第16話 半年・・・

「半年、ROMってろ⁉」

 私はノートパソコンの液晶画面をばたんと勢いよく閉じた。私、東雲亜里沙は現在、怒り心頭。激おこだ。

 最近、ネット小説のサイトで自分の小説を読んでくれる感想が最初の頃と比べて、批判や私の小説を馬鹿にしてくる内容が多くなってきている。所謂、荒らしという輩だ。閲覧者が増えると言う事は好意を持つ者も増えれば、アンチも増えるというもの。私は平静を装うようにしていたが余りにも酷い感想に怒りに震えた。

 私の周りには文芸部の部員もいたので私の行動に部員も驚いていた。私はごめんと言いながら頭を下げる。

「どうしたんですか、東雲さん?」

 彼こと、芳賀康太君が私の事を心配して聞いてきた。芳賀君は文芸部部長の高瀬先輩の指示で恋人関係になりなさいと言われ、今現在恋人関係の真っ最中だ。しかし、芳賀君は男子高校生なのにBL小説が好きの変わり者。原作も好きだけど、BLの二次創作も好きで家では愛読している。

「アンチが多くて困ってるのよ」

「そうなんですか・・・僕の所にはアンチしかいません」

「それは自慢にならないわよ」

 芳賀君はキリッとした顔で答えるけど、それ自虐だよと私は思う。私もSNSのBOYAKIでこの件に関してぼやいている。フォロワーさんにも応援してもらったりして持ちこたえている感じ。

「でも、気にしたってしょうがないですよ。そんなの」

「それはそうだけど・・・」

「それに一人一人好き嫌いはありますし、逆に考えるんですよ。参考にします。ありがとうございます。って言っとけば、そういうのは離れていきます」

「ほんとぉ?」

「アンチしかいない僕の言う事なので信じてください」

「妙な説得力があるわね」

 私は芳賀君の説得で妙に納得してしまった。私は心を一新するため、両手で頬をぺちっと叩いて、気を引き締める。

「芳賀君、ありがとう。そう思ったらイライラが抜けて行ったわ」

「どういたしまして。こんなことでいいならいくらでも話聞きますよ」

 芳賀君の機転により、私はこの事にくよくよしても仕方がないと思い、新しいBL小説を書くのであった。



 それが昨日の出来事。

 私は授業が終わり帰り支度をしていると周りの女子生徒達が浮足立って女子トークを繰り広げていた。

「今日、どうする?チョコ買いに行く?」

「明日、2月14日だよね。義理チョコ今日買って配るかなぁ」

「本命はいないの?」

「いない」

「いるくせに~」

 女子生徒達は井戸端会議を楽しんでいた。

 私はその井戸端会議に聞き耳を立てていて、明日がバレンタインデーだと言う事を思い出す。私もそのワードを聞き、バレンタインはどうしようと考えていた。

「何を考えてるんですか?」

「わっ!いきなり声かけないでよ」

 芳賀君は私の顔を覗き込んできた事に、私は驚いてしまった。

「何でも無いわよ。今日一緒には帰れないわ。先に帰ってね」

「そうなんですか?・・分かりました」

 芳賀君は私にそう言われ、すんなり帰って行ってしまった。私は芳賀君の顔を見て、昨日の対応してくれた事を思い出した。

 昨日のお礼もあるし、彼氏(仮)でもあるから、私は芳賀君にチョコレートをあげる事を決心した。そういう事で私は一人、チョコレートを買いに行くために街に向かった。

 私は帰り道に通る駅のデパートに赴いた。駅の地下にあるバレンタイン売り場は盛況だった。しかし、その売り場に近づくにつれ、私は驚き、何を見させられているんだと思った。その光景、チョコレート売り場で怒号が飛び、チョコレートを奪い合う為に殴り合っていた女性達がいた。

 それもそのはず、チョコレートの価格がサービス価格になって販売されていたのが原因だった。女性達の目には炎が宿っている様に見えた。

「それは私が買うのよ」

「ぐほっ。私のものよ」

 女性達はチョコを持ちながら殴り合う。私はある歌手の歌のフレーズを思い出す。デパートの地下が揺れる・・・揺れてるけど、この揺れ方は暴力的。しかも、ディスコじゃなくてコロシアムだと私は思った。これケガ人か死人出てるんじゃ無いの?

