邪魔者の首は刎ねて

 外に出ると、名前の通り外は黄昏時で薄暗く、正面に続く石畳の一本道の両側には点々とガス灯のような街灯が灯っていた。

 白いエプロンは暗い中でも見えやすく、ポケットから巨大化クッキーを取り出して食べる。

 すると、またしても見る見るうちに大きくなり、元のサイズになった。

「なるほど、こりゃあ便利だ。で、城ってのは……アレか」

 点々と続く街灯に照らされる道の向こうに、ファンシーなフォルムの大きな城がそびえていた。

 窓という窓に煌々と明かりが点いていて、目的地が分かり易いことこの上ない。

「よし、それじゃ行くか」

 大鎌を肩に担いで足を踏み出したところで、今出てきた洋館の角から、誰かが歩いてくるのが見えた。

「待て、そこの者! 女王様の大鎌を持ってどこへ行く!?」

 そちらを向けば、薄っぺらいトランプの身体にのっぺりとした顔と手足のついた生物が10体程いた。

 これがトランプ兵か。大きさが成人男性くらいなだけに、立体化すると大分気持ち悪い。

「あぁ? 白兎から持ってけって言われたんだよ、なんか文句あんのか?」

 ガンを飛ばして言い返せば、トランプ兵達はそれぞれ手にしていた槍を構える。

「そんな話は聞いていない! 怪しい奴め、全員構え!」

 指揮官らしきハートの10の模様のトランプ兵が叫べは、周りの兵が槍を構えた。

「そっちの事情なんざ知るかよ。白兎に確認とれば――」

「ああっ! コイツですよコイツ! 女王様のパイを盗んだのは! 俺じゃないんですってぇ!」

 白いハットに白いジャケット、顔にハートマークの描かれた唯一人間のフォルムをした30歳過ぎくらいの優男が、大声で私の言葉を遮った。

 ちょうど縄でぐるぐる巻きにされてトランプ兵に連行されているところらしく、情けない声で訴える。

「はあ!? 何言ってんだテメェ!」

 身に覚えのない濡れ衣を被せられて反射で叫んだ。

「大事な『お茶会』のパイだけでなく、大鎌まで盗むなど、なんたる不届き者! かかれぇ!」

 ハートの10の指示で、男の言葉を鵜呑みにしたトランプ兵が槍を手にこちらに走ってきた。

 男を捕えているハートの10以外が、前列4体、後列5体の横並び2列の陣形でかかってくる。

「はっ、そっちがその気なら、こっちも切れ味を試させてもらおうか!」

 重心のバランスが悪い体型に空気抵抗の大きい薄っぺらな身体での走りは遅く、動きは私の方が速い。肩慣らしには十分そうだ。

 私も女王の大鎌を構えて、地面を蹴った。ファンシーな革靴のわりに驚くほど走りやすい。

「死ねぇッ!!」

 跳躍して近づいてきたトランプ兵めがけて大鎌を一振りすれば、前列4体の首がいっぺんに落ちた。

「ひいっ……!」

 怯んだ後列のトランプ兵めがけて反対側からもう一閃。

 大した手応えもなく、後列4体の首も落ちる。

 首刎ね用の最高級の業物というのはどうにも本当らしい。

 また、どういう生態なのか分からないけど、トランプ兵は首を落としたというのに血の一滴も出なかった。

 気持ち悪そうだから断面は見ないことにする。

「それで? 指揮官サマはどうすんだ?」

 ハートの10の方を振り返ったところで、鳴り響く一発の銃声。

「は……?」

 いつの間にか縄を抜けたらしい白いハットの男が、手にした拳銃でハートの10を撃ち抜いたところだった。

