第一部・その10


 通常弾と電解弾のケースをポーチにしまう間に、ケンジロウは射場のドアを蹴破るように開けて駐輪場に駆け出していった。

「新田ケンジロウ、プラムL1.、エントリー!六郷、おまえはプラムL6だ!」

 周囲からもエントリーを申告する声が聞こえる。ミユもパークバッジと無線機を接続する。

「六郷ミユ、プラムL6、エントリー!」

 ACR-21。ミユのパークバッジの音声が鳴った。

「こちらプラムL10。新人さんを乗せていく?長くは待たないよ」

 ユウコの無線が入る間に、駐車場に出る。奥の駐輪場にいたユウコは、すでにバイクにまたがっていた。

「連れていけ!戦える!……六郷、死ぬ気でつかまれ!」

 ユウコの後ろに飛び乗り、自分とユウコの間に銃を挟むと、ミユはユウコにしがみついた。

 射撃場に来たときも振り落とされそうになったが、それでもユウコは思い切り手加減をしていたのだ……発進する前から、ミユは直感した。

 車のような大型バイクが大きく身をよじらせ、背を丸め、足を踏ん張る。

 まるで獲物に飛びかかる猛獣の背中に乗っているようだ。

 バイクが大きく身を伸ばす。跳躍……必死にしがみついているつもりだったが、危うく振り落とされるところだった。

 二、三回大きく跳ねると、猛獣のような動きは収まったが、地面をしっかりとらえたタイヤが、勢いのついた車体をさらに加速させるのをミユは感じた。

 幸い、跳躍の時ほど暴力的な加速ではなかった……少しだけ安心したところで、ユウコが先の曲がり角に意識を向けるのに気付く。車体が身を縮ませる。

 まさか角を曲がるたびに、ずっとこうなのでは……指の感覚がなくなり、噛み締めた歯がきしむ。

「新人さん!」

 長い直線に入り、振り回される加速が止んだところでユウコが話しかけた。

「M13-17LでACR-1から4が不死兵と交戦中!介護職員が、自力で移動できない高齢者を介護中に不死兵が出現、対応している!」

 バイク自体はほとんど音を立てていないが、サイレンがけたたましく鳴っている。

 無線もオープン回線は、本部のアナウンスにエントリーの申し込みから避難状況、被害報告で大混乱だ。

 ユウコの呼び掛けも、チームの回線で強く呼びかけていなければわからなかっただろう。

「やってくれるね?」

 ネストから50メートルも離れていない、敵地のど真ん中。銃はまともに当たらない骨董品。それでも、

「はい!」

「M13-17Iで降ろすよ!梅屋敷さんの指示で、タイプBドローンを一機つける!介護職員とお年寄りが避難する突破口を開いて!合図するまでしっかりつかまっているんだよ!」

 住宅地に入り、ミユを振り落とそうと悪意を持っているかのようにバイクが跳ね回る。

 曲がりくねった細い路地、あちこちにある障害物、車、人。まったく勢いを緩めずに、それらをかわして走っているのだ、

「こちらイダテン!」ユウコ固有のコールサインだ。

「タイプBドローン一号機コネクト、ユーハブコントロール!」

 加速がピタリと止んだ。ユウコがミユの手を軽く叩く。

 よろけるようにミユが降りると、バイクの後部から何かが打ち出された。

 長さ30センチほどの円筒状のものが空中で変形し、小型のドローンになった。

 まだ振り回されるような感覚があって頭がフラフラする。手の筋肉がこわばり銃を持つのもやっとだ。

 しかしその耳はとらえていた。銃声。MPと、おそらく56式。安くて威力があるので、使っているANTAMは多い。

 パークバッジに触れる……『ニンジャ』『アイアンラング』『デクスタリティ』

 ミユが取得したパークバッジの人工音声。バッジの取得状況を確認するだけだと思っていた。

 周囲の音の響きが、よりはっきりと伝わる。目を閉じていても、周りに何があるのか目で見るようにわかる。

 バイクで振り回されて軽いめまいがしていたのが、意識を集中するとそれを押さえ込める。呼吸が整い、心臓の鼓動が落ち着く。

 そしてふらついていた足に、力がみなぎる。強ばった指が、しなやかに動く。

 クラス2以上のパークバッジにある、ご利益。これが。

 ミユは近くの家の塀に飛び乗ると、そこからベランダを伝って屋根に上り、音のする方へまっすぐ向かった。

 車二台がすれ違えるかどうかの細い路地に介護サービスのバンが停まっている。回りにいるのは、……不死兵。三人。

 不死兵は、バンの停まっている家の玄関から中に攻撃している。介護職員が応戦する銃弾が壁や生け垣を貫通して時々不死兵に当たっているが、意に介さない。

「こちらACR-1、ACR-3が負傷した!EMPグレネードも残り少ない!誰か来てくれ!」

 ANTAMは軍隊ではなく、命令に従う義務はない。要請を請けるか請けないかだ。

 命が惜しければ、危険な要請は受けなくてもいい。

「誰も助けに行く義務はない。その代わり、誰も助けに来ない。だから不死兵とは、必ず距離を離すこと」

 さっきの講義でナオも言っていた。原則としては、と付け加えつつ。

「……そしてACRコマンドは、原則にないことをやる役割なんだよ。自分が死ぬこと、誰かを助けられない、見殺しにする事、される事、そういうリスクが常にあることは覚えておけ……と言っておけと、リーダーからきつく言われているよ」

 そして、わたしは。

「こちらプラムL6、応援に来ました!」

 EMPグレネードの安全ピンを抜いて、車の近くに投げ込む。不死兵の一人が、ミユに気づいた。

 20メートル前後の至近距離。装填されているのは重量弾とはいえ、少し上めを狙う。顎を狙えば、少なくとも頭には当たる。

 銃弾は不死兵の顎を砕いたが、少し横にそれた。首や延髄を、撃ち抜けていない。それでも顎の骨や歯を砕かれて、痛みにのけぞっている。

 二発目。鉄の棒を滑らせるように、スムーズにボルトが動く。銃声で不死兵が振り返った瞬間、周囲に青い閃光が走った。

 顎を撃たれた不死兵にもう一発。うずくまっていた不死兵が、打ち付けられるように倒れる。

 もう少し上を、狙ってもいい。振り向いた不死兵の、眉間を狙う。

 ヘルメットの中で、血しぶきが弾ける。衝撃で目玉が眼窩から飛び出し、驚愕が顔に出る間もなく力を失った。

 最後の一人……ミユに向けてMPを構えるが、身を低くして屋根に伏せればかわせる。裏側に下がり、勢いをつけて隣の屋根に飛び移った。

 56式の銃声。介護職員の反撃が、生け垣を貫通して不死兵を貫く。

 傷が治らない苦痛と驚きに、不死兵が息を飲むのがミユにも聞こえた。

 ミユが屋根から不死兵の前に姿を見せる。もう目と鼻の先だ……苦痛、困惑、死の恐怖。震えているのも、感じ取れる。

 その目は。

 そこに照星を重ねて、ミユは引き金を引いた。顔が弾けて、崩れ落ちる。

 不死兵は人間に戻れない。誰かを殺して、命をつなぐしかないのだ。それを救うことはできない。こうして止める以外に。

「こちらプラムL6、3ダウン。周囲の敵を排除……車はタイヤが破壊されています」

 耳をすませる。銃声。悲鳴。誰かの断末魔。

 不死兵はあちこちにいる。戦いは始まったばかりだ。

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