アリバイ

 四月五日 火曜日 十三時五十五分――


「解決しないといけない事件って、うちに入った空き巣のことですか?」


 飯島聡が立ち上がる。どこか落ち着かない様子で飯島は続ける。

「あれも立花さんの犯行じゃないんですか?」

「確かに、立花さんにはアリバイがありません。ですが、彼女が犯人では違和感があるんです」

 安賀多は、飯島の顔を見る。

「立花さんの手口は実に巧妙です。アリバイ作りも考えられています。しかも、犯行に時間を掛けないという慎重派です。ですが、一昨日の飯島家の空き巣事件はどうでしょう。十三時から十四時半の間という長時間。室内が激しく荒らされているのに、盗まれたものがなにもないんです。一時間半もあったのに?」


 飯島優梨愛が青白い顔で聞く。

「じゃあ、誰が犯人なんですか? それこそ行きずりの?」


 ブーッブーッ。


 安賀多のスマートフォンにビデオ通話の着信が来た。

「失礼」

『……』

 画面に映し出された真琴は、いつもの制服姿で、髪をシュシュでまとめて顎の下に流している。背景には、白い壁にピンクのお花が描かれた可愛らしい壁掛け時計とカレンダーが見える。それは完全にであった。

「おお、思った以上だな」

 安賀多は目を見開きながら、真琴に話しかける。飯島聡が近づく。

「一体なんなんですか?」

「これ、見てくださいよ」

「……玲子さんの部屋ですか? なぜ、彼女が? だって、確か――」

 飯島聡の言葉に優梨愛も玲子も立ち上がって、スマートフォンの画面を見る。

「え、これ玲子さんの部屋なの?」

「……」

 玲子は顔をしかめながら口を覆っている。


 ガラガラガラッ。

 スマートフォンとすぐ近く、から、なにかがプラスチックにこぼれるような音がする。優梨愛が思わず、キッチンの方を振り向く。

『「西真琴と自動給餌器オートペットフィーダーが十四時をお知らせしますー」』

 真琴の声がすぐ近くからも聞こえる。真琴の背後にある真っ白に塗られた壁に飾られていたアートパネルが取り外され、そこにピンクのお花が描かれた可愛らしい壁掛け時計とカレンダーが掛けられていた。真琴がその前で自撮りをしている。ビデオ通話が続いていたスマートフォンの画面には、先ほどの玲子の部屋のようなところにいる真琴が映し出されている。


「これが、玲子さんが、あの日――四月三日、家じゃなくてにいたっていう証拠です」

 真琴は続ける。

「ちなみに、壁掛け時計とカレンダーは駅前のコインロッカーに入れっぱなしになっていたものを警察のご協力のもと、回収させていただいたものです」

 本物ですよー? と真琴は一人で頷く。


「どういう……?」

 優梨愛の言葉に、安賀多は真琴との通話切った。


「愛翔くん、お姉ちゃんと遊ぼうか」

 真琴は、ソファにいる愛翔を連れて二階へ上がって行った。


 安賀多はそれを見届けてから、録画していた玲子とのビデオ通話を再生した。

 部屋着の玲子が映し出される。背景には、白い壁にピンクのお花が描かれた可愛らしい壁掛け時計とカレンダー。

『あの、先日は無理に空き巣の事件を――』

『あーあー!』

 玲子の言葉を、安賀多が大きな声で掻き消そうとしている。

の件ですね! 次の定休日にまた足を運ぼうかなと』

『ありがとうございます! もう気になっちゃって気になっちゃって』

『ええ、大丈夫ですよ。わはは』

 ガラガラガラッ。

 ボーンボーン。

『さすがさんですね!』


 動画が止まる。安賀多は、低い声で言う。

「これは、四月三日の会話です。ボーンボーンというのは、うちの時計の音。もう一つが、この家の自動給餌器の音です。私をアリバイ作りに利用したんですね――玲子さん」

「……」

「玲子さん!? 玲子さん、本当なの? どうして……」

 優梨愛が玲子の両腕を掴んで、激しく揺らす。玲子は、優梨愛の腕を引きはがした。優梨愛はその勢いのまま、床に倒れ込む。


 ゆるく巻かれたアッシュブラウンの髪が床に着く。髪が絡んだ優梨愛の指は白く骨ばっている。左手の指輪が今にも抜け落ちそうだ。優梨愛はそのまま床に突っ伏して、不明瞭な言葉を繰り返している。くぐもって聞こえないが、玲子への恨み節のように聞こえる。

「ひどい……しんじられない……ひどい」

 玲子は、つい先ほどまで優梨愛を支えていた腕を体の前で組み、感情の映らない瞳で床に這いつくばる彼女を見下ろしている。

「かわいそうな優梨愛さん」

「玲子」

 飯島聡が諭すように、咎めるように……あるいは、彼女を宥めすかすように玲子の名を口にする。玲子は無言で髪をかき上げる。流れるようなストレートヘアは指の間を滑り落ち、すぐにその表情を隠してしまう。

「かわいそう」

 玲子は優梨愛の隣に膝をつき、床に突っ伏した優梨愛の髪を優しく撫でる。愛情深い母親が、愛しい子どもにそうするように。


「誰もあなたの味方じゃないの」


 そう言って、玲子は優梨愛に「かわいそう」と言い続けた。異様な光景の中、飯島聡は目の前の女たちに話しかけるでもなく、ただただ立ち尽くしている。


「飯島さん。あなた、先ほどの真琴が映っていた画面で、『玲子さんの部屋』だと言いましたね」

「……」

 安賀多は黙ったままの飯島聡に、確信を持った声で聞く。


「いつから玲子さんとそういう関係にあったのですか?」

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