 私は冷静に考え、この場所ではチョコを買えないと思い速やかに撤退をした。しかし、ここまでするものなのか?と同じ女性でも考えの違いを思い知らされた。

 私は別の場所で自分で作るタイプのチョコレートを買い家に持ち帰ることにした。そこの場所は平和そのものだった。しかし、あの暴徒は何だったのだろうか?後で調べて分かった事だけど高いチョコを日頃大変な日常で自分へのご褒美として買う事もある様で少しでも安くおいしいものを食べる為には人を鬼にするらしい。

 その後、自宅で私はネットで手作りチョコの作り方を調べ、チョコレート作りに奮闘した。チョコレートを湯煎し、ハートの型に流し込む。只、これだけの事なのに苦労し、失敗を重ねた。私は料理が下手。自分でも泣けてくる。

 しかし、私は根性で何とかチョコレートを成功した。


   バレンタインデー当日


 私は授業後になり、芳賀君に声をかけた。教室はいつもの雰囲気とは違い男子がソワソワしている。バレンタインデーだからだろうか男子から女子への目線が怖い。それをよそ眼に私は芳賀君の肩をポンポンと叩く。

「何ですか?」

 芳賀君は帰り支度をしながら、私の方を見てくる。

「帰りさぁ。一緒に帰らない?」

「そうですね。今日は部活も無いですし、いいですよ」

 芳賀君はあっさりOKしてくれた。今日は生徒会と各部の部長たちと今後の予算について話し合いがある為、部活は休み。別に部活は自己の判断でやってもいいって高瀬部長は言っていたけど、今日は休みを取る決意を私はした。だって〈バレンタインだし〉と私は自分に言い聞かせる。このチョコをどのタイミングで渡すか私は帰りながら考える事にした。

 私は芳賀君の隣を歩きながら、意味ありげに話を切り出す。今のこの帰り道は私たち二人。

「あのね。今日、何の日だか知ってる?」

「何の日ですか?分かった、煮干しの日だ」

「知らんのかいっ!ってか、そんなマイナーの方覚えてるのよ」

 私は芳賀君の言葉に頭を抱える。ちょっと待って。これ、どっかのコント?テレビ、商店街の広告、ネットのSNSやネットニュースでもバレンタインのステルスマーケティングかと思うくらい、その言葉を文字で見たり、耳にしているはずなのに芳賀君は全くと言っていいほどに知らなかった。

「バレンタインデーよ」

「あぁ、バレンタインゲイですね」

「違う。いろんな方面から怒られそうなフレーズを言うんじゃありません」

 私は流石に怒り、バレンタインの事について芳賀君に教えようとした。その時だった。

 いつの間か、私たちの前に一人の少年が立っていた。その男の子は栗毛の天然パーマ。瞳は青く澄んでいた。その姿を見る限り、帰国子女の雰囲気を醸し出していた。

「あのぉ~」

 その少年はもじもじしながら私たちに話しかけてくる。その少年のもじもじが私には可愛く見えた。ショタいいわぁ。

「どうしたのかな?迷子?」

 私が聞くと少年は首を横に振った。違うみたい。「じゃあ何かな?」と私が聞こうとした。

「あ、あなたが好きです」

 少年が頭を下げて、恥ずかしそうに顔は真っ赤のが見えた。告白は勇気がいるもの。あら、可愛いじゃない。逆告白?まさか、年下と思われる少年から告白されるなんて悪い気はしない。

「困ったなぁ~、お姉さん。もう付き合ってる人いるんだ」

「あなたじゃないです」

 少年は顔を上げ、私をきっぱりと否定した。私は硬直する。

「あなたですっ」

 少年の目線の先は芳賀君を見つめていた。少年はポケットに隠していた包みを芳賀君に渡そうとしていた。それはチョコの包みであろう可愛い包装でだった。

「・・・・・・・ファッ!・・・ハッ?」

 私の目は点になり、思考は停止した。私の頭は目の前の光景に混乱している。落ち着け、落ち着くのよ、亜里沙。素数を頭の中で数えて混乱をしている頭を冷静にする。

「えっと、ごめんもう一度聞くけど私じゃなくて、この子なの?」

 私が芳賀君を指さし、もう一度確認する。少年は即答で元気よく「はいっ!」と答えた。

「人を指さすなんて失礼ですよ、東雲さん」

「違うそうじゃない。芳賀君は少し黙ってて。何でこの子なの?」

 私は語気を強め、少年に質問した。

 私の質問に少年はここまでに至った経緯を語った。

 何でも2週間前に学校の帰りに公園で中学の同級生にいじめられている所を助けてもらい、一目惚れ。少年は芳賀君の事を好きになってしまったと説明してくれた。

 まさに現実は小説より奇なりを体現したような、話だった。もう、これBLですよね。BL小説のネタに使ってもいいですよね?と私は思う。さっき芳賀君が言ったバレンタインゲイの言葉がよぎる。言い得て妙ね。

「なるほど。そんなことが・・・」

「芳賀君の事だよ。覚えてないのかいっ!」

 芳賀君は思い出すフリをしている。芳賀君のその姿に私はツッコむ。恐らく、この表情は全く覚えてないんだろうと私は推測する。

「・・・・解りました。しかし、僕には彼女がいます。だから、友達としてならチョコレートもらうことは出来ますが恋人としては無理ですね」

「友チョコなら、受け取ってくれるんですね」

 少年は芳賀君の言葉に目を輝かせる。

 私は友チョコと言う言葉に衝撃が走る。大体、ネットの情報で友チョコは女の子同士で渡し合う事を示す。これが男子同志となると友チョコならぬホモチョコに変わるというわけか。罪深いわね。

