とれびあーん

 三月二十八日 日曜日 十五時五分――


 お決まりのこげ茶色の革張りのソファに姿勢を正して座った真琴は、天板の丸いアンティークのカフェテーブルの上に置かれたに鼻歌を口ずさんでいる。このカフェテーブルは、マホガニー材の丸い天板とどっしりとした脚が特徴的で、革張りのソファとセットで、真琴が一番のお気に入りである。


 鳥かごに入ったアフタヌーンティーのスイーツは、どれも安賀多の手作りであった。安賀多は軽く咳払いをしてから、本日のスイーツを順に紹介していく。


「三段目から――いちごとマスカルポーネのマフィン、オレンジと杏仁クリームのマフィン。二段目は、キャラメルナッツパイ、抹茶と大納言のガトーバスク。最上段が、練乳クリームと三種のベリーのビクトリアケーキ、とカフェモカアイス生クリーム付きだ」

「わーい! 生クリーム! 九ちゃん、大好きー」

 真琴は大げさに諸手を挙げて喜んだ。

「九ちゃん、機嫌のいい時しか、つけてくれないんだもーん」

「花の女子高生だからと甘いものばっか食べてちゃいかんからな。おやつ以外はちゃんとバランスよく食べてるんだろうな?」

「うんうん、うんうん」

 おかんのような安賀多のセリフは、興奮気味の真琴には届かなかった。


「で、お前――真琴ちゃんのいう『ちょっとした事件』ってなんだよ。見る限り飯島家も、折原玲子も、フツーの人間だったぞ」

「んー。マスカルポーネ、とれびあーん」

「確かに、金持ちの家ってのはなにかありそうだけどな。あのコンバーチブルの男なんか、若いのに高級車に乗りやがって……まさか、あいつか?」

「ナッツの風味最高。ん?」

「あいつと飯島優梨愛が、いわゆる不倫関係にあるとかいう」

「え、そうなの?」

「え、違うの?」

「知らないよー。だって、昨日会ったばっかの人たちだもん」

 真琴の言葉に、向かいに座った安賀多は肩を落とした。


「でもさあ」

「うん」

「オリハラレイコが気になったのは確かなの」

「へえ?」

「半年前まで貯金を切り崩しながら生活してた人に見えないっていうか。例えば、あの人の持ってたライムライトのハンドバッグだけど」

 真琴はそこで言葉を切って、ビクトリアケーキをバクッと口の中に入れた。口をモグモグしながら、スマートフォンを取り出して、いじり始める。

「ハンドバッグがどうした?」

「ふっふはっへ」

 ちょっと待ってと言いたいのであろう。口を左手で覆いながら、右手で器用にスマートフォンを操作している。ケーキを飲み込んだ真琴は、水で口をスッキリさせてから言った。

「あった」


 スマートフォンの画面に映っているのは、フランス発祥のハイブランドの公式インターネットサイトだった。真琴が示した箇所には、玲子が持っていたのとそっくりなライムライトのハンドバッグ。お値段は――


「四十九万円!?」

「税別ね」

 安賀多はガタッと椅子から落ちそうになった。

「それに、飯島家でオリハラレイコが履いてたスリッパと、あの花柄のエプロンは、ドイツの有名な織物のブランドでスリッパで一万円、エプロンで三万円するんだよ」

「んなっ……」

「着てた服もプチプラじゃなさそうだよね」

「お、おま、ま、真琴ちゃん、なんでそんなにブランドに詳しいんだ?」

 安賀多がうまく発音できずに、なにか嫌な想像をしているのか、震えながら目の前の水を飲み干した。

 真琴はそんな大人を見ながら、何でもないように話す。

「ドイツのメーカーは、リサが好きだったし。ハイブランドのロゴは、有名どころくらい知ってるのは女子高生のた・し・な・み」

「お前、女子高生って言って、ほぼ学校行ってないじゃないか……」

「真琴!」


 安賀多は一応納得がいたようで、話を折原玲子に戻した。


「まあでも、確かに、半年前まで貯金を切り崩してた人間が、週三で高額のバイトをしたからといってそんなブランドもののバッグを買えるようになるのか。それに、折原玲子は、有料の講座も受けている。単価は高くなるし、依頼も増えるだろうが……たかが知れている」

「依頼、飯島さんのとこだけだと思うよ」

「え?」

「だってとっても素敵なネイルしてたもの」

 ジェルネイル、と言って真琴は自分の飾り気のない爪を面白くなさそうに見た。

「家事代行サービスは、基本的に家事を代行するからね、ネイルも派手な化粧もNGなの」

「じゃあ毎回落としてた?」

「ジェルネイルのメリットは、長期間つことなんだよね。だからこそ、マニキュアみたいに簡単に落とせない」

「なるほど」

 女子ならではの知識に、安賀多は感嘆の声をあげる。

「あのネイルで出入りを許されるとしたら、専用のスリッパまで置かせてもらえる飯島家だけだろうし。家事するのに、あの爪はどうなのって話だし。もし他に飯島家のような家があったとしても――」


 真琴は少し悲しそうに、最後のケーキを見つめた。


「オリハラレイコが臭いことには変わりないの」

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