まずい

『男』の場合 


 空気がまずい。

たった一か月、ここを探索して分かったことはそれだけだった。

「気分のいい日だってのに、シケてやがるな。」

石製の大剣をもった俺————ムドウは舌打ちと、癖の独り言を一つ。

その理由については明白である。

『化け物』だ、『化け物』だ。

脇の林を見てみると、醜い容姿の生物が犇めいていた。

その正体は、不明。

だから『こういうタイプの化け物』と俺は割り切っている。

しかし、それにしても醜悪だ。


その一つは、肥えていた。


丸々太った肉体に、備え付けられるは翼。

挙句、体はその大きさに耐え切れず、千切れている。一部個体は羽が取れかかっている。

その本質は空虚。

故にその顔は、体は、翼は、醜いモノに成り下がっていた。

そんな具合の化け物がわんさか居るもんだから、空気が悪くなるのも必然。

「まぁ、だからと言って倒して回るのもキリが無いけどな。」

俺は醜い化け物達を睨みつけた。成果は不明である。


 唐突に、立ち止まった。

————先ほどの化け物が、背中を向けていた。

男は大剣を構える。その肉塊は、背中越しに一人の少女を襲っていた。

奴ら化け物は、揃いも揃って好戦的で暴力的だ。もちろん何故か。

襲われている少女を目に据える。

「……精神衛生上、悪影響にも程がある。ブッ殺さなきゃな。」

そう言い放てば話は早い。俺は、剣を———肉塊に振り上げた。

迷いは、一瞬も存在しない。

ただ目の前の敵を滅ぼすためだけの一撃が、肉塊————『両翼の大豚』を襲う。

肉塊は、避けた。

無様に避けた。

そう、避けたのだ。

「クソ豚が。」

暴言を一つ。

しかし、彼にその言葉が届いているかは、定かではなかった。

 肉塊は俺の背中に回る。

襲われるより先に俺は、肉塊を視界に捉えた。

俺の背中には少女が一つ。

「だれ。」

「安心しな、嬢ちゃん。何者かは知らないが、俺はあいつみたいな理不尽の象徴なんかじゃない。」

「……。」

「だから……とにかく俺を信用しろ。俺は、アイツをぶっ殺す。そしてお前を必ず助ける……!」

(そう、そうだ。あの人みたいに……!あの『変態野郎』みたいに……!)

体勢を立て直し、再び。

その重い一撃を食らわせようとした。

その一撃は、斬撃というより打撃に近かった。

本来、斬撃とはある一点————刀身に大きな力を加えることで、相手を抉り落とす技術だ。

しかし、俺の一撃は違う。そもそも、大きな力を一点に集中させるのが刃だ。

もともと大きな力であれば、その必要性は

「死ねぇい!この豚が!」

無いに等しい……!

豚の体は無残にも崩れ落ちる、崩れ落ちる。

俺は少女の方を向いた。


「大丈夫か?お前。」


ぽかんとする少女の手を引いて、俺は歩き出した。


「ホラ、とりあえず食えよ。」

「…………。」

その日の夜、少女と俺は、共に焚火を囲っていた。

パチパチとはじけるような音が、心地いい。

俺はその袋小路の中、そんな事を考えていたのだ。

 最初は、ただ怯えているだけだと思っていた。

だから時が経てば、自然とその口を開くと思ったのだ。

しかし、いくらまてども、その願いは、叶わなかった。

「…………。」

少女は、未だ口を開かない。

「いいから食えって。味は……正直な所、そこまで良いわけじゃない。でもよ、ここ最近では割と自信作の部類に入るんだ。だからさ、食ってくれよ。」

そうして俺は、鶏の手羽元の様なものを一本、少女の前に持ってきた。

ホント、何やってるんだろう。

少女は、虚ろなままだ。下手をすればずっとこのままなのではないかと思わせるほどに。

少女が肉を見つめる。否、たまたま目線がそこにあるだけだろう。

「…………しょうがない、無理強いはできないからな。俺が食おう。」

俺は少女の前から料理を下げようとした。

すると————

「まっ、て」

少女が久しぶりに口を開いた。

「ん?どうした?」

「わた……し、食べ……る。」

「そうか。じゃあ————」

再び、少女の前に料理を出す。今度は受け取ってくれた。

「やるよ。」

そうして少女は、手羽元の様なものを————食べた。

それは、まるでいままで食うものがなかったように、必死だった。

(全くの無感情って訳でもないのか、安心した。)

「どうだ?うまいか?」

「……………………………」

少女は長らくの沈黙を終えて、口を開く。

「…………ごめん、まずい。」

「そりゃよかった。健康状態はバッチリみたいだな。」

「……?」

少女は戸惑っていた。

「人間、いや生き物ってのは不便でな、何かを食べないと生きていけない仕組みになっているんだ。」

「…………」

「これはな、さっきの豚野郎と同じ奴らの肉なんだ。」

「…………!」

「へへ、びっくりしただろう。の肉はとことんまずい。けど、俺たちは腐っても人間だ。肉を、喰わねば生きていけない。たとえまずくてもな。」

その日の夜は、平和的に過ぎていったそうだ。

その証拠は明日に。彼らが平和的に眠っているなら…………。




 

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