 唖然とする間に、ハートの10はパタリと倒れる。

「いやあ、お嬢ちゃん、助かったよ。俺の武器だとこの数はちょっと分が悪かったもんで」

 飄々と答えた男は、まだ硝煙の上っている銃を手に持ったまま、肩をすくめて謝った。

 その瞳は狂気で爛々とぎらついている。

「あんた、何者ナニモンだ?」

 銃はさすがに分が悪いと分かりつつも、その異常な気配に大鎌を構えて訊いた。

「俺は、ハートのジャック――女王のパイを盗んで『お茶会』を追放されそうなところだったのさ」

 ゆらりと私の方に向き直って、男は名乗った。

「やっぱテメェが盗んだのかよ、人に濡れ衣着せやがって!」

「『お茶会』だってのに、家臣にいい食い物を振る舞ってくれない女王が悪いねぇ! あんなに楽しい『お茶会』を追い出そうとする奴等なんて、全員死んでしまえばいい!」

 恍惚とした様子で叫んだジャックは、高らかに笑った。

「ああ、もしかしてお嬢ちゃんも、俺を邪魔する気かい?」

 正気を失った瞳で拳銃を構えて、男は私に照準を合わせた。

「邪魔をするなら死んでくれ――心紅の弾丸スカーレット・ハート・バレット!」

 ジャックが叫んだのに合わせて、大鎌につられて勝手に身体が動いた。柄の先端のハート型の宝石の装飾が紅く光っている。

 驚く間もなく、キィンと甲高い音がして、真っ二つになった赤い銃弾が落ちた。

「“心紅の弾丸スカーレット・ハート・バレット”――自動的に心臓を追尾する魔法がかかった特殊な弾丸なんだけどなあ。さすがに女王の大鎌は違うねえ」

 白兎の言った通り、大鎌の自動防御システムが発動したようだ。

 なるほど、それが分かれば怖くない。

「御託は要らねぇよ! オッサンの長話くらい、聞きたくないモンはねぇからな!」

 私は銃を構えたままのジャックめがけて駆ける。

心紅の弾丸スカーレット・ハート・バレット!」

 再び先程の弾丸で3発連続で撃ってきたけど、大鎌に身体を預けて銃弾を切り捨て一気に距離を詰めた。

「何!? 心紅のスカーレット・ハート……!」

「――あの世で語ってな」

 4発目を撃つ前に、間合いの内に入ったジャックの首めがけて大鎌を振り抜く。

「ばれ、っと……」

 言いながらごろりと落ちた首から、白いハットが転がった。

 首に遅れて、どさりとその身体が倒れる。

 鎌のせいなのか、こっちの住人の生態なのか、やはり血は一滴も出ない。

「こっちも自分の命がかかってるんでね……悪く思うなよ」

 トランプ兵と違って、明らかに人間の姿のキャラクターを殺したことに、今になって指先が震えた。

 言い訳がましく言って、落ちたハットをその顔に被せ、両手を合わせる。

 一つ深呼吸してから二、三度、大鎌を振って身体の緊張をほぐし、女王の城へ急いだ。



 道中、警備のための見回りらしきトランプ兵を片っ端から切り捨て、芋虫とトカゲのビルは大鎌を振るうまでもなく踏み潰し、城まであと半分というところまで来たところで、赤いドレス姿で金髪を天高く結い、丸々と太った巨大な中年女が道を塞いでいた。

「さあ、早く次のサンドイッチをお持ちなさぁああああああい!」

 地面に敷かれた赤い敷物の上に直接座っているけれども、立ったら3m近くはあろうかというその巨体に似合わない金切り声で、耳を塞ぎたくなるような音量での命令が下された。