「東雲さん、鼻血出てますよ。大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫よ。何でも無いわ」

 私はこのシチュエーションをBL小説に繋げようと妄想していたら、鼻血を出していたようだ。私は急いでポケットの中のティッシュで鼻血を拭った。

「じゃぁ、友達としてそのチョコ貰いますね」

「はいっ」

 芳賀君は少年からのチョコを受け取るとカバンの中にしまった。少年の目は餌をもらう犬の様に目を潤ませていた。少年の喜びが凄いのに私は正直引いた。リアルはちょっと。

「さぁ、お行き。またどこかで会いましょう」

「は、はい。ありがとうございます」

 芳賀君は少年を野生に返すアライグマの様に自然に帰るように促していた。おい、その対応酷いでしょ。

 少年はチョコをあげれたことに満足したよ様でお礼を言い、頭を下げるとどこかへ行ってしまった。そこはライクの好きじゃなくて、ラブの好きじゃないの?と私は思った。まぁ、本人が納得してるみたいだから良しとだけど。

「で、さっき東雲さんは何を言おうとしてたんですか?」

「えっ?あっ、えっとそれは・・・」

 私はいきなりの芳賀君の振りに焦る。でも焦っていてもしょうがない。私は芳賀君に上げるためのチョコを取り出す。

「さっきは邪魔が入って渡せなかったから。はいっ‼」

「わー、ありがとうございます」

 私は自作したチョコを芳賀君に差し出すとめちゃくちゃ喜びを表していた。彼氏彼女の関係でチョコを渡すって初めてだから、緊張してたけど芳賀君が喜んでくれたのは正直嬉しかった。

「普通にレシピ見て作っただけだら、味は普通よ」

「別に普通でいいですよ。くれるだけで嬉しいもんです」 

 芳賀君は私に笑顔で言ってくる。

「まぁ、これは君の彼女としてあげるのと前のBL小説のアンチの対応も教えてくれたお礼も兼ねてるから」

「あぁ、そうだ。僕も東雲さんにこれあげますね」

 芳賀君は私のあげたチョコをカバンにしまい、カバンから他の物を取り出す。

「これです」

 芳賀君が私にくれたのはある同人誌だった。私は目をクワっと見開く。

「ふぁっ⁉何で芳賀君がこれを?」

「何でも、母が今日は亜里沙ちゃんが何かくれると思うから、お返しにこれをあげなさいと言われたので」

 またしても声で出したくない声を出してしまう私。芳賀君のお母さん私の思考読んでるの?つ思ってしまう。

 尚、その同人誌はBL作家黒崎式部さんの「男子物語」。男子物語はいろんな2次創作のBLの集大成。噂では式部さんは複数の人間で書いているとネット界隈では言われている。漫画、小説共に作画、文章力と構成力のレベルが高く、即売会では即完売してしまうほどで中々買うことが出来ない逸品。私も大きな同人即売会に早起きして列に並んだのに同人即売が開始と同時に「黒崎完売」と速報が流れ、嘆き悲しんだ。

 今まで、欲しいと思っても全然手に入らなかった物が私の手の中にあることが震えた。今まで出てきた芳賀君のお母さんのコネクションは凄すぎる。ホント何者?

「ホントにこれ、貰ってもいいの?」

 私は興奮を隠せずに聞き直す。私も男子物語はBL版のスレでもよく目にしていた。一度読んで見て、今後のBL小説の参考にしたいと思っていた。

 私はその男子物語を前に条件反射で「ありがたや、ありがたや」と手を合わせ拝んでいた。

「何をしてるんですか?」

「はっ⁉まごうこと無き神作を手にしたから、条件反射で」

 私は我に返ると恥ずかしくなってしまったが、芳賀君は私の姿を眺めてこう言った。

「東雲さんのそういうとこも可愛いですね」

 芳賀君の笑顔でのいきなりの言葉に私の顔は茹蛸の様に真っ赤になるのが自分でも分かった。何言ってんの、この子。

「そこ、恥ずかしい言葉禁止」

 私は恥ずかしさを紛らわすために苦し紛れの言葉を吐き出す。多分、計算で言ってるわけじゃ無く、天然で言ってるのは分かるんだけど。このセリフはBL小説でもよく言われるの見てるけど、自分がその立場になるとかなりクるわね。

「はいっ!これでバレンタイン終了。帰るわよ、芳賀君」

「あ、待ってくださいよ、東雲さん」

 私は茹蛸になっている顔を見られたくないので、踵を返し、帰路へと着く。芳賀君は慌てて、私の後を追ってくる。私と芳賀君の彼氏彼女の関係は初めてのバレンタインデー。私の発狂で始まり、私の発狂で終わったイベントだった。

 これだけは思う。チョコは手作りでも市販のものでも気持ち次第で愛の深さで変わるのだと。

 私は芳賀君との帰り道、来年のチョコ作りもっと頑張ろうと天を仰ぐのだった。



 

 



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