お昼寝

 四月五日 火曜日 十三時五分――


「じゃ、じゃあ、上田さんのところはどうだっていうのよ!?」


 立花恵里が耐え切れずに叫ぶ。


「三月十六日の火曜日、私は、朝八時から十二時までずっと染倉さんのお宅にいたのよ!?」

「知ってます」

「それも私がなにかトリックを使ったとでも?」

「いいえ、十時から十一時の間に、上田洋子さんのお宅からはダイヤの指輪が盗まれました。ですが、これは連続空き巣事件とは違うんです。上田さんの別れた旦那さんの犯行で、すでに彼は警察の世話になっています」

「……! じゃあ、他のも彼が犯人なんじゃないの?」

「それは……」


 安賀多がスマートフォンをじっと見る。サングラス越しで見にくいらしい。


「それは、なによ!」

 立花恵里が怒鳴る。牧瀬が、落ち着いてください、と恵里の近くに駆け寄る。

「読めた。えっと――ごほん」

 安賀多が咳払いをする。

「もし上田さんの元夫が犯人である場合、どうやって猪瀬さん宅のご祝儀袋の場所を見つけられたでしょうか? しかも、他の場所はほぼ手をつけずに、たったの三十分で。まったく面識のないお宅で。立川昭三さんのお宅もそうです。立川さんは、犯行推定時刻には家にいて、自室でテレビを見ている。在宅であれば、二階だけを探して、一階には降りるようなリスクは冒さないでしょう」

「……」


 立花恵里が再び黙ったのを見て、安賀多は畳みかける。

「それに、そこにあるのを知っている人間にしかおおよそできない犯行というのが、五件目の井口季実子さん宅の空き巣です。三月二十五日、木曜日、十六時半にセキュリティシステムが作動しました。警備員が駆け付けるまでの十五分が犯行時刻だと言われています。箪笥から現金百万円が盗まれていましたが、これが実に厄介な場所で。知らない人間には到底見つけられなさそうなところにあったそうです」

 壁にしか見えない扉の向こうにあるウォーキングクローゼットの中の箪笥の最上段に、初見の人間が十五分でどうやってたどり着けるのか。

「その日、立花さんは飯島さんのところにいました。十四時から十七時まで」

「そう! そうよ」

 ようやく恵里が元気を取り戻す。

「私は一歩も外に出ていないわ。この家の玄関は、オートロックが掛かるようになっている。鍵を持っていない私が外に出てしまえば、もう入れない。それに愛翔くんもいる中で出かけられるわけがない」

「果たして、そうでしょうか」

 安賀多がサングラスの奥で目力を強くする。

「玲子さん」

「は、はい」

 急に声を掛けられた玲子は、驚いて身体を跳ねさせる。

「玲子さんも、週三でこの家に通ってらっしゃいます。質問ですが、愛翔くんはお昼寝はしますか?」

「え? はい。三歳ですから、しっかりお昼寝します」

「時間は決まってますか? 愛翔くんのお昼寝のリズムなんか」

「はい……あっ」

 玲子は答えようとして、恐ろしい答えにたどり着いてしまい、口を覆った。安賀多は、玲子にめいっぱいの目力で言う。

「玲子さん、教えてください。愛翔くんはいつも何時から何時までお昼寝しますか?」

「十六時から十七時までは寝ます……」

「ありがとうございます」

 リビングダイニングルームが、しん、とする。


 立花恵里は震えながら、それでも抵抗する。

「でも、言った通り、私は一歩も外に出ていない。この家の玄関は、オートロックなの。外に出てしまえば、もう入れないんだから!」


「その通りです。それについては一つの仮説を立て、ある結論にたどり着きました」


 安賀多が、飯島夫妻と玲子に向かって話しかける。

「アポロが最初に失踪した日を覚えていますか?」

「三月二十六日です」

 飯島聡が言う。

「そう。井口季実子が空き巣に入られた翌日です。玲子さん、その日のことをもう一度教えてくれますか?」

「え」

「私のところに依頼に来た時の通り、話してくだされば結構です」

「は、はい……」


 玲子は記憶を探りながら、話し始めた。

「あの日、いつも通り、十分前に到着しました。優梨愛さんが入れ違いで外出されて、私はそのまま二階のマナトくんのお部屋で過ごしました。十五時のおやつで、キッチンの自動給餌器が空っぽなのを見つけたんですが、そこで初めてアポロを見かけていない気がしました。十六時に愛翔が寝てからキッチンに戻りました。自動給餌器にストックのキャットフードがなかったので補充しました」

 ストック、という言葉に真琴が笑顔を見せた。玲子は続ける。

「十七時、優梨愛さんが帰宅されたので三人で夕食をいただきました。二十時に、飯島さんが仕事から帰られて、ちょうど自動給餌器のキャットフードが出てきたところでアポロがいないことに気づいたんですが、見つからなくて」

「そして、私のところへ依頼に来てくださったんですよね」

「はい」

「ありがとうございます。玲子さんは聡明で記憶力がいいですね」

「そんな……」

「それで、飯島さんと優梨愛さんに聞きたいんですが、その日の朝はアポロを見かけましたか?」

 安賀多の質問で、初めて飯島聡と優梨愛が目を合わせた。しばしの沈黙の後、優梨愛が質問に答えた。

「見かけてない気がします」

「では、は?」

「……そういえば……?」


 染倉寛子が長い話にしびれを切らしたのか、安賀多に食って掛かる。

「それがどうしたんです。結論を急いでいただけますか?」

「すみません。大切なところなので」


 安賀多はそう言って、人差し指を立てた。

「先ほど言っていた仮説とは、こうです」

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