 その周囲をワタワタしているトランプ兵が、特注と思われる大きな皿に乗った、これまた大きなサンドイッチを三人がかりで運んできた。

 周囲には同じ大きさの平皿があちこちにうず高く積まれている。

「ああ、美味しい! 食べても食べてもまだ食べられるなんて! なんという幸せ! 『お茶会』万歳!」

 サンドイッチにヤベェ薬でも入ってんじゃねえかと思えるキマった表情と声色で、バカでかい中年女は空を仰いで言った。

「オイ、おばさん! 通れないからちょっと退いてくれ!」

 迂回するにもトランプ兵が面倒そうだと大声で声を掛ければ、大きな顔がゆっくりとこちらを見下ろした。

「おばさん、ですってええええええ!?」

「貴様あっ! 公爵夫人に対して、な、なんて無礼をッ、ぎゃあああああっ!」

 激昂して咆える公爵夫人が怒りに任せて振り回した手で、怯えたように私を注意していたトランプ兵が4、5体、まとめてすり潰された。

「ヒステリー起こして周りに八つ当たりって、淑女のすることじゃないんじゃねぇか?」

 さっきのジャックの時も思ったが、トランプ兵は味方だろうに簡単に殺していくので胸糞が悪い。

 公爵夫人を煽りながら、私も巨大化クッキーを食べた。

 このサイズの首を刎ねるには、私も大きい方が都合が良さそうだ。

 ものの数秒で私も公爵夫人と同じくらいの大きさになる。

「お黙りいいいいいいぃっ!!」

 公爵夫人の巨体から放たれる絶叫は衝撃波に近かった。

 思わず耳を塞いで、後ずさる。

 そのまま近くの平皿を手に持った公爵夫人は、手にした皿を地面に叩きつけて割った。

高貴なる淑女の輪舞ノーブル・レイディズ・ロンドォ!」

 割れた皿の破片を持ったままこっちの顔めがけて腕を振り回してくるので、身体を捻って交わす。

「おいおい、そのナリで近接戦かよ!?」

 酒瓶を割って刃物扱いする不良と同じやり方だ。とてもお上品な淑女の闘い方とは思えない。

 しかも困ったことに、その体型に反して動きの速度が尋常ではなかった。

 私は慣れない自分の身体の大きさに戸惑いつつ、次々と皿の破片を持って踊るように拳を繰り出す公爵夫人に防戦するが、距離を取ろうとしてもすぐに詰められて思うように大鎌を振るえない。

「オホホホホホ! 身体強化の魔法も淑女の嗜みの一つでしてよぉ!」

「ちっくしょう、これでも食らえ!」

 ようやくかなりの距離を取って、足元の平皿を拾って公爵夫人の顔めがけて投げつけた。

 顔に当たったかと思った平皿は、バリンッと盛大な音を立てて、公爵夫人に噛み砕かれる。

 しかもあろうことか、公爵夫人はごゴリゴリと皿を咀嚼して飲み込んだ。

「あはっ、お皿も美味しいなんてぇ! もっと、もっと色々食べたぁい!」

 恍惚に酔った声で言って、公爵夫人は地面を右往左往するトランプ兵を5、6体手掴みした。

「公爵夫人様あっ、おやめください!」

「ぎゃああああああ!」

 悲鳴を上げるトランプ兵を生きたままその大きな口へまとめて放り込んで、公爵夫人は目に狂喜を浮かべて咀嚼した。

 おぞましい光景に鳥肌が立つ。

「ああ、美味しい! なんて美味しいの! さあ、貴女も食べさせてぇえええええッ!」

 異常な興奮に弾んだ声で言った公爵夫人が私に突進してくるので、私はポケットの小瓶――今は私の大きさに合わせて大分大きくなってはいるが――を手に取った。

「そんなに食いたきゃ、これでも食ってな!」

 私の投げた小瓶を、公爵夫人は大口を開けてガリッと噛み砕き、飲み込んだ。

 見る間に公爵夫人の身体が縮み、トランプ兵とさほど変わらない大きさになる。

「拾い食いなんてするもんじゃねぇって覚えときな!」

 小さくなった公爵夫人とトランプ兵を薙ぐように、私は大きい身体のまま大鎌を振るう。

 公爵夫人と辺り一帯のトランプ兵の首が一斉に落ちたのを確認して、私は息を吐いた。

 夥しい数の死体が転がる様を見下ろし、身震いする。殺らなきゃ殺られるとはいえ、この大虐殺を行ったのが自分だと思うと背筋が寒くなった。

「大丈夫。ここは、現実じゃない」

 自分に言い聞かせると、目を閉じて死んだキャラクターに手を合わせ、良心の呵責なんてものに蓋をした。

 喧嘩で顔の形が変わるまで相手の顔面を殴っても良心の呵責など感じたこともなかったのに、異世界とはいえ命を奪うのにはさすがに心理的負担が大きい。

 とはいえ、躊躇なく大鎌を振るえる辺り、私もどこかしら頭のネジが外れているのだろう。

 ならば、やれるだけのことをやるまでだ。

 両手で自分の頬を軽く2、3回叩いて気合を入れる。

 縮小ジュースはあと1本あるが、大きいまま移動した方が早そうだ。

 なるべく死体を踏まないように跨いで、私は城へ向かった。


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