子に掛けたブラとキャミソールを持って、バスルームに消えた。意味が分からない俺だったが、萎み始めたモノからゴムを外し、ティッシュで包んでゴミ箱に捨てる。ゴムから生臭いエッチな匂いがした。

 口の周りや鼻に付いたナオさんの唾液も気になって腕で拭う。急に饐えた匂いがして、思わず「クセッ」と声に出した。こちらはこちらで嫌いな匂いではなかったが、鼻孔に強く残り、もう生臭い匂いのことは忘れていた。

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